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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

リバイバルヒット中の宇多田ヒカル「First Love」、ケイト・ブッシュやマライア・キャリーを想起させる

1999年にリリースされた宇多田ヒカルさんのシングル、「First Love」がビルボードジャパン最新ソングチャートで2週連続トップ10入りを果たしています。そしてこの曲が、今の時代におけるリバイバルヒットの最高の形を示していると捉えています。

上記は最新12月21日公開分ビルボードジャパンソングチャートにおける直近11週分のCHART insight。現在6指標で構成されるビルボードジャパンソングチャートにおいて、宇多田ヒカル「First Love」はフィジカルセールス(黄色で表示)、ダウンロード(紫)、ストリーミング(青)、ラジオ(黄緑)、動画再生(赤)そしてカラオケ(緑)の6指標すべてを加点対象となる300位以内に送り込んでいるのです。

 

宇多田ヒカル「First Love」のリバイバルヒットについては、音楽ジャーナリストの柴那典さんがビルボードジャパンにコラムを寄稿されています。

ヒットのポイントは、「First Love」等がインスパイア源となったNetflixのドラマ『First Love 初恋』が日本を中心にアジアでヒットしていること、デビュー記念日に同曲の新たなミックス等が公開されたこと、アナログ盤が発売されたこと。柴那典さんは『「2022年の宇多田ヒカル」をこの現象と重ね合わせたときに、いろいろな文脈が見えてくる』として、海外音楽フェスや『BADモード』の評価についても紹介されています。

 

音楽チャートに特化して語るならば、最新12月21日公開分ビルボードジャパンソングチャートのストリーミング再生回数において、宇多田ヒカル「First Love」は同曲最高位となる3位に到達。Official髭男dism「Subtitle」、米津玄師「KICK BACK」という2強がそびえ立つ中で、リバイバルヒット曲の勢いの大きさが証明された形です。

その最新12月21日公開分ソングチャートにおいて唯一ダウンしたフィジカルセールス指標は、先述したアナログの加算2週目による急落に伴うものですが、過去曲をタイミングよくアナログリリースすることでデジタルヒットの人気を底上げすることにつながりました。前週12月14日公開分においてフィジカルセールス指標はポイント全体の1割強でしたが、アナログリリースがなければ前週総合トップ10入りを逃したとみられます。

(上記は12月14日公開分までの60週分における宇多田ヒカル「First Love」のCHART insight。)

 

 

この宇多田ヒカル「First Love」のリバイバルヒットから思い出したのが2曲。いずれも2022年度に(2022年度にも)ヒットした洋楽作品です。

 

まずはケイト・ブッシュ。1985年にリリースした「Running Up That Hill (A Deal With God)」が今年リバイバルヒットし、米ビルボードソングチャートでは最高3位を記録しました。

上記ツイートはてケイト・ブッシュ「Running Up That Hill (A Deal With God)」が米ビルボードにおいリカレントルール適用に伴いソングチャートから消えた、そのタイミングで記された同曲の週間ソングチャート推移。リカレントルールとは一定期間以上在籍した曲が一定の順位を下回ればチャートから外れるというもので、新陳代謝を目的として用意。なおビルボードジャパン総合ソングチャートにはこのルールはありません。

ケイト・ブッシュ「Running Up That Hill (A Deal With God)」の人気再燃については米ビルボードソングチャートでトップ10入りを果たす前にブログで取り上げました。きっかけはこちらもNetflix発となるドラマ、『ストレンジャー・シングス 未知の世界 シーズン4』での起用であり、「Running Up That Hill (A Deal With God)」は同曲のこれまでの最高位だった30位を大きく塗り替え、キャリアとしても最高位に至ったのです。

ケイト・ブッシュ「Running Up That Hill (A Deal With God)」は最終的に、2022年度の米ビルボード年間ソングチャートで23位を獲得。動画再生を含むストリーミング指標が20位、ダウンロードが6位、ラジオが28位と構成3指標をバランスよく獲得しているのも特徴で、配信作品の人気がデジタル、そしてラジオでも響きやすいことが証明されています。リバイバルヒットの新たな形として下記ブログエントリーでも取り上げました。

 

そしてもう1曲がマライア・キャリー「All I Want For Christmas Is You (邦題:恋人たちのクリスマス)」。最新12月24日付米ビルボードソングチャートにおいて通算10週目の首位を獲得し、マライアはボーイズIIメン、ドレイクに続き10週以上の首位獲得曲を3曲以上保有する歌手となりました。最新チャートについては下記ブログエントリーにて紹介しています。

「All I Want For Christmas Is You」は1994年にリリースされた初のクリスマスアルバム『Merry Christmas』に収録され、日本ではドラマ『29歳のクリスマス』(フジテレビ)主題歌としてシングル化。そのフィジカルセールスはミリオンを突破し当時日本で大ヒットした一方、米では当時ラジオ指標でトップ10目前まで上昇したもののフィジカル未リリース曲は総合ソングチャートに入れないというルールに伴い登場しませんでした。

直近の米ビルボードソングチャートでも明らかなように、クリスマスシーズンには関連曲が大挙トップ10入りします。これは動画再生を含むストリーミングの人気やサブスクサービスでのプレイリストの影響力増大が背景にありますが、その中にあってマライア・キャリーが米ビルボードソングチャートで初の首位を獲得した際に行ったフィジカルセールス施策は、今の地位を築くことに大きく貢献しています。

これまでの最高位となる3位に先週到達したばかりの「All I Want For Christmas Is You」が遂にチャートを制しました。クリスマスソングが米ビルボードソングスチャートを制したのはチップマンクス with デヴィッド・セヴィル「The Chipmunk Song」が1958年から翌年にかけて4週間首位を獲得して以来2曲目。ストリーミングは前週比30%アップの4560万、ダウンロードは同185%アップの27000で2指標を制覇。後者においては今月11日から公式ホームページでシングルCDをリリースしたことも同指標を押し上げる材料となりました。ここ最近はレコードのみならずカセットテープやCDを自身のホームページで販売する歌手も増え、それがダウンロード指標に加算されるのは前週首位に立ったザ・ウィークエンド「Heartless」も同様で、チャートを押し上げる新たなの施策となっています。

ビルボードにおいては歌手のホームページにおけるフィジカル/デジタルの販売がダウンロード指標に含まれ、チャート押し上げに有効に作用します。マライア・キャリーはその後も新バージョンやライブ映像の公開(オリジナル版と音源が異なっても米ビルボードソングチャートでは合算対象)、アドベントカレンダーの用意等様々な施策を用意したことで、クリスマス曲といえばマライアという図式を強固なものとしました。

無論上記ブログエントリーにも書いたように、クリスマスソングは今の時代に即したヒットであり、音楽チャートが今の時代を反映したチャートポリシー(集計方法)に変更したことでそのヒットが可視化されています。マライア・キャリー側はそれらを分析し、さらなるヒットに押し上げたというのが自分の見方です。そして宇多田ヒカル「First Love」のフィジカルセールス投入もまた、マライア側の施策を想起させるのです。

(尤も、宇多田ヒカル「First Love」のアナログリリースとドラマ『First Love 初恋』公開タイミングは偶然かもしれませんが、ドラマ側がインスパイア源となった宇多田ヒカルさんのデビュー記念日を意識して公開日を設定したとすれば、ドラマ公開とアナログリリースはやはり関連していると言えるかもしれません。)

 

 

配信作品のヒットに伴う関連曲の人気再燃は新たなミックス等の投入もプラスに作用しつつ元来デジタル解禁がされているからこそである、また人気を補強する役割としてフィジカルセールスの投入も有効である…宇多田ヒカル「First Love」のチャートアクションはケイト・ブッシュ「Running Up That Hill (A Deal With God)」やマライア・キャリー「All I Want For Christmas Is You」を見事に踏襲しています。

「First Love」のチャートアクションは、日本における過去曲のリバイバルヒットの可能性を、そしてそれを強固にする施策の重要性を示したと考えます。元々季節感の強い曲はリバイバルヒットする傾向にありましたが、たとえば昨日のブログエントリーで紹介したback number「クリスマスソング」における施策の実施は、歌手側がチャートヒットや施策をより意識するようになったことの表れと言えるでしょう。

(上記は12月21日公開分までの60週分におけるback number「クリスマスソング」のCHART insight。)

無論、映像作品のSNS発信の巧さ等も重要ですが、今回のヒットからエンタテインメント業界が学べる点は多々あるはずです。そしてそもそもの話として、デジタル解禁の重要性が理解できるのではないでしょうか。