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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

日本のSpotifyで「BOW AND ARROW」が前週超え…米津玄師の楽曲、動画アプローチから"重層的"を考える

ビルボードジャパンは本日午後、最新ソングチャートを公開します。前週はトップ10のうち6曲が入れ替わっていますが、その6曲がどう推移するか、また首位がどの曲になるのかに注目です。

 

さて前週のエントリーでは、今年度のビルボードジャパンソングチャートで初登場して以降上位をキープする曲、ならびにその可能性を有すると考える作品の日本のSpotifyにおけるデイリーチャート動向表を掲載しました。そこから1週間が経過していますが、興味深い動きが出ています。

 

 

前週のエントリーでは、採り上げた8曲の多くがピークが早いと指摘しました。実際、この1週間においても多くの曲で再生回数の前週同曜日割れが起きているのですが、米津玄師「BOW AND ARROW」に関しては3月6日付以降、再生回数が前週同曜日を超え続けています。

 

日本のSpotifyにおける米津玄師「BOW AND ARROW」の上昇は、3月5日夜に公開されたミュージックビデオの反響に因るものでしょう。米津玄師さんのファンもさることながら、ミュージックビデオ出演した羽生結弦さんならびにフィギュアスケートのファン、そして「BOW AND ARROW」がオープニング主題歌に起用されているテレビアニメ『メダリスト』のファン、そのいずれもから高い評判を耳にしています。

「BOW AND ARROW」ミュージックビデオの反響については、noteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦さんがYahoo! JAPANにコラムを寄稿しています。その際、ミュージックビデオ内の羽生さんの演技と『メダリスト』とのリンク等、"解釈の余地"について触れており、この表現からミュージックビデオを含む「BOW AND ARROW」、そして米津玄師さんの作品全体が"重層的"であることを考えた次第です。

 

 

映像作品関連曲については、その歌詞と作品との整合性について語られることが少なくありません。タイアップ元の作品について直接的な言葉を用いずとも、主人公等の思いを言語化することに長けた曲は高く評価される傾向にあると捉えています。最近ではテレビアニメ『チ。 ―地球の運動について―』のオープニング主題歌であるサカナクション「怪獣」が高い評価を得ている印象です。

原作のもつテーマをわかりやすく、具体的に音楽にするのではなく、 いかに抽象的で説得力のあるものにするかということに重点をおいて制作しました。

サカナクションの新曲「怪獣」がTVアニメ「チ。 ―地球の運動について―」OP主題歌に決定。 楽曲が使用されたアニメPVが公開となりました。 - NEWS|サカナクション公式サイト|NF member(2024年9月5日付)より

山口一郎さんの発信を踏まえ、フリーライターの荻原梓さんは『この曲はサカナクションらしさやアニメの世界に寄り添いながらも、解釈は聴き手に委ねる自由さも持ち合わせている。だからこそ、多くの人に届いたのだろう』と評しています(『』内はサカナクション、なぜ3年ぶり新曲で異例のヒットを生んだ? 「怪獣」が秀逸なアニメ主題歌である理由 - Real Sound|リアルサウンド(3月11日付)より)。

現在はダンスの流行に伴うヒットが少なくなく、歌詞等をなぞるようなタイプの振り付けもみられます。そのような直接的で分かりやすい表現も好いのですが、様々な解釈の余地(そこには考察も含まれます)を与える作品は重層的と呼べるかもしれません。山口さんの述べたふたつの言葉("抽象的"と"説得力のある")は両立が難しいと思われますが、それをクリアすることで話題性が高まるのではと感じています。

 

米津玄師さんに話を戻すと、たとえばテレビアニメ『チェンソーマン』のオープニングテーマである「KICK BACK」(2022)にて、モーニング娘。「そうだ! We're ALIVE」(2002)の歌詞の一部分("努力 未来 A BEAUTIFUL STAR")を用いています。歌詞のサンプリング("インターポレーション"がより正しい表現と考えます)自体も作品を重層的にする役割を果たしますが、その引用の仕方と作品との連動性が話題になっていました。

 

 

その米津玄師さんは、ミュージックビデオを含む作品そのものにとどまらず、ミュージックビデオの魅せ方もまた長けているのではないでしょうか。

 

上記動画は「感電」(2020)ミュージックビデオの公開日時を示すもの。公開の数時間前に突如登場、同時に米津玄師さんの公式YouTubeチャンネルにて公開された動画のサムネイルも切り替わりました。動画を解読することでミュージックビデオの公開時間が読み取れるというものですが(この謎解き自体もまた重層的と呼べるかもしれません)、この話題性の高さが1ヶ月後のサブスク解禁にも弾みを付けたものと捉えています。

 

ミュージックビデオ公開日時を知らせる謎解きは「Pale Blue」(2021)や「M八七」(2022)でも行われ、「Pale Blue」は「感電」に続いてACC TOKYO CREATIVITY AWARDSを受賞。加えて、ミュージックビデオの公開は夜が一般的ながら「M八七」では朝8時に設定されていたのも印象的であり、当日朝の情報番組での発信(から程なくしての公開)、また会社や学校等での話題作りにつながるという意味でも巧いと感じています。

また昨年ヒットした「さよーならまたいつか!」では、主題歌に起用されたドラマ『虎に翼』オープニングムービーの長尺版(楽曲のサイズに合わせたもの)を米津玄師さんの公式YouTubeチャンネルにて公開しています。テレビメディアからの映像の貸与は日本で珍しく、NHKからとなるとさらに稀だといえるのですが、公開に伴い「さよーならまたいつか!」はビルボードジャパンソングチャートでトップ10内に返り咲いています。

 

米津玄師さんのミュージックビデオ公開に関する施策には枚挙にいとまがありません。ミュージックビデオ(および楽曲)自体のクオリティも重要ですが、それを外に届けることにも米津玄師さんは長けています。内(作品)と外(施策)双方の厚さもまた、重層的と呼べるものかもしれません。

 

 

本日発表のビルボードジャパンソングチャートにおける米津玄師「BOW AND ARROW」の動向に注目です。また、動画再生分がストリーミング指標に加算される米ビルボードのグローバルチャート(Global 200、およびGlobal 200から米の分を除くGlobal Excl. U.S.)にて、動画が初めて1週間フル加算される3月22日付で200位以内に登場するかどうかも気になります。なおグローバルチャートについては下記にて紹介しています。