先日ビルボードジャパンが年間ソングチャートを発表しましたが、ソングチャートにおけるストリーミングの比重はさらに高まっています。一定枚数を超えたフィジカルセールスについて指標化時に係数処理を施すようになったことも影響していますが、2023年度におけるYOASOBI「アイドル」、2024年度におけるCreepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」の年間チャート制覇に納得される方は多いはずです。
デジタルに強い曲がロングヒットし年間単位でも上位に進出するようになった一方、フィジカルセールス指標が突出したヒット曲については週間でも最上位への進出が難しくなっていることは下記表から確認できます。そしてそれらの曲は上位進出の翌週に急落し、年間単位では100位以内にほぼ登場しません。フィジカルに強い歌手の中にはデジタル未解禁を続ける方が少なくありませんが、非常に勿体ないと考えます。
<ビルボードジャパンソングチャート 2024年度週間1~3位ランクイン曲一覧>
デジタルを解禁しない理由は何でしょうか。
フィジカルセールスが駆逐されると考えるならば、仮にそうだとしても予想ほど大きくはなく、むしろ廃盤の概念がないためにいつ何時でもフックアップされる可能性が生まれます。またフィジカルは購入場所が限定されますが、デジタルはスマートフォンがあれば購入や接触が手軽にできます。
利益面を心配する声もみられますが、今の時代はフィジカル化自体、特にシングルにおいては多くありません。デジタルがヒットすれば利益は大きく、世界規模となれば数十億のユーザーにリーチできる可能性があります。1回再生の利益が小さすぎるという声も散見されますが、それを疑問視する方でデジタルプラットフォームやレコード会社側に掛け合っている方はどれだけいらっしゃるでしょう。
音楽チャートでの上位を目指すわけではないという声もみられますが、今の時代は社会的ヒット曲がきちんと上位で安定するようになり、音楽チャートは社会的ヒット曲の鑑となっています。デジタルシングルはすべてヒットするわけではないとして、フィジカルセールスのみのチャートという勝ちが見込める場所だけで勝てればいいと思ってはいないでしょうか。
そのような問いかけの下、今回のエントリーを記します。
今回のエントリーでは昨年に引き続き、サブスクを解禁していれば大ヒットした可能性のある作品をリスト化しています。前年分は下記をご参照ください。
2024年度のビルボードジャパン年間チャートはこちらのエントリーにて分析しています。
年間チャートにおける各種データは下記でまとめています。
今回表示するCHART insightについては下記をご参照ください。基本的に、2024年12月11日公開分までの最大60週分を表示しています。
※CHART insightの説明
[色について]
黄:フィジカルセールス
紫:ダウンロード
青:ストリーミング
黄緑:ラジオ
赤:動画再生
緑:カラオケ
濃いオレンジ:UGC (ユーザー生成コンテンツ)
(Top User Generated Songsチャートにおける獲得ポイントであり、ソングチャートには含まれません。)
ピンク:ハイブリッド指標
(BUZZ、CONTACTおよびSALESから選択可能です。)
[表示範囲について]
総合順位、および構成指標等において20位まで表示
[チャート構成比について]
累計における指標毎のポイント構成
なおCHART insightは有料会員向けに100位まで公開しています。このブログでは有料会員のみが知り得る情報は記載しないよう努めていますが、ビルボードジャパンのポリシー(有料会員に対するルール)を踏まえ、一部紹介させていただきます。
<2024年度 サブスク未解禁により大きなヒットに至れなかったと考える曲>
- ① Snow Man (全曲)
- ② King & Prince「ichiban」(後日デジタル解禁済)
- ③ Aぇ! group「《A》BEGINNING」
- ④ timelesz / Sexy Zone (全曲)
- ⑤ KinKi Kids「愛のかたまり」
- ⑥ B ZONEグループ所属歌手作品 (FIELD OF VIEW「DAN DAN 心魅かれてく」、WANDS「世界が終るまでは...」)
- ⑦ THE FIRST TAKE披露曲のうちサブスク未解禁作品
- ⑧ 山下達郎「クリスマス・イブ」
- ⑨ 竹内まりや『Precious Days』
- ⑩ 安室奈美恵 (全曲)
- おわりに:YouTubeでのデジタルアーカイブ化、ならびにサブスクは悪という考え方を改めさせることの重要性
① Snow Man (全曲)
Snow Manは10月14日、テレビアニメ『ブルーロック』第2期エンディングテーマとなる「One」をデジタルリリースし、これがキャリア初のサブスク解禁曲となりました。同曲は10月23日付ビルボードジャパンソングチャートで2位に初登場を果たしていますが翌週は81位に後退、そして100位以内エントリーはこの2週にとどまっています。
この状況を踏まえ、サブスク解禁は悪手と唱える向きもあるかもしれません。しかし前提として、すべての曲がデジタルヒットすることはないということを押さえる必要があります。このブログでSTARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所)所属歌手のサブスク未解禁に対し、同社側に勝てるところでだけ勝てればいいという考えがあったと指摘していますが、これは現在においてヒットすることの難しさが前提にあると考えます。
さて、サブスクにおいては1曲だけを解禁しても他の曲に波及しないという問題があります。同時解禁が複数曲の注目度を高めた例として、今年におけるHey! Say! JUMPやNEWS、King & Prince等の例が挙げられます。Snow Man「One」の解禁はアニメ関連曲が世界で強いことを見越してと思われますが、見直しは急務です。
サブスクやYouTubeのオーディオストリーミングに基づくビルボードジャパンソングチャートのストリーミング指標は、もうひとつの接触指標である動画再生と比例する傾向にあります。アイドルの場合は動画再生の順位がより高くなるとして、Snow Manにおいてはサブスクニーズの高さが2024年度のトップアーティストチャート(ソングとアルバムチャートの合算)における指標構成(上記参照)からはっきりと見えています。
② King & Prince「ichiban」(後日デジタル解禁済)
King & Princeの元メンバー3名がNumber_iとしてTOBEから登場し、2024年度のソング、アルバムおよびトップアーティストチャートで好成績を収めています。元日リリースの「GOAT」をはじめとするリード曲の大半がヒップホップであることに驚いた方は少なくないと思われますが、Number_iのメンバーがKing & Prince在籍時代、KREVAさんが手掛けた「ichiban」にて一昨年の『NHK紅白歌合戦』に出場を果たしています。
上記CHART insightは無料会員が確認可能な20位までの順位が表示されているのですが、実は「ichiban」は昨年12月に動画再生指標が一旦300位圏外にダウンしながら、2024年1月10日公開分で100位以内に復帰しています。この週は、Number_iが「GOAT」でビルボードジャパンソングチャート首位初登場を果たしたタイミングなのです。
「GOAT」は初登場週に動画再生が7,243,154回を記録。「ichiban」の再生回数は「GOAT」よりかなり小さいだろうと考えられますが、この段階で「ichiban」のミュージックビデオが映像盤として普及していること(アルバム『Made in』初回限定盤Aに同梱)等を踏まえれば、2組のコアファンのみならずライト層が「GOAT」から「ichiban」を想起し、視聴に至ったといえそうです。
King & Princeのデジタル解禁は5月23日まで待つこととなりますが、その解禁が初めて反映された5月29日公開分では「ichiban」はダウンロード50位に、また6月5~12日公開分にてストリーミング指標300位以内に、それぞれ登場しています。楽曲単位での上昇がコアファン共々ライト層の需要の反映と捉えるならば、やはり前もってデジタル解禁することが必要だったはずです。
③ Aぇ! group「《A》BEGINNING」
3月の大阪公演にてデビューを発表したAぇ! groupですが、その際に用いた言葉は"CDデビューします"であり、デジタル解禁の可能性は低いと感じていました。そして実際、その通りの状況となっています。
デビュー曲「《A》BEGINNING」は、そのデビュー曲という特性もありフィジカルセールスが安定。現時点までに週間50位を割ったのは一度のみという状況です。しかしながら動画再生指標が安定せず、ラジオはこの指標の特性をなぞる形で急落しています。
Aぇ! groupはTravis Japanと同じユニバーサルミュージックグループ発。Travis Japanは所属事務所では珍しくフィジカルシングルではないデジタルでのデビューとなりましたが、「JUST DANCE!」はリミックス版同時リリース等も相まって米ビルボードによるグローバルチャートにおいてGlobal 200で28位、Global Excl. U.S.では5位に初登場を果たしています。
尤もTravis JapanとAぇ! groupでは考え方やコンセプト等が異なること、またビルボードジャパンソングチャートでは言語のみが異なる場合を除き基本的にリミックスが合算されないというチャートポリシー(集計方法)を考慮する必要はありますが、しかしユニバーサルミュージック側に「JUST DANCE!」での実績があるならば、グループ内のAぇ! groupに活かすこともできたものと考えます。
④ timelesz / Sexy Zone (全曲)
STARTO ENTERTAINMENT所属歌手の中で、所属事務所に関係なくメンバーを増やすオーディションを開催するというグループの方向性に対し賛否は今もみられますが、たとえばオーディション内で登場した"菊池風磨構文"がバラエティ番組でもネタとして用いられる等、Netflixで配信されている番組はYouTubeでの活用も相まって高く認知されているものと思われます。
そのオーディション番組にて使用されているのが、改名後初のフィジカル作品となるEP『timelesz』収録の「Anthem」。しかしtimeleszは現在もサブスク解禁を行っていないため、オーディション参加者、また番組視聴者も、("菊池風磨構文"を踏まえれば特に歌詞の面が気になって)チェックしたくとも気軽にアクセスできないという状況です。
timeleszのオーディション、またAぇ! groupのドキュメンタリーもNetflixで配信され、日本のみならず世界に発信されるならば海外の音楽ファンにもリーチ可能となるのですが、しかし音源がデジタル未解禁ならば海外の方には大きなハードルとなってしまいます。日本にいればSTARTO ENTERTAINMENTの慣例ゆえと納得できるかもしれませんが、世界には、そしてデジタル時代においてはその慣例が通じるでしょうか。
加えて、Sexy Zone時代にグループを離れた中島健人さんが、キタニタツヤさんと組んだGEMNにて「ファタール」をデジタルヒットさせています。フィジカルシングルもリリースされましたが獲得ポイントの大半はデジタルであり、2024年度ビルボードジャパン年間ソングチャート54位、ストリーミング指標の基となるStreaming Songsチャートでは72位にランクインを果たしています。
アニメタイアップゆえにヒットしたと見る向きもあるかもしれませんが、アニメタイアップ曲がすべてヒットするとは限りません。またショート動画を活用していましたが、サブスク解禁に加えてミュージックビデオをフルバージョンとして解禁していればユーザーがそちらに遷移しやすくなります。実際、STARTO ENTERTAINMENT所属歌手のミュージックビデオ公開は"YouTube Ver."等という形での短尺版が少なくありません。
⑤ KinKi Kids「愛のかたまり」
堂本光一さんおよび堂本剛さんのソロ作品はデジタル解禁されている一方、KinKi Kidsの作品は未だ解禁されていません。デビュー以降様々なフィジカルヒットを発信しているKinKi Kidsですが、ビルボードジャパンがソングチャートにカラオケ指標を導入した2019年度以降にこの指標でほぼ毎週100位以内ランクインを続けているのが、2001年のフィジカルシングル「Hey! みんな元気かい?」のカップリングであるこちらの曲です。
「愛のかたまり」はテレビのバラエティ番組でカラオケの人気曲として採り上げられることが多く、また主にSTARTO ENTERTAINMENT所属タレントがKinKi Kidsをモノマネする際に用いています。そして12月4日の『FNS歌謡祭 第1夜』(フジテレビ)でKinKi Kidsがこの曲を披露したこともあってか、最新12月11日公開分のビルボードジャパンソングチャート、カラオケ指標において過去最高となる36位に上昇しています。
/
— KinKi Kids (@KinKiKids_721) 2024年12月3日
本日12月4日(水) 18:30 〜23:28
フジテレビ系列
2024 #FNS歌謡祭 第1夜
\#KinKiKids は
19時頃~ 出演✨
「#愛のかたまり」~「#Amazing_Love」を歌唱します🎤🎤
お見逃しなく〜📺
タイムテーブル🔽https://t.co/j6XM0zT2Af
カラオケ指標はソングチャートと、ストリーミング指標ほど大きくリンクすることはないものの、しかし年間ソングチャート上位曲はCreepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」をはじめカラオケでもきちんとヒットしています。そしてデジタル解禁以降ロングヒットを続け、総合ソングチャートでもトップ20入り(復帰)を果たしたNEWS「チャンカパーナ」(2012)は、カラオケ指標でも複数週トップ10入りを果たしています。
KinKi Kidsは大晦日以降東阪にてドーム公演を行うこともあり、音楽活動は今後も継続していくことでしょう。このライブ前後に音源がデジタル化されるか、注目です。
⑥ B ZONEグループ所属歌手作品 (FIELD OF VIEW「DAN DAN 心魅かれてく」、WANDS「世界が終るまでは...」)
B ZONEグループ(旧ビーインググループ)の作品は、未だサブスク解禁されていない作品が少なくありません。
FIELD OF VIEW「DAN DAN 心魅かれてく」(1996)はテレビアニメ『ドラゴンボールGT』(フジテレビ)オープニングテーマ等で起用されていますが、アニメそして漫画『ドラゴンボール』原作者である鳥山明さんの訃報に伴い3月20日公開分でダウンロード指標5位 に上昇、総合ソングチャートでも80位にランクインしています。さらにはこのタイミング以降、同曲はカラオケ指標100位以内在籍を続けています。
WANDS「世界が終るまでは...」(1994)はテレビアニメ『SLAM DUNK』第2期エンディングテーマ。この曲については昨年度も採り上げているのですが、映画『THE FIRST SLAM DUNK』の大ヒットに伴いこの曲もフックアップされ、以降カラオケ指標は緩やかにダウンするも現在も50位以内にランクインし続けています。
「世界が終るまでは...」は6月に入り一時的に動画再生指標が加点されていますが、これはTHE FIRST TAKEにてこの曲が披露されたため。ただし披露したのは現在の第5期WANDSとしてあり、オリジナルバージョンリリース時の編成ではありません。そのオリジナルバージョンはミュージックビデオも含めデジタル解禁されていないゆえ、気軽に確認できるのは第5期バージョンに限られているという状況です。
(本来、言語以外が異なるバージョンはオリジナル版に合算されないというのがビルボードジャパンソングチャートの基本的なルールですが、動画再生指標は動画に付番されたISRC(国際標準レコーディングコード)がカウントの対象となるため、そのISRCがオリジナルバージョンと同一ならば合算されるという形です。このブログでは米ビルボードに倣いすべてのバージョンを合算することを、ビルボードジャパンに提案しています。)
「DAN DAN 心魅かれてく」においては『ドラゴンボール』新作アニメの登場、また「世界が終るまでは...」はパリオリンピックでのバスケットボールの試合を機に思い出す方が少なくないはずです。また、著名人の訃報を知り追悼の目的で関連作品の所有や接触行動を採る取る方も少なくないのですが、フィジカルが販売場所の減少や廃盤に伴い手に入りにくい中、デジタル未解禁は選択肢を限りなく狭める行為といえるのです。
⑦ THE FIRST TAKE披露曲のうちサブスク未解禁作品
2019年の誕生から、
— THE FIRST TAKE (@The_FirstTake) 2024年8月18日
297組のアーティスト、
549曲のパフォーマンスが、
209の国と地域で視聴されてきました。
音楽がなければ、
つながることがなかった
1,000万の登録者とアーティスト。
これからも、
音楽がある幸せを。
THE FIRST TAKE#THEFIRSTTAKE1000万人 pic.twitter.com/iJcrNHkKI7
THE FIRST TAKEは今年チャンネル登録者数が1千万を突破。海外ユーザーにも多く観られているとのことですが、このチャンネルでサブスク未解禁歌手が登場することが稀にですが存在します。今年はSixTONES、またモーニング娘。'24が登場しています。
THE FIRST TAKEは基本的に同じ歌手が短期間に二度登場し、一度目に(近年の)代表曲、二度目に最新曲を披露することが多い状況です。上記はいずれも一度目の登場時のものですが、SixTONES「こっから」(2023)は話題になったドラマ『だが、情熱はある』(日本テレビ)の主題歌だったこともあり尚の事、以前からサブスク解禁の必要性を唱え続けていました。
SixTONESはSnow Man共々、YouTubeのプロモーションに抜擢された2018年に"ジャニーズをデジタルに放つ新世代。"とのキャッチコピーがつけられています。フィジカルデビュー後もYouTube先行で新曲ミュージックビデオを公開する等、その姿勢からSixTONES側はデジタルを解禁したがっているのではないかと感じていたのですが、未だ放っていない以上この感覚(期待)は正しくなかったのかもしれません。
モーニング娘。等ハロー!プロジェクトについては、おわりにの項目であらためて私見を記します。
⑧ 山下達郎「クリスマス・イブ」
LINE MUSICが先週発表したクリスマス関連曲のランキングに、41年前にリリースされCM起用を機に人気がさらに上昇した山下達郎「クリスマス・イブ」は入っていませんでした。これを意外に思う方は多いかもしれませんが、LINE MUSICにてこの曲が解禁されていないことが理由だとすれば納得できるというのが厳しくも私見です。
この曲についても以前から解禁の必要性を述べ続けています。実際、クリスマス時期になると上昇するこの曲は、ラジオ人気もさることながら(尤もラジオ局側がベテランを好み、且つレギュラー番組が存在するため上昇の度合いはなお大きくなっているといえます)、たとえばApple Musicでは「クリスマス・イブ」が解禁されているゆえストリーミング指標も獲得できています。LINE MUSICやSpotifyでは未解禁の状態が続いています。
しかし山下達郎さん自身、サブスクに対し、もっといえばデジタル全体に対し過度に否定的な発言を行っています。『表現に携わっていない人間が自由に曲をばらまいて、そのもうけを取ってる』『売れりゃいいとか、客来ればいいとか、盛り上がってるかとか、それは集団騒擾』というような発言には"『サブスクやらない』とだけ発言すればよい"と思うのですが、根底にはサブスク等を悪とみなす姿勢があるのでしょう。
(この発言等における問題は、竹内まりや『Impressions』(1994)ライナーノーツにて「駅」のオリジナルバージョンを歌った中森明菜さんを匿名で非難していたという姿勢と共通していると感じています。ライナーノーツの問題は「復活LOVE」について個人的に思うこと(2016年3月9日付)にて紹介しています。)
この姿勢はおそらく次の項目で述べる作品のデジタル解禁にも影響していると思われますが、シティポップの中心人物でもあるこの方がサブスクを過度に敬遠し、また海外の音楽ファンを考慮しないことが、世界でシティポップブームが起きた際にそのブームがより巨大化(ムーブメント化)するに至れなかった大きな要因と捉えています。
⑨ 竹内まりや『Precious Days』
山下達郎さんも大きく関わる、竹内まりやさんによる10年ぶりのオリジナルアルバム『Precious Days』がこの秋リリースされましたが、現時点でダウンロード共々デジタル化されていません。サブスク解禁されている先行曲もあるのですが、このデジタル後発施策は山下さんの姿勢もさることながら、"デジタルがフィジカルセールスを駆逐しかねない"という考え方も反映されているのかもしれません。
ビルボードジャパンアルバムチャートはフィジカル1枚よりもダウンロード1DLのほうがウエイトが高く、また数で劣るとしてもダウンロードは廃盤の概念がなく、実店舗に頼る必要もありません。デジタル解禁して前作よりフィジカルセールスが下がる作品もありますが複数種販売等を考慮に入れることも必要であり、そしてデジタルはいつ何時でもフックアップされる可能性があります。今回のアルバムにおけるメディアプロモーションの多さから、メディアを介してすぐに触れたいと思うユーザーも多かったはずです
そのメディアプロモーションのひとつとして竹内まりやさんがゲスト出演した『TALK TO NEIGHBORS』(J-WAVE)では、竹内さんがスマートフォンを介して音楽を聴くことを発信していました。自身がそのような音楽環境を享受しながら、発信者としてはその環境を認めないというのはともすれば矛盾ではないかと感じてしまいます。山下達郎さんが一部サービスにて「クリスマス・イブ」を解禁することも矛盾ではないでしょうか。
⑩ 安室奈美恵 (全曲)
昨年のエントリーにて、安室奈美恵さんが全作品をデジタルから引き上げたこと(ショートバージョンだったミュージックビデオ含む)を批判しています。しかしこの対応については一部メディアの憶測記事ばかりが登場し、安室さんのみならずレコード会社側からも声明は出されていない模様です。またこの件にてフィジカルの重要性を指摘する声も上がりましたが、デジタル引き上げがフィジカルを押し上げたとはいえないでしょう。
引き上げの状況が今も続く中、TWICEの日本人メンバー3名から成るMISAMOが今年後半「NEW LOOK」(2008)をカバーしヒットさせています。このカバー版に触れて安室奈美恵さんによるオリジナルバージョンを聴きたいと考えた方は多いはずと考えますが、しかしオリジナルバージョンは公式のデジタルが一切存在せず、YouTubeでは非公式の動画が並ぶ状況です。
安室奈美恵さんのコアファンによるリアクションからは、MISAMOのカバーバージョンを好意的に受け止めているように映ります。ともすればオリジナルバージョンに接触できないことでカバーバージョンを重用するという見方もあるかもしれません。
重要なのは、デジタル引き上げの理由について納得し得る理由を安室奈美恵さん、またレコード会社側が発信することであり、メディアの役割は両者からそのことを引き出すことです。最近では「BLACK DIAMOND」(2008)で安室さんと共演したDOUBLEが海外でデジタルヒットしていることもあり(しかもそこには安室さんの影響も垣間見えます)、過去作品であれど安室さんの作品も海外で(再)評価される可能性は十分あるはずです。
おわりに:YouTubeでのデジタルアーカイブ化、ならびにサブスクは悪という考え方を改めさせることの重要性
今年後半、西田敏行さんや中山美穂さんの訃報が届きました。そのタイミングでデジタルが動き、ビルボードジャパンソングチャートに反映されています。中山さんはWANDSとの「世界中の誰よりきっと」がストリーミング指標を獲得したことで総合100位以内に入っていますが(この実績もWANDSをはじめとするB ZONEグループの解禁を願う理由です)、しかしYouTubeが充実せず動画再生指標は加算されていません。
ミュージックビデオがない場合でも公式オーディオは用意可能です。KANさんが亡くなった際、一部サブスクサービスのみで解禁されていた「愛は勝つ」がビルボードジャパン総合ソングチャートで100位以内に入ったのは、公式オーディオの存在も大きく影響しています。
ミュージックビデオがない場合でも、たとえば米ではテレビ番組や音楽賞でのパフォーマンス映像が歌手側の公式YouTubeチャンネルで公開されることでチャートに波及します。ビリー・アイリッシュ「Birds Of A Feather」においてはパリオリンピック閉会式での映像が歌手側の公式YouTubeチャンネルにて公開されています。
日本では権利関係等が厳しいことは承知で、しかし下記映像盤のようにNHKの映像が商品化された例を踏まえれば、ハードルは高いとしても飛び越えられないことはないはずです。NHKの映像でも商品化できているのですから尚の事でしょう。日本の音楽業界に改善を提案する際、広くエンタテインメント業界全体に呼びかけるのはこのようなことが背景にあり、音楽業界とメディア協力することの重要性を強く感じています。
もうひとつ、特にベテランが持ち合わせている旧態依然の考えやサブスクは悪という印象論の噴出を業界が総出で払拭させることもまた重要です。先の山下達郎さんの発言について、山下さんに対しきちんと問いただした方はどれだけいらっしゃるでしょう。またハロー!プロジェクトに大きく関わってきた中島卓偉さんも、最近Xにてサブスクを悪とみなす発言を行っています。
この点は上記noteで記していますが、このような見方がハロー!プロジェクト全体に(今も)通底していると考えていいのかもしれません。しかしそのことが、これまでのヒット作の再ブレイクの可能性をせき止めてはいないでしょうか。今年は衆議院議員選挙や東京都知事選があったゆえ尚の事、モーニング娘。「ザ☆ピ~ス!」(2001)は聴かれる可能性が高まったものと思われます。
(ちなみに近年は海外の歌手において、ミュージックビデオの高画質化が進んでいます。最近では宇多田ヒカルさんも実施していますが、手間はかかったとしてもYouTube投稿動画の再注目化につながるはずです。)
日本はベテランがどんなに無礼な言動や行動を行っても、そのことを真摯に批判する方がほぼ皆無だと感じています。感情論で追い詰めるか、いわゆる太鼓持ちになるかのみだというのが極端かもしれませんが私見です。しかしその姿勢を続けてきたことが、たとえばエンタテインメント業界において改善が進めなかった根本要因と思えてなりません。
デジタル未解禁を続ける歌手の、その背景にあるものは本人が語らない限りは厳密には解りません。フィジカル購入の促進、所属事務所やレコード会社側の意向、サブスク運営側への不信感等が想像できますが、サブスクユーザーにとってはそれら理由に関係なく、"気になった音楽を聴くことができない"という点において等しくマイナスです。
ましてやコアファンも置き去りにしかねない、また海外の音楽ファンが日本のエンタテインメント業界そのものに不信感を抱きかねないこともマイナスイメージに大きく作用します。日本のエンタテインメント業界側は総出で未解禁歌手や芸能事務所等の説得を試みるべきであり、それが不条理をなくす契機となります。世界は進化を続けている一方、日本のエンタテインメント業界はどうなのかを自問自答する必要があります。