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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米グラミー賞ノミネート発表、ならびにBTS「Butter」主要部門”不在”への私見

来年1月に開催される第64回グラミー賞のノミネーションが、現地時間の11月23日(日本時間の11月24日)に発表されました。

主要4部門は以下の通り。

 

●最優秀レコード賞 (Record Of The Year)

ABBA(アバ)「I Still Have Faith In You」

・ジョン・バティステ「Freedom」

トニー・ベネットレディー・ガガ「I Get A Kick Out Of You」

ジャスティン・ビーバー feat. ダニエル・シーザー & ギヴィオン「Peaches」

・ブランディ・カーライル「Right On Time」

・ドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」

・ビリー・アイリッシュ「Happier Than Ever」

・リル・ナズ・X「Montero (Call Me By Your Name)」

・オリヴィア・ロドリゴ「Drivers License」

・シルク・ソニック「Leave The Door Open」

 

● 最優秀アルバム賞 (Album Of The Year)

・ジョン・バティステ『We Are』

トニー・ベネットレディー・ガガ『Love For Sale』

ジャスティン・ビーバー『Justice (Triple Chucks Deluxe)』

・ドージャ・キャット『Planet Her (Deluxe)』

・ビリー・アイリッシュ『Happier Than Ever』

・H.E.R.『Back Of My Mind』

・リル・ナズ・X『Montero』

・オリヴィア・ロドリゴ『Sour』

テイラー・スウィフト『Evermore』

カニエ・ウェスト『Donda』

 

● 最優秀楽曲賞 (Song Of The Year)

  (※歌手名を記載。実際はソングライターに授与されます。)

エド・シーラン「Bad Habits」

アリシア・キーズ & ブランディ・カーライル「A Beautiful Noise」

・オリヴィア・ロドリゴ「Drivers License」

・H.E.R.「Fight For You」

・ビリー・アイリッシュ「Happier Than Ever」

・ドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」

・シルク・ソニック「Leave The Door Open」

・リル・ナズ・X「Montero (Call Me By Your Name)」

ジャスティン・ビーバー feat. ダニエル・シーザー & ギヴィオン「Peaches」

・ブランディ・カーライル「Right On Time」

 

● 最優秀新人賞 (Best New Artist)

・アルージュ・アフタブ

・ジミー・アレン

・ベイビー・キーム

・フィニアス

・グラス・アニマルズ

・ジャパニーズ・ブレックファスト

・ザ・キッド・ラロイ

・アーロ・パークス

・オリヴィア・ロドリゴ

スウィーティー

 

昨年もノミネーション発表直後にこのブログで紹介しています。その際完全に無視されてしまったザ・ウィークエンドに関して、グラミー賞への疑問および考え得る選外の理由について記載しました。

ただ、ザ・ウィークエンド選外の理由として挙げた、矢継早なデラックス・エディションの登場についてはそこまで大きな要因ではなかったかもしれません。事実、今年の最優秀アルバム賞ではジャスティン・ビーバーやドージャ・キャットのアルバムがデラックス・エディション名義でノミネートされています。

ザ・ウィークエンドの選外を受けて当人のみならず、ザ・ウィークエンドに同調してグラミー賞のノミネート資格を敢えて得ない歌手が少なくないと伺っています。ともすればノミネートが想起されながら逃した作品の中に、資格を敢えて得なかったものもあることでしょう。

 

グラミー賞には独特のカラーがあります。『グラミー賞はある種、『NHK紅白歌合戦』のようなものかもしれません。すべての人気作品を網羅しているわけではないこと、グラミー賞ならではのノミネート傾向があることがそう考える理由』と昨年ブログエントリーで記載しましたが、たとえばブランディ・カーライルが主要4部門中2部門で、最優秀楽曲賞には共演作も含む2曲が入っていることはその象徴でしょう。

またジョン・バティステのノミネーションにはいい意味で驚かされます。『We Are』は米ビルボードアルバムチャートで最高86位であり、ヒット作品とは必ずしも言い難いゆえ。とはいえこのような作品にも光を当てるというのが、グラミー賞の特性と言えるでしょう。ジョン・バティステは最多11部門にノミネートされています。

今回、ドージャ・キャットやジャスティン・ビーバーと並び8部門にノミネートされたH.E.R.は、今年「I Can't Breathe」で最優秀楽曲賞を獲得。そしてその2年前は最優秀新人賞にノミネートされています。

H.E.R.は今年も主要2部門でノミネート。最優秀楽曲賞候補となった映画『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償 (原題:Judas and the Black Messiah)』の主題歌、「Fight For You」はすでに、今年のアカデミー賞歌曲賞を受賞済。この曲を共同で手掛けたDマイルは、シルク・ソニックを含め主要2部門に関与しているのが非常に興味深いところです。H.E.R.およびDマイルについてはこちらでも紹介しています。

 

 

さて、ともすればBTSが主要部門(最優秀新人賞を除く3部門)に選ばれなかったことについて、ネガティブな反応が生まれる可能性があります。

日本のメディア(もっと言えば広く日本人)が分かりやすさを突き詰めるあまりに、間違いではないとしても誤解を招きかねない表現が(今回採り上げた記事に限らず)散見されます。上記記事も、あたかも主要部門に選ばれた可能性を抱かせかねず、好いとは言えないと思う自分がいます。

BTSが今回のノミネーション発表にプレゼンターとして参加したこと、また日曜に開催されたアメリカン・ミュージック・アワードでアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞したことも、ともすれば主要部門に選ばれなかったことへの反発を尚の事招きかねないのではと危惧します。

しかしながら、アワード参加のためにアメリカに渡っていたならばその2日後の参加はスケジュール的に可能であり、また「Dynamite」でのノミネート実績があるならばグラミー賞が声をかけたことも自然でしょう。そしてアメリカン・ミュージック・アワードが一般投票可能である以上、同賞はコアなファンが多くファンの熱量が大きい歌手が受賞しやすい環境にあります。一方グラミー賞は会員投票に基づくものです。

一方、先程のビルボードジャパンの記事には『米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で今年最長となる10週にわたり首位を記録した「Butter」』とあり、その点において主要部門の選外を意外等と思う方は少なくないでしょう。さらには米ビルボードが今回のノミネーションにおいて真っ先に採り上げ、冷酷な扱いだと非難しています。

しかしながら、その米ビルボードが毎週発表するソングスチャートの構成指標からみえてくるものがあります。BTS接触指標が大きくなく、広くアメリカ全体からの支持を集めるにはまだ時間がかかるのではというのが私見です。

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2021年度以降における米ビルボードソングスチャートの首位獲得曲と各指標の動向、ならびに各指標の首位の数値を上記表にまとめています(2022年度初週が現段階でアナウンスされていないため、2021年度以降として表示)。目立つのは、BTS関連曲の接触指標の強くなさなのです。この点は以前から指摘してきました。

今年度はBTS「Butter」が最長となる10週首位を獲得していますが、所有指標のダウンロードが圧倒的に強い一方でストリーミングやラジオが強くありません。特にストリーミングはこの数年の首位獲得曲の中で、極めて弱いと形容して差し支えないでしょう。

2021年度以降にBTSが米ビルボードソングスチャートを制したのは13週。ですが、「Butter」の最初の2週および「Permission To Dance」の3週を除けば首位獲得時におけるストリーミング指標はトップ10に至っていません。首位獲得曲がストリーミング指標でトップ10入りを逃すのは、2021年度以降の米ビルボードソングスチャートにおいてはBTSのみであり、彼らの所有指標の高さが総合首位を支えていると言えます。

所有指標は本来急速にダウンする傾向がある中でBTS「Butter」は米で首位を獲得した週すべてで6桁の売上を記録していること、リミックスがメーガン・ザ・スタリオン参加版登場まで外部を招聘していないこと、そのメーガンによるリミックスが登場してもBTS単独版が勝ること…いくらコアなファンが多くダウンロード指標が突出するとして、そのような状況を自然なことと考えるのは難しいかもしれません。

BTSは「Butter」での所有指標の強さが際立ちますが、ならば後発の「Permission To Dance」も、リミックス数は少ないとしても同様の数字を獲得しておかしくなかったはず。「Permission To Dance」が2ヶ月を経たずに総合ソングスチャート100位以内から姿を消し、また「Butter」も10月16日付を最後に姿を消しますが、わずか20週の在籍というのは首位獲得10週とのバランスが取れていないのではと感じています。

 

無論グラミー賞が米ビルボード各種チャートを絶対視するわけではありません。昨年度におけるザ・ウィークエンドのゼロノミネートを踏まえれば尚の事です。しかしチャートの指標構成をみればどの部分が長けているかの一方で、どの部分が強くないかが解ります。そしてこれは、「Dynamite」が今年グラミー賞を逃した際にみられた一部の反発に対しても、このブログで説明していることです。

ダウンロードの強さゆえにBTSが今後リリースする作品で首位を連発するだろうと個人的には捉えていますが、接触指標の改善が行われない限りロングヒットや年間チャート上位進出に至るのは難しいでしょう。そしてダウンロードに頼ったチャートアクションは、最終的にはコアなファンの財政面における負担が高まるばかりではないでしょうか。

この点をクリアしてはじめて、BTSは米ビルボードソングスチャートで真の成功を収めたと言えるのだと自分は考えます。そしてチャートでのロングヒット且つ年間チャート上位進出が接触指標の拡充とほぼイコールである以上、チャートヒットにより多くの方の投票を集めることでBTSグラミー賞に輝く日が来るものと考えます。

この指摘は絶対ではないと言われるかもしれませんが、しかしながらBTSのファンのみならず熱量の大きいファンの方々には考えていただきたいと強く願います。そして米ビルボード等のメディアや音楽関係者には冷静な判断を採ることを切に願います。

 

 

第64回グラミー賞は日本時間の2月1日火曜に開催されます。どの作品が受賞するか、ノミネート作品をチェックして心待ちにしたいと思います。