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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

デジタル解禁すれば『SOFTLY』の首位、「LOVE'S ON FIRE」トップ10入りはあり得た…山下達郎のデジタル未解禁への私見

最新の6月29日公開分(7月4日付)ビルボードジャパンアルバムチャートでは、山下達郎『SOFTLY』が初登場で2位を獲得。リード曲「LOVE'S ON FIRE」は14位に大きく順位を上げました。

アルバムチャートはフィジカルセールス、ダウンロードおよびルックアップの3指標で構成。総合首位のStray Kids『CIRCUS』は20万近いフィジカルセールスを記録した一方、ルックアップは15位と大きく乖離。ルックアップはパソコン等にCDをインポートした際にインターネットデータベースのGracenoteにアクセスする数を示し、フィジカルセールスに対する実際の購入者数やレンタル数の推測を可能とします。山下達郎『SOFTLY』はおよそ5万枚少ないながらルックアップ指標を制しており、購入者や取り込み数の多さを示していると言えます。

 

それにしても、山下達郎さんにおけるアルバムそしてソングスチャートの動向には驚かされます。

山下達郎『SOFTLY』の初週フィジカルセールスは148,493枚。この初週セールスは今年度上半期の総合アルバムチャート(記事はこちら)に入った作品のうち、Ado『狂言』、宇多田ヒカル『BADモード』、藤井風『LOVE ALL SERVE ALL』そしてYOASOBI『THE BOOK 2』を上回ります。さらにリード曲「LOVE'S ON FIRE」はフィジカルシングル未リリースゆえ6指標が加算対象となる中、ほぼラジオだけで総合14位に入ったのです。

ビルボードジャパンソングスチャートのラジオ指標はプランテックによる全国31のラジオ局でのOA回数に基づき、聴取可能人口等を加味してビルボードジャパンが指標化したもの。今年度ラジオ指標だけで3356ポイント(のほぼ全て)を叩き出したというのは、ほぼあり得ないことですが、プランテックのOA回数の記事からその理由を探ることができます。

2022年6月29日発表のラジオ・オンエアチャート(集計期間:2022年6月20日〜6月26日プランテック調べ)では、山下 達郎「LOVE’S ON FIRE」が2週連続となる1位を獲得した。

盛り上がりを見せる11年ぶりのオリジナルアルバム「SOFTLY」リリース週とあり、前週から更にオンエアが伸びたことは言うまでもないが、その増加率は実に81%増で、オンエア数は2位以下のほぼ倍。調査対象となる全ステーションでのオンエアを獲得し、東名阪および札幌・福岡エリアチャートを制しての圧勝となった。

予てから注目されていた多数のラジオ出演は、今週確認されただけで40番組以上(ゲスト・コメント出演含む/ネット番組は1カウント)におよんだ。また、リリース当日22日のTOKYO FMでは早朝の「ONE MORNING」から「Roomie Roomie!」までの8番組、時間にして朝6:00から21:00までは本人が登場し、その間、オンエア曲もすべて関連曲のみという1日ジャックも実施されるなど、今週はまさに達郎ウィークであった。各番組出演時には新作についてはもちろん、少年時代のラジオの想い出や過去の出演秘話など貴重なエピソードの数々が披露され、SNS含めネット上でも大きく注目された。

そんな今週、調査対象基準を満たした全オンエア楽曲のうち、実に3.1%以上を達郎関連曲が占めたことも分かった。ちなみに、突然の活動休止発表と新作リリースで注目を浴びた前週のBTSが2%に満たない数値だったので、そのインパクトの大きさが分かるだろう。結果、アルバムから12曲と夏の名曲含めた計16曲が今週チャートイン。ラジオ/音楽業界が山下 達郎に沸いた一週間となった。番組出演は次週も続く。

ラジオでは『今日は一日山下達郎三昧』(NHK-FM 6月25日放送)や『山下達郎オールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送 6月21日放送)といった特別番組も組まれ、テレビでは『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日)が今回の集計期間開始前日と最終日に2週連続で特集、さらには妻の竹内まりやさん(の親友)が6月24日放送の『スッキリ』(日本テレビ)で天の声を務めています。雑誌特集も目立ち、既存メディアをジャックしたのです。

リリース前週のネットでの話題(後述)もおそらくは功を奏し、フィジカルをリリースすることが受け手に浸透した結果が、今年度のJ-Pop歌手でもとりわけ高い初週フィジカルセールスにつながったと言えます。そしてラジオでの圧倒的な強さがソングスチャート総合14位をもたらしています。

 

メディア露出(特にテレビ)は即座にデジタル、とりわけダウンロードに反映されます。しかしデジタル未解禁につきソングス/アルバムチャート共にダウンロード指標が未加算の状態です。サブスク未解禁でもダウンロードは出すという判断を下す方もいる中、山下達郎さんはダウンロードも解禁していません。仮にダウンロードが解禁していたならば、アルバム総合首位、ソングスチャートトップ10入りは十分あり得たでしょう。

(上記CHART insightにおいてダウンロードは紫で表示。双方にその指標が加算されていないことが解ります。)

 

順位は関係ないという見方もあるかもしれませんが、ビルボードジャパンのチャートがより社会的なヒットの鑑であることを踏まえれば、上位進出、とりわけアルバムチャートでの首位獲得の称号はやはり大きいと考えます。初週の3指標動向等を踏まえれば、次週以降はStray Kids『CIRCUS』を山下達郎『SOFTLY』が逆転する可能性は高いとして、しかし勿体ないと言えなくはありません。

 

さて、山下達郎さんはデジタル未解禁について、『SOFTLY』リリース前週のYahoo! JAPANでのインタビュー記事で見解を示していました。サブスクは行わないことを宣言したこの記事が、大きな波紋を拡げています。

(※既に記事は削除されています。)

Yahoo! JAPANTwitterでの見出しにおけるアクセス獲得を主目的とする姿勢は問題だと考えます(誹謗中傷が飛び交うニュースのコメント欄を閉鎖しない理由も、同種の目的に因ると捉えています)。それでも6月30日夜の段階で1万3千を超えるリツイートや4万7千を上回るいいねが集まっていることから、Yahoo! JAPANにとって狙い通りかそれ以上の結果となったことでしょう。そして、『SOFTLY』発売の周知にもつながったはずです。

 

 

ここからは私見が強くなると前置きしますが、自分は6月10日にTOKIONにて公開されたコラムにおいて、米ビルボードが一昨年秋に新設したグローバルチャートにおけるJ-Popのヒットの状況(既にある程度の結果は出ていること)と、さらなるヒットのための方策を記載しました。J-Popはさらに伸びる可能性があり、そのためには歌手、レコード会社および音楽ファンの環境や意識を変える必要があると考えます。

対して、今もデジタル未解禁歌手が少なくなく、また過去音源のアーカイブ化もままならない日本の音楽環境は、大きな機会損失となってしまいかねません。グローバルチャートにJ-POPが登場したとして、未解禁曲が多くきちんとチェックできないと知った海外の音楽ファンがJ-POP全体に対し不信感を抱いてしまえば、グローバルチャートに登場したJ-POPのさらなる上昇は難しいでしょう。

音楽業界が総出で環境を改善すること、歌手やファンがチャートを知り積極的に動くことが重要です。そしてグローバルチャートの存在が広く伝わることを願ってやみません。

このコラムは6月17日にアップされましたが、先述したYahoo! JAPANのインタビュー記事が登場する前に書き上げたもの。山下達郎さんの作品は海外のニーズも高く、シティポップムーブメントの中心にもありながら、デジタル未解禁やデジタルアーカイブの少なさ、海外でチェックできない状況は日本の音楽業界全体の進むべき道と逆行するため、業界総出で解決しなければならない課題だと強く思うのです。

音楽業界は山下達郎さんと議論する場を設け、問題を共に解決する状況を作るべきです。海外のエンターテイナーが音楽や社会問題に積極的に立ち上がり解決を目指す中、自分はサブスクを使いながら解禁するつもりがないと堂々と言い切る姿勢をベテランが発信することに強い違和感を覚えます。また音楽に携わらない方の搾取という悪の存在を作り上げることで自身の未解禁を正しく見せようとする態度もまた疑問です。

(比較対象をわざわざ持ち出し、その対象を貶して賞賛するものを輝かせようとするやり方を自分は逆謙譲と呼んでいます。今回の姿勢はその一種であり、山下達郎さんが時折ラジオで蔑視してきた政治家の態度を彷彿とさせるのではないでしょうか。)

またラジオ業界は、前週のいわば山下達郎祭りという状況下にあって、デジタル未解禁という事実にどこまで触れたでしょうか。機嫌を損ねさせないとしても、そういうところに都合よく触れないことを続けてきた結果が、音楽業界の改善を阻害する一助になってしまったものと考えます。

 

 

今回のデジタル未解禁の姿勢から、様々なものが炙り出されたと思うのです。個人的には、海外の音楽ファンのJ-Popに対する不信感がますます高まるのではと感じずにはいられません。『SOFTLY』を聴きたいと思う世界の音楽ファンは少なくないはずです。