イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

(追記あり) ティザー等動画発信、ストーリー構築…最新米ソングチャートでストリーミングが高水準に達した背景

(※追記(5月24日7時58分):米ビルボードは日本時間の5月24日、チャート専用Xアカウントにて今回紹介する3曲を含めた2020年9月以降の週間ストリーミング再生回数トップ10を発表しました。今回、そのポストを新たに掲載しています。)

 

 

 

日本時間の昨日発表された最新5月25日付米ビルボードソングチャートでは、上位3曲のストリーミング再生回数が極めて大きくなっているのが特徴です(米チャートでは動画再生分もストリーミングに含まれます)。米ビルボードではチャート専用Xアカウントを用いて、首位獲得曲が達成した記録について別途紹介しています。

ポスト・マローン feat. モーガン・ウォレン「I Had Some Help」は2024年の週間ソングチャートにおける最多ストリーミング再生回数を記録したのみならず、ストリーミング指標の加算対象が公式発のみに限った(YouTubeにおけるUGC(”踊ってみた”や”歌ってみた”に代表されるユーザー生成コンテンツ)を除外した)2020年9月以降において最多記録を更新したことが、今一度アナウンスされています。

 

実際、最新5月25日付米ビルボードソングチャートでは総合首位のポスト・マローン feat. モーガン・ウォレン「I Had Some Help」がストリーミング7640万を獲得したのみならず、2位のケンドリック・ラマー「Not Like Us」が同7200万(前週比2%アップ)、そして3位のトミー・リッチマン「Million Dollar Baby」が同6630万(同14%アップ)を記録。この3曲の高さは、週間総合首位曲の数値からみても明らかです。

そして米ビルボードはチャート専用Xアカウントにて、上位3曲の週間ストリーミング再生回数が2020年9月以降において、「I Had Some Help」が歴代1位、「Not Like Us」が4位(前週5月18日付においては5位)、そして「Million Dollar Baby」が7位に入ったことを紹介しています。

そしてこの3曲にはいずれも、ストリーミング再生回数が盛り上がる理由が存在。今回は昨日紹介した最新米ビルボードソングチャート速報(下記リンク先)を基に、その背景を探ります。

 

 

最新5月25日付米ビルボードソングチャートを初登場で制したポスト・マローン feat. モーガン・ウォレン「I Had Some Help」については、昨日Xでも紹介しています。

音楽賞における「I Had Some Help」のパフォーマンスはポスト・マローン単独でしたが(上記動画参照)、主要聴取者である白人中高年層がストリーミングに弱いとされるカントリージャンルにおいてポストは露出を図り、動画も登場しています。加えてカントリーが強いラジオにおいても特筆すべき動きがみられます。

音楽賞を観た方はラジオやストリーミングを、ラジオで耳にした方はストリーミングもチェックするようになったことが、ポスト・マローン feat. モーガン・ウォレン「I Had Some Help」の強さにつながったと捉えていいでしょう。ちなみにカントリージャンルの主要聴取者が白人中高年層でありラジオに強い一方でストリーミングに弱いと先述しましたが、モーガン等このジャンルの若手歌手はストリーミングに強い状況です。

加えてポスト・マローンは、テイラー・スウィフトに客演参加した「Fortnight」で5月4日付米ビルボードソングチャートにて首位初登場を果たしています。その際のストリーミングは7620万であり、ストリーミング指標の加算対象が公式発のみに限った(YouTubeにおけるUGCを除外した)2020年9月以降において最多記録を更新したばかり。この曲の首位到達も、ポスト・マローンの新曲への期待値を高めたといえるでしょう。

 

TikTok等短尺動画を用いたチラ見せという形でのティザー(ティーザー)公開は、新曲リリースの期待値を高めるものとして最近多用されます。それ以外にもリリース前にその熱量を高め、またリリース後も維持させるかに「I Had Some Help」は長けていました。フェスやライブで観客が撮影した動画の投稿も、一種のティザーの役割を果たします(下記動画は4月のフェスにて披露された「I Had Some Help」のパフォーマンス)。

ともすればポスト・マローン側は、上記のような投稿や音楽賞開催(時のパフォーマンス披露)も踏まえ、「I Had Some Help」のリリーススケジュールを組んだのではと考えます。リリーススケジュールひとつの策定をとっても施策であり、またテイラー・スウィフト「Fortnight」に参加したことで再度(チャート上で)フックアップされることも見込んでいたのかもしれません。見事な首位獲得劇だといえるのです。

 

 

登場2週目に2位にダウンしながらもストリーミングが上昇したケンドリック・ラマー「Not Like Us」については、米ビルボードソングチャートで3週首位を獲得したフューチャー、メトロ・ブーミン & ケンドリック・ラマー「Like That」が再燃させたドレイクとのディス応酬における1曲。ドレイクも対抗し、ケンドリックも複数曲を用意していますが、その注目度の高さが当週は「Not Like Us」に集約されたという印象です。

(ケンドリック・ラマー「Not Like Us」のジャケット写真がドレイクの自宅を映した衛星写真と思しきこと、実際に暴力事件が起きていることを踏まえて動画の貼付は控えますが、Mikikiにて応酬の内容が詳しく紹介されていますのでそのリンクを掲載します。)

ヒップホップにおけるディスの応酬は、日本でも似たようなものがエンタテインメント(企画)として成り立っている状況ですが、ベテラン歌手からは文化ではなく突然変異で誕生した悪性腫瘍という声があります。一方でディスの応酬がエンタテインメントとして成立してしまったこと、またそれが旨味を持っていることが、「Not Like Us」や「Like That」でのストリーミング再生回数や総合チャート制覇からみえてきます。

ディスは発し手のコアファンをより強力な味方とする一方、そのコアファンのみならず標的とした側を好まない者を強力なヘイターに仕立てる効果があります。そしてゴシップ好きな見学者(興味本位でその顛末を見てみたいという者)も増やすことでストリーミングの高水準につながったと捉えています。

周囲を強力な味方やヘイターに仕立てることからは、ディスの発し手が強力なストーリーをコアファンにもたらし、コアファンとの間でエンゲージメントを高める状況がみえてきます。他方、このことはストーリーに魅了された側の視野を狭くさせかねず、好きな歌手が誤った行動を採っていたとしても問題視しないことにもつながりかねません。最悪な事態が生じてしまう前に、コアファンこそ歯止めをかけることが必要でしょう。

 

 

登場3週目にして2→2→3位と好調に推移するトミー・リッチマン「Million Dollar Baby」は、トミーにとって初のソングチャート100位以内エントリー曲となります。この曲についてはReal Soundにて紹介されています。

早くも今年のサマーチューンとの呼び声も高い「MILLION DOLLAR BABY」は、バウンシーで強烈なビート、80sのポップスターの数々を思わせるようなハイトーンボイス、メンフィス風のフロウ、そのどれを取っても中毒性抜群だ。このほぼ無名に近いヴァージニア州出身のアーティストは、R&Bシンガーのブレント・ファイヤズ率いるISO Supremacyに所属している。ブレント・ファイヤズの楽曲に客演で参加した経験はあるものの、本格的なヒットは初だ。画素数の低いVHS風のティーザーがTikTokで瞬く間に話題になったのがきっかけだが、それでもいきなり全米2位という結果を残してしまうとは、いち早くその才能を見抜いたブレント・ファイヤーズも予想していなかったのではないか。

実際、「Million Dollar Baby」は米ビルボードによる5月18日付TikTok Billboard Top 50(集計期間:5月6~12日)を制しており、その際の記事では4月26日の音源リリースに先立って4月13日にTikTokで最初のティザーが公開されたと紹介されています。

また『画素数の低いVHS風のティーザー』(上記Real Soundの記事より)を意識したのでしょう、トミー・リッチマンは5月に入りVHS的なざらつきや当時のフォントを用いたリリックビデオを公開しています。「Million Dollar Baby」には「Million Dollar Baby (VHS)」というクレジットを冠したバージョンが公開されていることも、TikTokからサブスクや動画再生への流れを上手く作り上げているといえます。

トミー・リッチマン「Million Dollar Baby」もTikTokをティザーの形で用いているのはポスト・マローンと共通しながら、両者の知名度は大きく異なるといえます。しかしTikTokで何が人気かを察知し、曲名にもVHSの名を付け、そしてリリース後にはVHSを意識した動画を用意したことが、ストリーミングの新たな伸びにつながったと捉えていいでしょう。現在ではこの曲が、様々な動画のBGMに用いられています。

 

 

TikTok等でのティザー公開、ライブパフォーマンス、新たな動画の発信、ストーリーの構築…これらが最新の米ソングチャートにてストリーミングの高水準につながりました。「I Had Some Help」はカントリーファンの中高年層、「Not Like Us」はゴシップ好きな者、「Million Dollar Baby」はTikTokのユーザー(クリエイター含む)も巻き込み、グレーゾーンをライト層に、ライト層をコアファンに昇華させたともいえるのです。

リリーススケジュール策定ひとつをとっても施策であり、ほぼすべての歌手が何かしら実行している以上、施策を”重ねていく”という考え方にシフトすれば日本でも行い易くなるものと考えます。最後に、あくまで私見と前置きしますが、誰かを傷つけるディスの応酬や、不必要に比較対象を持ち出し貶すことで自身の優位性を示すようなストーリーの構築が行われないことを、心から願うばかりです。