イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

宇多田ヒカルだけではない、フィジカル後発施策を採る歌手が増加していることへの私見

宇多田ヒカルさんのニューアルバム『BADモード』、そのフィジカルが今日店着となります。

その評判は非常に高く、アメリカのピッチフォークでは10点満点中8.0という高い点数がつけられています。

この『BADモード』、デジタルリリースからおよそ1ヶ月が経過した後、遂にフィジカルとして届けられます。初回生産限定盤は先月公開された、こちらも評判の高かった配信スタジオライブ等の映像を収録。そしてアルバム特設サイトではこのフィジカル盤を【ファン必携のコレクターアイテム】と紹介しており、この文言がとても興味深いのです。

 

シングルではデジタルのみでのリリースが増えており、最新2月16日公開(2月21日付)ビルボードジャパンソングスチャート(→こちら)ではトップ10、いやトップ20においてもフィジカルリリースは5曲のみ*1。Aimer「残響散歌」やKing Gnu「一途」はフィジカルセールスが初週10万に達せず、またDa-iCECITRUS」は1万枚限定発売であることを踏まえれば、フィジカルセールスは最重要指標とは言い難いと捉えていいでしょう。

一方でアルバムについてはフィジカルリリースが今も定着しているという印象があったのですが、フィジカル後発という流れはどうやら宇多田ヒカルさんに限らない模様です。

 

たとえばVaundyさんの場合。

あくまでフラゲが可能という前提の上でですが、フィジカルのメリットのひとつはデジタルに先んじて聴取可能という点にありました。しかし今回はそのフラゲという慣例を踏まえてもデジタルが1日優勢となるわけです。またビルボードジャパン各種チャートは月曜が集計開始日となっており、ダウンロードについては1週間フルで加算される形に。今回のデジタル解禁日設定はこの点でも有利になると言えます。

Vaundyさんのツイートからは、デジタルで興味を持った方をフィジカル購入につなげるという目的が感じられます。

 

そして、TikTokのバズに伴いチャートを上昇中の「W/X/Y」を昨日放送の『CDTVライブ!ライブ!』(TBS)でパフォーマンスしたTani Yuukiさん。TikTokについては以前ブログで紹介していますが*2、その「W/X/Y」ならびにストリーミング再生回数が1億回を突破した「Myra」を収録したアルバム『Memories』は昨年末にデジタル先行でリリースされながらもフィジカルが店頭に並ぶことはない模様です。

『Memories』については1月末までに予約購入した方限定の生産となっています。そしてこのフィジカルには特典が。

TikTokのバズおよび特典内容が想定以上の注文数につながったことで、発送が来月にずれ込むという嬉しい悲鳴も生まれています。

この"あなただけのCD"という特典もまた、フィジカルがコレクターズアイテムと捉えられていることを示すに十分です。ともすればその購入がコアなファンの証明と成るくらい、フィジカルの位置付けは変わってきたと言えるでしょう。

 

 

Tani Yuukiさんの手法は、昨年ブログで紹介した平井大さんのアルバムに近いかもしれません。

その点において、フィジカルを一般流通するVaundyさん、そして宇多田ヒカルさんについては、後から興味を持った方も購入できる点や小売店の利益創出も可能という状況において、まだ親切な施策を採ったと言えるかもしれません。それでもフィジカルリリースがデジタルの後発という位置付けになり、そこにレコード会社や歌手のホームページという販路も加わるならば、特に小売店は複雑な思いかもしれません。

まして、今のところTani Yuukiさんのアルバムは、平井大さんのようなレンタル解禁を今のところ行っていません。Vaundyさんや宇多田ヒカルさんはいずれレンタルされるとして、フィジカルをリリースしても一般流通に乗らない場合はレンタル不可の状況となり得るわけで、レンタル業界の状況が一層悪化するのではないかという危惧も抱いています。

フィジカルをめぐる状況を踏まえれば、コアなファンのさらなる熱量の増幅と、一方では実店舗のモチベーションの低下をも招きかねないというのが私見です。とはいえこれらはサブスクの普及が背景にあることは間違いなく、小売店を含む音楽業界が時代の流れをきっちり捉えることが必要でしょう。

 

 

なお海外では、フィジカルはリリースしても歌手のホームページで枚数限定という状況が多く行われており、しかもCDはレコードに比べて人気がない模様。そのため、歌手によってはCD自体作っていないことが多いと感じています。そして昨日にはこんなニュースも。

ストリーミングを暴力的システムだと形容し、まるで自分のやり方が正しいかのように認識させるようなやり方を行うこと、そしてそのよう方がゴスペルを歌うということは耐え難いというのが、ゴスペルを歌ってきた自分の考えです。現在のストリーミング時代にあっては垣根なく様々な曲を聴くことができ、それを経て歌手のファンになるユーザーも少なくないはずなのですが。

フィジカルをリリースしても、ストリーミング未解禁等聴取手段を限定する施策を採ることには強い違和感を覚えますが、日本においても踏襲する歌手がゆくゆくは出てくるかもしれません。そうならば残念だというのが、今の自分の正直な思いです。

*1:なおKing Gnu「逆夢」は「一途」とダブルAサイドとしてリリースされていますが、フィジカル関連指標は「一途」にのみ加点されています。またBTS「Butter」はアルバムとしてカウントされています。

*2:Tani Yuuki「W/X/Y」、TikTokのバズを自ら積極的に採り入れヒットのフェーズへ突入(1月4日付)参照。