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マイリー・サイラス「Flowers」はなぜ世界的大ヒットに至ったのか、米ビルボードが提示した5つの理由

マイリー・サイラス「Flowers」が世界の音楽チャートを席巻しています。

1月12日19時(東部標準時)にリリースされた待望の新曲は、1月13日からの1週間を集計期間とする米ビルボードソングチャート、そして米ビルボードが2020年に新設したふたつのグローバルチャートでいずれも初登場首位を記録。構成指標のどれもが高水準となっています。

「Flowers」はSpotifyにおいて、自身がリリース週に打ち立てたグローバルでの週間最高再生回数を2週目(1月20~26日)ではさらに上回り、複合指標から成る音楽チャートでの連覇達成もほぼ決定的となっています。

マイリー・サイラス「Flowers」がここまでの強さを誇るのはなぜかについて、米ビルボードが分析記事を作成しています。今回はこの記事を踏まえ、強さの理由に迫ります。

 

ビルボードマイリー・サイラスが「Flowers」で初登場首位を獲得したことをアナウンスしたのと同じ日に、「Flowers」についてこのような記事を用意しています。

この記事ではマイリー・サイラス「Flowers」の大ヒットについて、【新年の勢い】【1月の優位性】【ハリー・スタイルズのクルー】【ファンの推測とTikTok】そして【ただマイリーであること】という5つの理由を紹介しています。

 

 

【新年の勢い】と【1月の優位性】については、まず米ビルボードやグローバルチャートにおける現状をお伝えする必要があります。

サブスクの興隆やプレイリスト効果が高まっていることで、クリスマスに向けてはその関連曲が勢いを高め、週間チャートを席巻する事象が発生しています。2022年のクリスマス前後を集計期間とする週においては、米ビルボードソングチャートトップ10のうち8曲を関連曲が占めていました。

一方で翌週はクリスマス関連曲が一掃。2022年のクリスマスシーズン後はテイラー・スウィフトAnti-Hero」が首位に返り咲きを果たしていました。

クリスマス直前は新曲をリリースしてもチャート上でなかなか存在感を示すことができないという事情があり、また年が明けてからもチャートがなかなか活性化していかないという状況もみられます。

 

マイリー・サイラスの新曲「Flowers」が正式に告知されたのは、マイリーが司会を務めたNBCの大晦日特番『Miley's New Year's Eve Party』放送中のことでした。

マイリーは2年連続で大役を務め(昨年はドリー・パートンと共同司会を担当し互いのヒット曲もセッション)、ラトーやシーアといったゲストも多数迎えたこの番組は多くの視聴者数を記録しています。

実際は番組の放送以前から”New Year, New Miley”という広告を出して新曲の存在を匂わせていたのですが、番組内で正式にリリースを予告した後、マイリーはSNSでも告知。「Flowers」が1月13日(正式には1月12日19時(東部標準時))のリリースであることが広く伝わっていきました。特にテレビアナウンスは、マイリーのコアファンのみならず番組のファンながら歌手のコアファンではないライト層の取込にもつながったと言えます。

マイリー・サイラスは3月10日にニューアルバム『Endless Summer Vacation』をリリースすることも発表。「Flowers」は新作からの第1弾シングルという位置付けでもあり、先行曲のヒットはアルバムの認知度や期待値の上昇にもつながります。

 

音楽チャートにおいては、1月以降しばらくはチャートが活性化しにくい状況が生じます。それゆえ、年明けに生まれたヒット曲は音楽チャートでよりヒット感を強め、春先までロングヒットする傾向にあるのです。

2020年代、1月下旬から2月上旬に首位を獲得した曲がその後しばらくチャートを席巻する例が続きます。2020年はロディ・リッチ「The Box」が1月18日付以降11週連続、2021年はオリヴィア・ロドリゴ「Drivers License」が1月23日付で首位に初登場して以降8週連続、そして昨年は映画『ミラベルと魔法だらけの家』から「We Don't Talk About Bruno (邦題:秘密のブルーノ)」が2月5日付以降5週連続で首位に立っているのです。

「The Box」「Drivers License」そして「We Don't Talk About Bruno」といった年明けヒット曲の流れが、2023年においてはマイリーの「Flowers」へと引き継がれていることは確実と言えます。

 

ハリー・スタイルズのクルー】とは、マイリー・サイラス「Flowers」に共同プロデューサーとして参加したキッド・ハープーンとタイラー・ジョンソンを指します。彼らはハリー・スタイルズ「Watermelon Sugar」(2020)および「As It Was」(2022)に続き今回3曲目の首位を獲得。『Harry's House』(2022)の先行曲「As It Was」は”アップビートでゴムのようなポップ・ソウルの雰囲気を持ち、ポール・マッカートニーブルーノ・マーズの中間のようなスタイルズのサウンドを確立した”と米ビルボードが評しています。

キッドおよびタイラーのサウンドはマイリーとも相性が良いことに加え、ドージャ・キャットやデュア・リパ、さらにはリゾといった1970年代ソウルミュージック(ディスコティーク)回帰によるヒット曲が近年多数生まれたも「Flowers」に味方しています。「Flowers」は米ビルボードソングチャートにおいてラジオ指標18位に初登場、3350万のインプレッションを獲得するに至っているのです。

上記は2022年度以降の米ビルボードソングチャートにおける首位曲の推移であり、黄色は各指標の首位、オレンジは初登場での首位獲得曲を示します。その初登場首位獲得曲におけるラジオ指標はハリー・スタイルズ「As It Was」、テイラー・スウィフトAnti-Hero」そしてマイリー・サイラス「Flowers」とそれら以外の曲とでは大きく異なるのですが、これはラジオ指標が本来ロケットスタートを切りにくい性質を持つゆえです。

ビルボードソングチャート初登場週においてラジオ指標でトップ10入りを果たしたのは、1998年12月にオールジャンルとしてのラジオソングスチャートがスタートして以降、ジャネット・ジャクソン「All For You」(2001 9位)、レディー・ガガ「Born This Way」(2011 6位)、アデル「Easy On Me」(2021 4位)そしてリアーナ「Lift Me Up」(2022 6位)の4曲のみ。初登場50位以内登場も難しいこの指標で「Flowers」がトップ20入りを記録できたのは、マイリーへの期待値の高さ(大晦日特別番組も後押しした可能性)に加えてディスコティークな音楽性も影響していると捉えていいでしょう。

 

 

マイリー・サイラス「Flowers」がリリースされたタイミングで、米ビルボードはこのような記事をアップしています。ここから【ファンの推測とTikTok】を探ることができます。

マイリー・サイラスは俳優のリアム・ヘムズワースと離婚していますが、「Flowers」をリリースした1月13日はそのリアムの誕生日でもあります。

マイリーは「Flowers」のリリース前に歌詞のサビ部分を投稿しており、ともすればこちらの内容もコアファンやゴシップ好きの方々の想像を掻き立てるに十分だったかもしれません。さらにサビの歌詞についてはブルーノ・マーズ「When I Was Your Man」の立ち位置を逆転させたものではないかという指摘もみられています。

無論これらは推測の域を出ませんが、憶測が憶測を呼びTikTok上でセンセーションを巻き起こしたことは間違いないでしょう。そのTikTokは主にストリーミングに影響を及ぼし、「Flowers」は米ビルボードソングチャートのストリーミング指標においてキャリア最大となる5260万回もの再生回数を初週に記録。またダウンロードにおいても7万というビッグセールスに至っています。

ちなみにテイラー・スウィフトAnti-Hero」は昨年11月19日付米ビルボードソングチャートにおいてダウンロード指標32万7千という大記録を達成していますが、これは多数のリミックスを用意したことに加えてテイラーのホームページで先行発売したことが影響しています。他方「Flowers」はリミックスが現段階で未リリースであり、7万は破格の数字と考えていいでしょう。ダウンロードは若年層以上に年配の音楽ファンが利用する傾向があり、幅広い年代が「Flowers」を注目した証拠とも言えそうです。

 

実は、過去の恋愛を顧みるというタイプの作品は、実はオリヴィア・ロドリゴ「Drivers License」も同様です。

横恋慕されたという自身の失恋を想起させる曲でライト層、とりわけゴシップを楽しむ層の興味を惹くことに成功し、奪った側とされるサブリナ・カーペンターの返歌も登場。

現実の三角関係を暗示した曲は、特に説明的な言及がなく理解するに時間を要するタイプの曲であるほど、コアファンやゴシップ好きの興味を深めることにつながるようです。ちなみにオリヴィア・ロドリゴ「Drivers License」の推測に登場したサブリナ・カーペンターは、昨年11月リリースの「Nonsense」が最新1月28日付米ビルボードソングチャートで75位に初登場を果たし、上昇の気配をみせています。

 

 

マイリー・サイラス「Flowers」が大ヒットを遂げた、5つ目の理由が【ただマイリーであること (Just Being Miley)】。今回マイリーは米ビルボードソングチャートで「Wrecking Ball」以来およそ10年ぶりのチャート制覇を果たしていますが、この10年間は大きなヒットを獲得するには至れていませんでした。また2015年のアルバム『Miley Cyrus & Her Dead Petz』はサイケデリックな実験的作品であり、インディよりリリースされていたもの。しかしマイリーへの愛情(興味)は衰えることはありませんでした。

実際はこの10年の間に「Malibu」(2017 10位)やザ・キッド・ラロイ「Without You」リミックスへの参加(2021 8位)が米ビルボードソングチャートでトップ10入りを果たすも、リリース後間もなくランクダウンする傾向がありました。それでも「Flowers」は、才能があり広く認められている歌手がカムバック時の話題性の高さに伴い大ヒットの突破口を開けることができるということを証明したと言えるでしょう。

ビルボードは「Flowers」について、”マイリーの高貴でありながらも硬質な声、ジャンルを超えた適用力、そして強烈な個性を持つ歌手としての評判を完璧に表現している”と説明しています。

 

 

マイリー・サイラス「Flowers」については1970年代ディスコティーク的と先述しましたが、テーマにおいてもグロリア・ゲイナーのディスコクラシック「I Will Survive」(1978)に通じるものがあります。そのグロリアが「Flowers」に、そしてマイリーに対して賛辞を述べていることも注目です。

加えて俳優のダイアン・キートンも、「Flowers」を用いてダンスを披露する等、エンタテインメント業界の間で「Flowers」が浸透している状況です。

 

今回のブログエントリーでは米ビルボードが提示したマイリー・サイラス「Flowers」ヒットの5つの理由について、補足を交えて紹介しました。さらに付け加えるならば、この曲は今らしいヒットのパターンを踏襲した作品でもあります。というのもマイリーは「Flowers」をいち早くTikTokにて公開していたのです。

@mileycyrus

NEW YEAR, NEW MILEY, NEW SINGLE. FLOWERS JANUARY 13.

♬ original sound - Miley Cyrus

とはいえ、確認できる範囲では「Flowers」のリリース前の公開内容はTwitterと同じであり、また曲のわずかな部分を加工したものに過ぎませんが、その事前公開がコアファンやゴシップ好きをも巻き込んだ考察や掘り下げにつながり、1月13日にリリースされるやロケットスタートを切ることができたと考えるのは自然なことです。”待望の作品が遂にリリースされた”というウエルカムな心理状態を作り上げるのに、動画が十分な役割を果たしたと言えるでしょう。これは直近ではサム・スミス & キム・ペトラス「Unholy」や、日本におけるなとり「Overdose」のヒットに近いものがあります。

 

 

プライベートを想起させる歌詞、コアファンやゴシップ好きの方々が考察に勤しんだこと、今の時代のヒット曲の流れを組むディスコティークなサウンドや大ヒット曲の引用(の可能性)、リリースタイミングの巧さや事前の露出展開、そしてTikTokでの盛り上がり…これらによりマイリー・サイラス「Flowers」は米ビルボードソングチャートをはじめ世界中のチャートでロケットスタートを記録し、『Endless Summer Vacation』リリースまで、そしてそれ以降も首位を継続する可能性を秘めているのです。