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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

テイラー・スウィフトほどチャートにこだわる歌手はいない...ニューアルバムの施策からみえることとは

テイラー・スウィフトが4月19日にリリースしたニューアルバム『The Tortured Poets Department』は5月4日付米ビルボードアルバムチャート(日本時間4月29日早朝に発表予定)で首位獲得が見込まれるのみならず、強大なユニット数を記録するものと思われます。

数多ある報道の中からビルボードジャパンの記事を紹介しましたが、こちらによると『The Tortured Poets Department』は【発売から3日間でアルバムセールスだけで150万ユニット(そのうち初日で140万ユニット)に到達】【レコードセールスは70万枚を記録】【他指標も含めると3日間で190万ユニットを獲得】といった数々の記録を既に達成したことが判ります。

テイラー・スウィフトほど売上にこだわり、音楽チャートの最大化にこだわり、そしてそれらに対し貪欲な方はいません。無論いい意味でなのですが、一方では米ビルボード側がチャートポリシー(集計方法)を見直す必要もあると考えます。このことは以前から唱え続けていることであり、今回あらためて記載します。

 

 

テイラー・スウィフトは『The Tortured Poets Department』において、『フィジカルとデジタルで20種類以上の形態が用意され』ており、そのことも『後押ししている』と、先述した記事(ポスト内リンク先参照)で紹介されています。【テイラー・スウィフトほど売上にこだわり、音楽チャートの最大化にこだわり、そしてそれらに対し貪欲な方はいません】と冒頭で記したのは、まさにこのような施策も背景にあるのです。

 

そして、デジタルではこのような施策も採られています。

『TTPD』は当初、2024年4月19日に16曲入りの通常のデジタル・ダウンロード・アルバムと、17曲入りのフィジカル・アルバムとしてリリースされた。アルバム発売の2時間後、テイラーは31曲入りの拡張版を発表し、デジタル・ダウンロードとストリーミング・アルバムとしてリリースした。彼女は、「午前2時のサプライズ: “ザ・トーチャード・ポエッツ・デパートメント”は秘密のダブル・アルバムです。この2年間でたくさんの苦悩の詩を書いたので、それをみんなと共有したかったんです。ということで”TTPD: The Anthology”(ザ・アンソロジー、選集)の2回目分です。15曲追加。そして今、物語はもう私のものではありません……すべてみんなのものです」と綴っていた

(※記事では『The Tortured Poets Department』を『TTPD』と略して記載しています。また同アルバムのダウンロード通常盤は16曲入りとなり、そこに映像版のボーナストラック(的な位置付けとなる作品)が含まれています。

2時間後というのは『The Tortured Poets Department』をまずは1周聴き終ったであろうタイミング。聴取後の満足感等に浸っているコアファンが多いことを踏まえれば、『苦悩の詩』を描いたという拡張版収録曲に多くの方が移行したことは想像に難くありません。

 

 

さて、米ビルボードアルバムチャートはアルバムのセールス(デジタルおよびフィジカル、また歌手側のホームページ購入分も含む)に加えて、単曲ダウンロード購入のアルバム換算分(TEA)、そして動画再生を含むストリーミングのアルバム換算分(SEA)で構成されています。TEAやSEAはビルボードジャパンにはない指標ですが、この構成については最新チャートでも説明されています。

The Billboard 200 chart ranks the most popular albums of the week in the U.S. based on multi-metric consumption as measured in equivalent album units, compiled by Luminate. Units comprise album sales, track equivalent albums (TEA) and streaming equivalent albums (SEA). Each unit equals one album sale, or 10 individual tracks sold from an album, or 3,750 ad-supported or 1,250 paid/subscription on-demand official audio and video streams generated by songs from an album.

(米ビルボードアルバムチャートは、ルミネートが集計したアルバム換算単位で測定されるマルチメトリック消費に基づき、米国でその週に最も人気のあったアルバムをランク付けしたものです。ユニットはアルバム売上、トラック換算アルバム(TEA)、ストリーミング換算アルバム(SEA)で構成されます。各ユニットはアルバム売上1枚分、またはアルバムから販売された個々の楽曲10曲分、アルバムからの楽曲によって生成された広告付きオンデマンド公式オーディオおよびビデオストリーム3,750曲分または有料/サブスクリプション1,250曲分に相当します。)

(※ 翻訳にはDeepLを使用し、表現の一部をあらためています。)

SEAにおいては各ストリーミングサービスの有料会員による1回再生と無料会員によるそれとで、金銭を支払って聴いた前者のウエイトがより大きくなるように区別されています。

 

一方でTEAやSEAは、アルバム収録曲数で区別されてはいません。収録曲数にかかわらず、10曲分購入がTEAの1ユニットに該当します。つまりSEA共々収録曲数が多いほうが有利となり、それも見越して豪華盤等と形容される拡張版がリリースから数日後に登場することが目立つ中、テイラー・スウィフト『The Tortured Poets Department』においてはその2時間後に拡張版が登場したというわけです。

 

また『The Tortured Poets Department』拡張版においては、オリジナルバージョンからの追加分のみを購入することはできません。オリジナル版と拡張版が合算されることとなり、双方の価格はあまり変わらないとしても(ブログ執筆時点となる4月24日5時台でのiTunes Storeでの価格はオリジナル版が13.99ドル、拡張版が14.99ドル)、既にオリジナル版を購入した方が拡張版も買うと元々の16曲が重複する形となります。

拡張版の追加部分(『The Anthology』)を単独で用意したほうが親切と考えるのは自然なことでしょう。それでもテイラー・スウィフト側がオリジナルバージョンリリースの2時間後に拡張版を発表したのは、拡張版をオリジナルバージョンに合算させ、アルバムチャートで(特にSEAにおいて)有利に成ることが背景にあると考えます。

さらにコアファンの”出た作品はすべて買う”という心理を信頼していることも拡張版即時発表の一因と捉えています。『苦悩の詩』を綴っているというテイラー・スウィフトの告白が、その心理をさらに加速させた可能性も考えられます。

 

チャートで有利に成ることを目的としているという自分の考えはテイラー・スウィフト側への疑念等が背景にあると思われかねませんが、たとえばテイラーは1年半前、ドレイクと21サヴェージによるコラボアルバムの収録曲が大挙初登場するタイミングで「Anti-Hero」に数々のリミックス等を用意し首位の座を守ったことがあります(下記リンク先参照)。他にもチャート施策は少なくなく、それらを考慮しての記載です。

 

 

今回の『The Tortured Poets Department』におけるテイラー・スウィフトの施策は、オリジナルアルバムにおいて前作となる『Midnights』(2022)と類似しています。

(※引用部分はキャプチャしたものを貼付しています。)

また、TikTokから音源を引き上げたユニバーサルミュージックグループに所属するテイラーが、今作『The Tortured Poets Department』のリリース直前にTikTokを再開したことも象徴的です。下記記事では『謎の復活』と記されていますが、テイラー側がTikTokを重要なプロモーションツールだと捉えているということは、今回紹介した施策の徹底を踏まえれば明らかでしょう。

無論、『Midnights』リリース後のコンサートツアー、また同作のグラミー賞最優秀アルバム賞受賞が『The Tortured Poets Department』への期待感を高め、初週の圧倒的なユニット数につながったことも考えられます(グラミー賞にて今作のリリースを発表したこともまた『Midnights』と重なります)。テイラー・スウィフトはその上昇した期待値の高まりを如何に保ったまま、施策を投入し続けるかにやはり長けているのです。

 

 

最後に。

ビルボードアルバムチャートにおいては、SEAの人気がロングヒットにつながり、アルバムの人気を可視化するものと捉えています。つまりは聴かれ続けた作品が年間単位で優位となるのですが、初動の巨大ユニット数を踏まえれば2024年度の年間チャートは『The Tortured Poets Department』が制したと断言してもいいかもしれません。ただし、先述したチャートポリシー変更の議論は必要と考えます。

一方で、このブログでは所有指標のみになったビルボードジャパンのアルバムチャートに対し、米ビルボードの方式を検討することを以前から提案しています。ただしその際は米ビルボードの問題点を踏まえ、収録曲数に応じてTEAやSEAの分母を設けることを求めています。

(なお、上記リンク先の掲載段階でビルボードジャパンアルバムチャートにはルックアップ指標が含まれており、この指標が接触の役割を果たしていたといえます。)

日本の音楽業界側からは、海外での活躍を目指す声が目立ち始めています。その際、テイラー・スウィフトの施策を分析し、参考にできる部分は採り入れることも必要だと考えます。『The Tortured Poets Department』における20種以上の形態はさすがに真似できないかもしれませんが、海外の歌手は実はシングルも含め、フィジカルの用意に意欲的です。デジタルとフィジカル、接触と所有の取り合わせが重要だと捉えています。