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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

テイラー・スウィフト「Anti-Hero」ダウンロード急増の背景から考える、米ビルボードチャートポリシー変更提案

最新の11月19日付米ビルボードソングスチャートはテイラー・スウィフトAnti-Hero」が初登場からの連続首位を3週に伸ばしています。

今週はアルバム『Her Loss』が米ビルボードアルバムチャートを制したドレイク & 21サヴェージの収録曲が大挙エントリーを果たすことが予想され、実際8曲がトップ10入り。そのうち「Rich Flex」がソングスチャートを制するという見方もありましたが、蓋を開けると「Anti-Hero」がダウンロード指標30万超えを達成し、大きく引き離しています。ポイントは可視化されませんが、予想者はこう指摘します。

(各指標の数値は異なりますが、トップ10はすべて予想通りとなっています。)

ここからも、ダウンロード指標30万超え、前週比1793%アップという数値が驚異的であることが解るでしょう。その一方で、個人的には引っ掛かりを覚えています。速報紹介ブログエントリーでは私見を載せることを控えているため、今回は私見を述べた上で米ビルボードに対しチャートポリシー(集計方法)変更の議論を求めたいと思います。

 

テイラー・スウィフトAnti-Hero」首位キープに際し、テイラー・スウィフトは7バージョンの投入という施策を実施しています。米ビルボードの記事はこちら。

Swift scores her record-extending 25th Digital Song Sales No. 1 with “Anti-Hero,” which also takes top Sales Gainer honors on the Hot 100, sparked by seven remixes made available for purchase during the tracking week. Joining the song’s previously available original and instrumental versions, its Bleachers remix (explicit and clean) arrived Nov. 7 (first in Swift’s webstore, followed by its wide release at 12 a.m. ET Nov. 8). Its Roosevelt remix was released Nov. 9 (in Swift’s webstore, followed by its wide release Nov. 10), while its Jayda G remix, Kungs remix (including its extended version) and an acoustic version were all released Nov. 10. All versions of the song were discounted to 69 cents between 2:30 p.m. ET and midnight Nov. 10 in Swift’s webstore, and between 4 p.m. ET and midnight Nov. 10 at all other retailers; all were available for wide release, except for the Kungs extended remix and acoustic version, between 10 p.m. ET and midnight Nov. 10.

 

意訳はこちら。

ダウンロードにおいて、テイラー・スウィフトは自身の持つ最多首位獲得記録を25曲に伸ばしました。トップセールスゲイナーを獲得した同曲の急伸の理由は、集計期間(11月4~10日)において7種のリミックスを用意したため。これまでのオリジナルバージョンおよびインストゥルメンタル版に加えて、ブリーチャーズ参加版(エクスプリシットバージョンおよびクリーンバージョン)をテイラーのホームページ先行で7日にリリース(翌日デジタルプラットフォームに登場)、ルーズベルトによるリミックスをテイラーのホームページ先行で9日リリース(翌日デジタルプラットフォームに登場)、そしてジェイダ・Gによるリミックスおよびクングスによるリミックス(後者のリミックスのエクステンデッドバージョンを含む)、さらにアコースティックバージョンを10日に、それぞれリリースしています。全てのバージョンは10日の東部標準時で14時半から深夜までテイラーのホームページで、デジタルプラットフォームでは同日16時から深夜にかけて69セント(0.69ドル)で安価販売。なおクングスによるリミックスのエクステンデッドバージョンおよびアコースティックバージョンは10日の東部標準時で22時から深夜にかけてのみ、一般のデジタルプラットフォームで販売されています。

ここから解るのは、テイラー・スウィフトAnti-Hero」における数々のリミックスはテイラー・スウィフトのホームページ先行で登場しているということ。また一部バージョンにおいてはテイラー・スウィフトのホームページでのみ販売され、デジタルプラットフォームでのダウンロードやストリーミングが不可ということです。

上記はリミックス3種が出揃ったタイミングでのテイラー・スウィフトのホームページにおけるダウンロード販売画面。後から登場したジェイダ・Gおよびクングスによるリミックスにおいては画面上部にあるように”Exclusively Available On The Store (ホームページ限定販売)”とアナウンスされ、カウントダウンタイマーが表示されています。

 

これらから想像できることとは何でしょう。まずはこれまでオリジナルバージョンとインストゥルメンタル版のみ存在していた「Anti-Hero」が、最新11月19日付米ビルボードソングスチャートの集計期間に7バージョンも投入した事実を踏まえるに、ドレイク & 21サヴェージ『Her Loss』収録曲から首位の座を守るための施策であるということ。そして、テイラー・スウィフトのホームページで先行や独占販売するということです。

”Exclusively”等と銘打つことでテイラー・スウィフトのホームページ経由で買うことがプレミア感やコアファンの意識を高めることにつながると考えるに、テイラー側のエンゲージメントの活用の巧さを感じます。海外歌手のコアファンはチャート意識も高く(実際にチャートに特化したTwitterアカウントが多いのも特徴)、それが「Anti-Hero」の首位をキープさせようという意識の向上とそこからの行動につながっているでしょう。

 

リミックスの投入は問題ないことです。リミックス文化の醸成やリミキサー、客演参加者の知名度向上につながります。チャート施策だとして、他の歌手も行っています。ただ今回感じたのは、テイラー・スウィフトが自身のホームページで先行もしくは独占販売することで、デジタルプラットフォームで販売し最終的に音楽業界へ利益を還元させるよりも自身のチャートアクションや利益を優先させすぎたのではという違和感です。

テイラー・スウィフトはサブスクサービスでの有料会員による無料時期の再生分に対する利益の正当な支払いを求めてサブスクサービスを批判し、音源を引き上げた経緯があります。その際のテイラーの行動は全歌手への大きな味方になりましたが、今回の行動はiTunes Store等ダウンロードサービスに対してとても好意的とは考えにくいのです。

(デジタルプラットフォームへの利益還元は音楽業界の興隆とは別という見方もあるかもしれませんが、たとえばデジタルプラットフォームのプレイリストやリコメンド(レコメンド)システムによりユーザーが新たに気に入る歌手や作品が見つかる可能性があります。その意味で、デジタルプラットフォームへの利益還元は音楽業界の興隆につながるというのが私見です。)

 

ともすればテイラー・スウィフトは、近年の自身による米ビルボードソングスチャート制覇曲が失速しがちな状況を踏まえ、最新作『Midnights』のリード曲「Anti-Hero」を複数週首位にしたいと強く意識していたのかもしれません。ドレイクと21サヴェージによる『Her Loss』が登場したこともあり、おそらくは事前に用意していたリミックス等をこのタイミングで大挙投入したと考えるのは自然なことでしょう。

その結果としてのダウンロード指標30万超え(アデル「Hello」以来となる登場3週目での高水準)は予想以上だったかもしれませんが、しかし1週目や2週目が2万弱だったことを踏まえれば自然な流れとは言い難いでしょう。ましてデジタルプラットフォームへ還元できにくいやり方が今回は強く引っ掛かるのです。

 

テイラー・スウィフトはチャート施策が非常に長けているということについては以前も紹介し、その際、チャートに仮に違和感を覚えた場合に必要なことは何かについても記しました。

今回のチャート独占、そしてその目的のための行動をどう捉えるかについてですが、昨秋ドレイクがトップ10のうち9曲を占拠した翌日に、ブログエントリーにて私見を記した通りです。チャート独占に疑念を示す方がチャートの仕組みを学ぶこと、メディアがそれをきちんと伝えること、そしてチャートポリシー(集計方法)に問題があればチャート側が改善をすることが重要です。

そこで米ビルボードに対し、3つの改善案を提示します。

 

まずアルバムチャートにおけるフィジカルセールスとアルバムとしてのダウンロードセールスにウエイト差をつけることが必要と考えます。これは収録内容が同じながら4種のジャケットを用意したテイラー・スウィフト『Midnights』に限らず、パッケージや封入特典で何種類ものバージョンを用意するK-Popアクトや、パッケージを豪華にする歌手が増えたことに対しての提案です。

たとえばK-Pop作品は、ストリーミング指標が導入されロングヒットが要となったアルバムチャートで上位初登場→急落という流れが目立っており、これでは週間アルバムチャートが今の社会的ヒットを反映しているとは言い難いものと考えます。ダウンロードは基本的に1回購入すれば好く、フィジカルセールスよりも客観的な人気が図れるだろうことから、ダウンロードのウエイトを高めることが一つの解決策となるでしょう。

 

次に、今回のテイラー・スウィフトのようにダウンロードを自身のホームページで先行発売し、デジタルプラットフォームで後発という施策を採った場合はその分を米ビルボードアルバムおよびソングスチャートのダウンロード指標に加算しないことを検討する必要があるでしょう。

そしてもうひとつは二番目の発展形となりますが、ダウンロード指標において歌手のホームページ販売分を一切カウントしないことも一度議論することが必要ではないかと感じています。これはかなり厳しい見方ではありますが、先述したようにデジタルプラットフォームの利益にならない等の理由に基づくものです。

 

 

テイラー・スウィフトはこのブログで幾度となく述べているフィジカル施策を最初に実施したと伺ったことがあります。

以前は歌手のホームページでフィジカルが予約販売段階で売上が加算され、また到着までの間に用意されたダウンロードも加算されるという二重取りのこの手法は、パニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリーを招いた「Me!」で用いられ、その後多くの歌手が用いたとされています。しかし急浮上後の急落が目立ち、週間チャートから真の社会的ヒット曲を読みにくくなったことで一昨年に実質無効化されています。

チャート施策はあって然るべきですが、そこにフェアとは言い難いものがあってはいけません。また、これは叶わないだろうことを承知で書きますが、チャートに穴があればそれを指摘したほうが格好いいと思うのです。テイラー・スウィフトの今回の施策からはサブスクサービスを批判した際の格好良さが感じにくいというのが正直な私見であり、米ビルボードにはチャートポリシーの再考を希望しています。