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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米ビルボードソングチャート、キャリア初エントリーにて2位以内に初登場した6曲の背景を考える

最新5月11日付米ビルボードソングチャートは、テイラー・スウィフト『The Tortured Poets Department』収録曲が登場2週目につきリード曲を除いて後退。それに伴いトップ10が7曲入れ替わりました。結果、キャリア初のトップ10ヒット曲が半数を占めています。

1位 (1位) テイラー・スウィフト feat. ポスト・マローン「Fortnight」

2位 (初登場) トミー・リッチマン「Million Dollar Baby」

3位 (27位) シャブージー「A Bar Song (Tipsy)」

4位 (22位) サブリナ・カーペンター「Espresso」

5位 (15位) ベンソン・ブーン「Beautiful Things」

6位 (18位) テディ・スウィムズ「Lose Control」

7位 (16位) ホージア「Too Sweet」

8位 (17位) フューチャー、メトロ・ブーミン & ケンドリック・ラマー「Like That」

9位 (3位) テイラー・スウィフト「I Can Do It With A Broken Heart」

10位 (2位) テイラー・スウィフト「Down Bad」

その中で、2位に初登場を果たしたトミー・リッチマン「Million Dollar Baby」はソングチャート(Hot 100)自体キャリア初エントリーとなります。

 

ビルボードはキャリア初エントリー曲の上位初登場記録について、別途記事にて詳しく述べています。

<米ビルボードソングチャート キャリア初のエントリー曲が2位以内に初登場を果たした作品>

 

ローリン・ヒル「Doo Wop (That Thing)」 1998年11月14日付 1位

・ファンテイジア「I Believe」 2004年7月10日付 1位

・バウアー「Harlem Shake」 2013年3月2日付 1位

・ゼイン「Pillowtalk」 2016年2月20日付 1位

・オリヴァー・アンソニー・ミュージック「Rich Men North Of Richmond」 2023年8月26日付 1位

・トミー・リッチマン「Million Dollar Baby」 2024年5月11日付 2位

6曲のうち「Doo Wop (That Thing)」のローリン・ヒルフージーズとして3曲、「Pillowtalk」のゼイン(ことゼイン・マリク)はワン・ダイレクションとして(脱退前に)29曲をソングチャートに送り込んでおり、ソロ曲への期待値の高さも首位初登場に反映されたと考えます。

その2曲を除き、当時の音楽業界やエンタテインメント業界、そして社会の熱狂を、以下の4曲から感じ取ることができるかもしれません。

 

ファンテイジアはオーディション番組『アメリカン・アイドル』サードシーズンの優勝者。この番組ではファーストシーズン以降キャリー・アンダーウッド、ルーベン・スタッダード、(ファンテイジアに次いで)ケリー・クラークソンが勝利を収めました。たとえばルーベンの実力は、音楽評論家の林剛さんがポストしているように彼がジャム&ルイス公演のボーカルに招かれたことからも明らかです。

優勝者の顔ぶれや現在まで続く人気等を踏まえるに、オーディション番組が世界的に人気を博した時期であることがよく解ります。ファンテイジア「I Believe」の首位初登場は、その番組最盛期の賜物といえるでしょう。

(なお『アメリカン・アイドル』ファーストシーズンで2位となったクレイ・エイケンは「This Is Night」で首位初登場に至りますが、以前にファイナリストたちとのコラボ曲「God Bless the U.S.A.」にてランクイン済、またキャリー・アンダーウッド「Inside Your Heaven」も同様に、ファイナリストによるグループ曲「When You Tell Me That You Loved Me」で初めてチャートインした後、単独で首位初登場を果たしています。)

 

バウアー「Harlem Shake」は、米ビルボードソングチャートが時代に即してチャートポリシー(集計方法)を変更した、そのひとつの象徴といえます。デジタル化を受けて米ビルボードは2005年2月にダウンロードを、2007年8月以降にストリーミングを加算対象としていき、そして2013年2月にYouTubeが加算対象となったことで、楽曲を用いたバズが多く発生していた「Harlem Shake」が初登場で首位に躍り出た形です。

「Harlem Shake」の首位初登場は、当時YouTubeUGC("踊ってみた"や"歌ってみた"に代表されるユーザー生成コンテンツ)を加算対象としていたことも大きく影響していますが、2020年代に入りUGCは最終的に対象から外れています。なお「Harlem Shake」の代表的なUGCである上記動画でピンクタイツを着ているのは、当時過激なYouTuberとして活躍、後に歌手として「Glimpse Of Us」(2022)が大ヒットを記録するジョージです。

 

そしてオリヴァー・アンソニー・ミュージック「Rich Men North Of Richmond」においては、曲に込められた怒りが首位初登場につながっています。

労働者の怒りを謳った「Rich Men North Of Richmond」は右派からの賞賛および左派からの反対という両方のリアクションがみられます。歌詞には、"your dollar taxed to no end ’cause of rich men north of Richmond (リッチモンドの北の金持ちのせいで、あなたの収入には際限なく課税される)"、"the obese milkin’ welfare (肥満の牛乳生活保護) "などのフレーズが登場。オリヴァー・アンソニー・ミュージックは政治に関しては右でも左でもないスタンスを表明しており、8月17日にはFacebookにて"みんなが互いに喧嘩している今の世の中を見るのは悲しい"と投稿しています。

(※ 上記リンク先にて『ソングチャート初の100位以内エントリーにして首位に初登場を果たした歌手はクレイ・エイケン、ファンテイジア、キャリー・アンダーウッド、バウアー、ゼインに続きオリヴァー・アンソニー・ミュージックが6組目』と記していますが、これは当時の記事をそのまま訳したものです。米ビルボードは用いるデータが一貫していないことが、残念ながら少なくない状況です。)

実際、こちらも強固な右派からの支持を受けたジェイソン・アルディーン「Try That In A Small Town」が首位を獲得して間もなくのタイミングだったこともあり、政治への過熱がオリヴァー・アンソニー・ミュージックのソングチャート初登場にしてキャリア初制覇につながったといえますが、2曲のカントリー曲が(ジャンルとして強くない傾向にあった)ストリーミングでも強さを発揮しているのは特筆すべきことです。

この背景には、オリヴァー・アンソニー・ミュージックが「Rich Men North Of Richmond」リリースの段階でTikTokでのフォロワーが既に150万に達していたことも影響していると考えます。TikTokは動画、そしてサブスクに影響力が移行することを踏まえれば、カントリー曲ながらストリーミング指標(米ビルボードでは動画再生分も含む)が強いことも納得できるはずです。

 

 

そして、最新の米ビルボードソングチャートで2位に初登場を果たしたトミー・リッチマン「Million Dollar Baby」もTikTokで人気となり、米ビルボードが同曲について採り上げた記事では、(その記事掲載段階までに)TikTokにて15万もの動画に同曲が使用されていると紹介されています。

TikTokの人気もあってか、「Million Dollar Baby」はストリーミング指標を制しています。今回の米ビルボード記事にもあるようにソングチャート初のエントリー曲で且つストリーミング指標も制した歌手には「Unholy」(2022)にてサム・スミスとコラボしたキム・ペトラスも挙げられますが、「Unholy」ではTikTokをティザー(ティーザー)的に用いたこともストリーミング指標制覇につながったと考えられます。

 

 

TikTokとの新たな契約にてユニバーサルミュージックグループ所属歌手の音源が同プラットフォームに戻ってきたニュースが今月報じられましたが、TikTokにおいてはHYBE所属歌手やテイラー・スウィフトが、ユニバーサルミュージックグループ全体では音源を引き上げている時期にあって解禁に至ったという経緯があります。歌手側がTikTokの影響力の大きさを理解していたと考えるのは自然なことでしょう。

今回のトミー・リッチマン「Million Dollar Baby」の2位初登場という記録から、TikTokの影響力はやはり大きいことが示されたように思います。またオリヴァー・アンソニー・ミュージック「Rich Men North Of Richmond」のヒットのように、今後は政治の支持/不支持がTikTokを過熱させることも考えられます。キャリア初エントリー曲の上位進出は、その時代において高い影響力を持つものは何かを映しているといえるのです。