イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

グラミー賞前後のBTS「Dynamite」のチャートアクションも踏まえ、グラミー賞受賞への道のりを考える

日本で大ヒットしているBTS「Dynamite」が遂にフィジカル化されることになりました(オリジナルアルバム『Be』に収録されているものの国内盤は未リリース)。しかしながらベストアルバムにおける「Dynamite」の扱いは”ボーナストラック”というものであり、日本における契約形態を考えてしまう自分がいます。日本でシングルCD化されていたならば、ビルボードジャパンにおけるチャートアクションは大きく変わっていたかもしれません。

そのビルボードジャパンソングスチャート、最新3月29日付では「Dynamite」が前週から3ランクアップし4位に入っています。

f:id:face_urbansoul:20210325203456j:plain

集計期間初日の3月15日に日本で放送された第63回グラミー賞でのパフォーマンスや同賞のニュースの影響が大きく、ダウンロードが前週比110.3%、ストリーミング再生回数が同100.9%、そして動画再生回数が同160.7%を記録(数値は【ビルボード】宇多田ヒカル「One Last Kiss」約10年4か月ぶりに総合首位に | Daily News | Billboard JAPAN(3月24日付)を基に計算)。日本の場合は接触指標が強いことは以前お伝えした通りですが、今回のリアクションは特に動画再生に大きく表れています。

一方のアメリカでは、3月12日からの1週間がストリーミングおよびダウンロード、15日からの1週間がラジオの集計期間となる3月27日付ビルボードソングスチャートにおいて、BTS「Dynamite」は9ランクアップの34位に。実はこの「Dynamite」、1ヶ月前にはチャートから危うく”消える”ところだったのです。

3月6日付で50位にダウンした「Dynamite」は以降、43→43→34位と上昇に転じ、3月13日および20日付けでは”Biggest Sales Gain”という称号が。3月20日付ではこのようにホームページにて示されています(下記キャプチャはこちらで確認できます)。

f:id:face_urbansoul:20210326052913j:plain

ビルボードソングスチャートには、ビルボードジャパンにはないリカレントルールが設けられています。これはチャートの新陳代謝を図るべく、一定週数以上在籍した曲がある順位を下回った場合に今後チャートに復帰できないというもの。クリスマスソングやそれによって押し出された曲は例外となりますが、リカレントルールにより多くの曲がチャートから外れています。このルールについては以前、エド・シーラン「Shape Of You」の日本での強さを紹介する際に触れています。

20週以上在籍する曲が50位を下回った場合にリカレントルールが適用されるのですが、3月6日付米ビルボードソングスチャートで「Dynamite」は登場27週目にして50位となり、消えるかの瀬戸際だったわけです。しかも翌週43位に上昇したところで、3月20日付ではドレイクおよびシルク・ソニック(ブルーノ・マーズ&アンダーソン・パーク)が4位までに初登場。これらの曲はリリース直後から上位進出が間違いないと言われており実際その通りとなったわけですが、蓋を開けると「Dynamite」は3月20日付でまたもBiggest Sales Gainを獲得し順位をキープ。そしてチャートからの離脱を免れた「Dynamite」はグラミー賞効果で次週9ランクアップを果たすのですが、2週連続でのBiggest Sales Gain獲得はリカレントルールを適用させまいとして購入数が増えたゆえではないでしょうか。

 

この、セールス増加の理由が”リカレントルールを適用させまい”というのは厳密には想像の域を出ません。3月13~20日付米ビルボードソングスチャートの集計期間中にBTSが米で目立つ動きを示した可能性もあります。しかしながら毎週チャートを追いかけていると、米ビルボードが運営するチャート紹介専用のTwitterアカウント(@billboardcharts)でBTSの話題が出るたび、そのツイートへの反応が他と一線を画すほどにかなり多いのです。ここから、ファンがチャートに一段とこだわりを持っているのではないかということが推測できるというのが私見。実際、米ビルボードによるSNSでのリアクションの多さを示すSocial 50チャートがK-Popアクトで占められ、とりわけBTSが首位の座を独占し続けることをおそらくは要因として同チャートが一時停止を発表した際に一部ファンから反発が起きたことは、ファンのチャートへのこだわりを表すに十分なリアクションだと感じています。

 

 

さて、BTS「Dynamite」がグラミー賞で唯一ノミネートされていた最優秀ポップ・パフォーマンス(デュオ/グループ)部門を逃したことで、一部ですがファンやメディア、音楽関係者からグラミー賞への批判が寄せられました。それらは批判というより、BTSへの思い入れの強さが言葉をキツくさせ、非難と呼ばれてもおかしくないものになっていると捉えています。たしかに彼らのパフォーマンスが素晴らしいことに疑いの余地はありません。しかし受賞を逃したことに対する非難の数々には、チャート面から疑問を呈する自分がいます。

疑問の提示はグラミー賞終了直後にnoteにも書きましたが、米ビルボードソングスチャートを制した「Dynamite」の年間チャートにおける指標構成をみると、ダウンロードは首位を獲得したもののストリーミングおよびラジオは75位以内に入っていません(ただしラジオでは2020年12月12日付でK-Popアクト初のトップ10入りを成し遂げています)。ダウンロードはリミックスが複数種登場するたびに大きく上昇しており、コアなファンを中心とした所有指標の上昇と捉えています。たとえば通算3週目の首位を獲得した2020年10月3日付は下記リンク先に。

これら動きを踏まえるに、3月13~20日付米ビルボードソングスチャートにおいて「Dynamite」がBiggest Sales Gainを獲得しリカレントルールを免れることができたのは、チャート転落防止策としてコアなファン主体に購入活動を実施したゆえではと想像するのは自然なことと考えます。尤もダウンロードは米ビルボードソングスチャートの構成3指標で一番ウェイトが大きくなく、他指標を伸ばせなかったためにBiggest Sales Gainの称号を得ながら総合順位が大きくは変わらなかったとも捉えることができるでしょう。一方でアルバム『Be』のリード曲「Life Goes On」の首位獲得直後の失速は、単に英語詞ではないからという理由にとどまらず(ラジオでかかりにくかったのはそれが原因と考えるものの)、接触指標のストリーミングやラジオが登場2週目におけるダウンロードの低下を支えきれなかったことが原因と考えます。「Life Goes On」の2週目の動向は下記に。

 

勿論、BTSが米でのテレビ番組や音楽賞に相次いで出演したこと、チャートで目立った活躍をしたこと(指標構成を細かく見ず総合チャートのみで判断すれば、文句なしの大ヒットと捉えることが可能です)により、BTSアメリカにおける認知度は間違いなく上昇したはずです。またグラミー賞が必ずしもチャート最上位に与えられるものではないことは、ザ・ウィークエンドのゼロノミネートから言えることです(この件についてはグラミー賞に改善を求める一方で、ザ・ウィークエンドの非難の数々…いわば”幼さ”を悲しく思う自分がいます。この幼さは数々の言動や行動、また「Save Your Tears」ミュージックビデオにおける揶揄から感じたことです)。しかし、BTS「Dynamite」の2020年度米ビルボード年間ソングスチャートの3指標構成をみると圧倒的な“所有>接触”であり、他のノミネート作品と著しくバランスを欠いていたことが、受賞を逃した理由と考えています。

BTSグラミー賞を獲るために求められるのは接触指標の拡充であり、熱狂的な支持者と彼ら以外との乖離をどれだけ縮めるか、いわばライト層を増やすかが重要になると考えます。

 

BTSのファンによるチャートへのこだわりについては先に記しましたが、チャートで好調なリアクションを示したと紹介されるツイートが圧倒的に伸びる一方、それ以外のツイートとリアクション数が大きく異なるのが気になっています。最新3月27日付における米ビルボードソングスチャート構成3指標トップ5へのリアクションをみれば一目瞭然です。

ビルボードソングスチャートのトップ10速報記事では、ひとつの指標でトップを獲得しても総合で10位以内に入らなければその数値は紹介されることがほぼありません。特にダウンロードは最もウェイトが小さく、また総合順位とも乖離しやすい指標なのです。この1ヶ月においてBTS「Dynamite」が順位を維持するのにBiggest Sales Gainは大きな役割を果たしましたが、本来やらなければならないのはストリーミングおよびラジオという接触2指標の拡充であり、良いところだけを称えるのではなく強くない点に目を向け共有し、ライト層獲得へ向けての改善策を考えるファンが少しでも増えるならば、この状況は変わるかもしれません。

 

 

今回BTS「Dynamite」がグラミー賞を逃した件について、比較的冷静に分析しているのが他ならぬ韓国の新聞社であることに良い意味で驚きました。同内容がYahoo!ニュースにも掲載されているのですが、チャートの仕組み等を知らない方の非礼な発言が何の精査もなく掲載され且つ連発していることに、日本の品位およびYahoo!JAPANがコメント欄を用意すること自体に不信感を抱く自分がいます。

それでも、『ビルボードはランキング算出時にストリーミングよりダウンロードとフィジカル部門に加重値を置くとされている』という記事の表現は正しくないと断言します。いや、初登場で首位を獲得する場合にはダウンロード(そもそもこの指標自体、フィジカルセールスが含まれます)は大きな要因となりますが、全体のウェイトが高くないこと、所有指標は基本的に1回の購入で終わることを踏まえれば、ダウンロードが突出している曲が登場2週目に首位を維持できないどころか、場合によってはトップ10落ちすることは免れないのです。ダウンロードの強さゆえにBTSが今後リリースする作品で首位を連発するだろうと個人的には捉えていますが、接触指標の改善が行われない限りロングヒットや年間チャート上位進出に至るのは難しいでしょう。そしてダウンロードに頼ったチャートアクションは、最終的にはコアなファンの財政面における負担が高まるばかりではないでしょうか。

この点をクリアしてはじめて、BTSは米ビルボードソングスチャートで真の成功を収めたと言えるのだと自分は考えます。そしてチャートでのロングヒット且つ年間チャート上位進出が接触指標の拡充とほぼイコールである以上、チャートヒットにより多くの方の投票を集めることでBTSグラミー賞に輝く日が来るものと考えます。

 

ビルボードソングスチャートの中身については、今月ブログエントリーをアップしています。そちらが一助になるならば幸いです。