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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

日本でもっと様々な音楽が聴かれるためには? 日米のアルバム収録曲におけるSpotify初日動向から考える

日本のサブスクは新陳代謝がないという言説について、ここ最近様々な角度から考え、ブログエントリーをアップしています。いずれまとめたものを用意しますが、今回は日本と海外におけるアルバムの初日動向の差について紹介します。

なお今回はSpotifyのデイリーチャートを追いかけているTwitterアカウント、Spotify Statsのデータを主に用いています(Twitterアカウントはこちら)。

 

2月24日付のSpotifyデイリーチャート、世界の動向をみると強力な新譜のリリースがチャートに大きく影響しています。

グローバルチャートではカロルG、米ではイートの存在感が際立っています。イートは『AftërLyfe』収録の22曲のうち20曲が、リリース日の米Spotifyデイリーチャートで200位以内に登場しています。

加えて先日紹介したザ・ウィークエンド「Die For You」へのアリアナ・グランデ参加版もリリースされたことで、2月24日付米Spotifyデイリーチャートでは前日からおよそ4分の1が入れ替わる結果となりました。

 

アルバムリリース日において、アルバムのリード曲のみならずアルバムでの初お目見え曲も海外のSpotifyデイリーチャートで大挙初登場するという現象は、実際少なくありません。米ビルボードの2022年度年間アルバムチャートトップ10に入った作品のうち、Spotify Statsで画像付きツイートが残っている作品をみてみましょう。

・1位 バッド・バニー『Un Verano Sin Ti』

  2022年5月6日リリース 同日付にて23曲中23曲ランクイン、33位までにすべて登場

・4位 テイラー・スウィフト『Midnights』

  2022年10月21日リリース 同日付にて20曲中20曲ランクイン、22位までにすべて登場

・7位 ハリー・スタイルズ『Harry's House』

  2022年5月20日リリース 同日付にて13曲中13曲ランクイン、13位までにすべて登場

・8位 オリヴィア・ロドリゴ『Sour』

  2021年5月21日リリース 同日付にて11曲中11曲ランクイン、12位までにすべて登場

(上記ツイート内、133位記載分はアルバム『Sour』未収録。)

・9位 ドレイク『Certified Lover Boy』

  2021年9月3日リリース 同日付にて21曲中21曲ランクイン、21位までにすべて登場

検索しても画像付ツイートが出てこなかったこともあり、紹介は5作品にとどまりますが、5作品とも収録曲すべてが200位以内、もっといえば上位をほぼ独占していることがよく分かるのです。

 

では日本においてはどうでしょう。今年に入り、Spotifyにおいてはこのような動きがありました。

Spotifyは金曜を集計期間初日として日曜までの3日間における様々なチャートを画像付きで発信しますが、そこでback number『ユーモア』がグローバルトップデビューアルバムチャートで10位にランクインしたことが判明しています。ただし『ユーモア』のリリース日はこのチャートの集計期間3日前となる1月17日であり、仮にこの作品が金曜リリースだったならばより高い位置に登場したものと見込まれます。

では、『ユーモア』の日本におけるリリース初日の動向はどうだったでしょう。

1月17日付の日本におけるSpotifyデイリーチャートでは200位以内にback numberの作品が14曲ランクインしていますが、『ユーモア』収録曲は7曲となっています(「アイラブユー」「水平線」「ベルベットの詩」「怪盗」に加えて「秘密のキス」(128位初登場)、「黄色」(158位再登場)および「エメラルド」(187位再登場))。

back numberにおいてはデジタル施策の転換によりサブスクに強い歌手と成ったことを上記ブログエントリーにて紹介していますが、それでも海外のような全曲200位以内初登場には至りませんでした。

 

では昨年度のビルボードジャパン年間アルバムチャート上位作品はどうだったのでしょうか。

上記作品のうち1位、2位、5位、7位はデジタル未解禁、6位および10位はベストアルバム(厳密にはBTS『Proof』は”アンソロジーアルバム”となります)。よってデジタルが解禁されたオリジナルアルバム(EP含む)4作品における、リリース日における日本のSpotifyデイリーチャートの動向を追いかけてみます。

・3位 Ado『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』

  2022年8月10日リリース 同日付にて8曲中8曲ランクイン、59位までにすべて登場

・4位 SEVENTEEN『DREAM』

  2022年11月9日リリース 同日付にて4曲中1曲ランクイン、95位に「DREAM」が登場

・8位 SEVENTEEN『Face the Sun』

  2022年5月27日リリース 同日付にて2曲ランクイン、103位までに2曲登場

・9位 Ado『狂言

  2022年1月26日リリース 同日付にて7曲ランクイン、182位までに7曲登場

Ado『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』は全曲がランクイン。ビルボードジャパンアルバムチャートでは2022年8月17日公開分にて同作品が首位初登場を果たしましたが、同日付のソングチャートでは8曲が40位までに登場し、うちトップ3を独占するという結果となりました。サブスク再生回数等に基づくストリーミング指標が大きなポイント源ゆえの結果ですが、ビルボードジャパンによる記事の見出しからもその凄さが解ります。

 

一方で、米ビルボードソングチャートではテイラー・スウィフトが『Midnights』収録曲でトップ10独占を成し遂げています。これまでの記録はドレイク『Certified Lover Boy』の9曲でしたが、テイラー・スウィフトは史上初の記録を築き上げたわけです。そもそも昨年度においては、アルバム初登場週にソングチャートでも4曲以上トップ10内に送り込む歌手が少なくありませんでした。

テイラー・スウィフト『Midnights』は米ビルボードの2022年度最終週の前週にアルバムチャートを初登場で制し、最終的に年間4位に入りました。アルバム、そしてソングチャートで施策を徹底していたことについては下記ブログエントリーにてまとめています。

ビルボードアルバムチャートはデジタルやフィジカルセールス(歌手のホームページによる売上を含む)に加えて、単曲ダウンロードのアルバム換算分(TEA)ならびにストリーミング再生回数(公式動画含む)のアルバム換算分(SEA)が加わったユニット単位で計算されます。TEAおよびSEAの加算はビルボードジャパンアルバムチャートにはない考え方であり、特にSEAの存在がアルバムチャートの上位キープを可能とします。

Of SOS’ 87,000 equivalent album units earned in the week ending Feb. 23, SEA units comprise 86,000 (down 7%, equaling 118.39 million on-demand official streams of the set’s tracks), album sales comprise 500 (down 21%) and TEA units comprise 500 (down 8%).

日本時間の本日早朝に発表されたばかりの最新3月4日付米ビルボードアルバムチャートでは、シザ『SOS』が通算10週目の首位を獲得しました。昨年12月9日にリリースされた同作品は、同日付で米Spotifyデイリーチャートで39位までに23曲がすべてランクインしています。

米をはじめ海外ではサブスクが主流となり、音楽チャートも金曜を集計開始日としていることもあって金曜リリースが標準化しています。それにより新譜をリリース日に聴く習慣が根付いていると考えていいでしょう。ゆえに強力な新譜ほどリリース日にサブスクサービスで好位置に初登場し、時には上位を占拠します。

加えて米ビルボードではアルバムチャートにストリーミング再生回数(公式動画含む)のアルバム換算分(SEA)が加わっていることでロングヒットするのみならず、曲数が多くともユニット算出時の分母が曲数にかかわらず一律であるため収録曲が多いほど有利になるという性質もあるのです。それが2021年度におけるモーガン・ウォレン『Dangerous: The Double Album』(30曲入り→デラックスエディションにより33曲入りへ)、そして昨年度のバッド・バニー『Un Verano Sin Ti』(23曲入り)といった収録曲が多い作品の米ビルボード年間アルバムチャート制覇につながったと考えていいでしょう。そして現在大ヒット中のシザ『SOS』は23曲が収録されています。

 

個人的にはストリーミング再生回数(公式動画含む)のアルバム換算分(SEA)のみならず単曲ダウンロードのアルバム換算分(TEA)においても、ユニット算出時の分母は各作品毎に変更する(その収録曲数で割る)ことが必要と感じていますが、このSEAの概念はビルボードジャパンアルバムチャートも導入を検討をしていいのではないかと考えます。以前も提案しましたが、2023年度になってルックアップ指標が廃止されアルバムチャートが所有指標のみになったことから、その検討は急務ではないかと考える自分がいます。

(ルックアップ指標とはCDをパソコン等インターネット接続機器にインポートした際にインターネットデータベースのGracenoteにアクセスする数を指し、ビルボードジャパンは2022年度までにこの指標をアルバムそしてソングチャートから廃止しました。実際の売上枚数に対するユニークユーザー数、そしてレンタル枚数の推測が可能であり、ルックアップは後者において接触指標的な意味合いと持つと考えていいでしょう。2023年度に入り、アルバムチャートはフィジカルセールスおよびダウンロードの所有2指標のみで構成されています。)

 

 

日本のサブスクは新陳代謝がないという言説に対し、ビルボードジャパンが合算や集計期間においてチャートポリシー(集計方法)を海外仕様に合わせれば状況が好転できるのではないかということをこれまで提案してきましたが、アルバムチャートにおいてもストリーミング再生回数(公式動画含む)のアルバム換算分(SEA)を指標に組み入れることで事態は変わると捉えています。

音楽チャートが変われば音楽業界そしてリスナーの意識も変化し、金曜リリースが徹底され、そしてサブスクでリリース日に聴くという習慣が根付く可能性が考えられます。それがアルバム収録曲全体の再生回数上昇とリリース日の上位進出につながり、最終的に日本のサブスクが新陳代謝に至るひとつの原動力になるのではないでしょうか。