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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米ビルボードトップ20入り、エム・バイホルド「Numb Little Bug」のヒットは共感&ハイブリッド型である

昨日は最新7月30日付米ビルボードソングスチャート速報をお送りしました。今回は同日付で20位にランクインしたエム・バイホルド「Numb Little Bug」を紹介します。

「Numb Little Bug」を現在牽引するのはラジオ指標。米ビルボードソングスチャートはストリーミング(動画再生含む)、ダウンロードおよびラジオの3指標で構成され、デジタル2指標が落ち着いた後もラジオはしばらくヒットの軌道を描くのが特徴です。エム・バイホルド「Numb Little Bug」は3週続けてラジオ指標で5位に入っており(最新7月30日付は下記ツイート参照)、ラジオを介して全米に知れ渡ってきていることが判ります。

エム・バイホルドはこの「Numb Little Bug」を含むメジャー初のEP『Egg In The Backseat』を今月22日にリリース。EPは次回8月6日付米ビルボードアルバムチャートに初登場予定となり、収録曲のソングスチャート上昇も予想されます。「Numb Little Bug」がこれまでの最高位(18位)を更新する可能性も十分なのです。

 

この「Numb Little Bug」で歌われるのは心の不安定。『人生にちょっと疲れることはある?幸せじゃないけど、死にたくなるほどじゃないみたいな』と綴られたこの曲は、『エム・バイホルドが自身の不安を抑えるために服用している抗うつ薬の影響で“体の感覚がなくなってしまう”気持ちを表現した』作品となっています(『』内は下記リンク先参照)。

TikTokでバズを起こし、Spotifyバイラルチャートを制覇。世界におけるSpotifyデイリーチャートではグローバルで最高62位、米で25位を記録したほか、シンガポールでは9位に到達しています。

 

実はエム・バイホルドにとって、TikTokでのバズは「Numb Little Bug」が初めてではありません。まずは昨年6月に「Groundhog Day」がヒットし、「Numb Little Bug」のバズはその2ヶ月後に起こります。

Last spring, feeling disgruntled by the monotony of her daily routine during the pandemic, Los Angeles native Em Beihold wrote “Groundhog Day,” an endearing pop song reminiscent of early Regina Spektor and Sara Bareilles. She subsequently uploaded a video performing the track to TikTok, which led to her first taste of viral success that June.

(ロサンゼルス出身のエム・バイホルドは昨年春、パンデミック時の単調な日常に不満を感じ、初期のレジーナ・スペクターやサラ・バレリスを思わせる愛らしいポップソング「Groundhog Day」を書き上げました。その後、彼女はこの曲を演奏したビデオをTikTokにアップロードし、その年の6月に初めてバイラルでの成功を収めました。)

(※翻訳部分はDeepLを使用。名前のカタカタ表記(翻訳)が異なっていたため、その部分のみ訂正しています。)

@embeihold my parents deserve oscar noms for this performance tbh #originalsong #groundhogday ♬ original sound - Em Beihold

上記で紹介したTikTokの動画は「Groundhog Day」の一部分を両親の前で披露したもので、現段階で76万以上のいいねが付いています。またその模様をミュージックビデオで再現しているのも面白いところ。このバズがレコード会社からディールを獲得するきっかけとなり、エム・バイホルドはリパブリック・レコードから今年1月、「Numb Little Bug」でメジャーデビューを果たしたのです。

@embeihold

numb lil bug

♬ original sound - Em Beihold

「Numb Little Bug」は、その一部分を公開した8月にTikTokでバズが発生。現段階で160万ものいいねが付いています。TikTokはリリース前後の積極的なプロモーションの場としても機能し、リリース月に公開された下記動画では完成までに13ものバージョンを用意したと紹介。説明欄には"GO PRE-SAVE GOGOGOGO"と記されています。

@embeihold GO PRE-SAVE GOGOGOGO #numblittlebug ♬ original sound - Em Beihold

周囲からはリパブリック・レコードとの契約に反対され、インディでの活動を続けることを促された模様ですが、リパブリックと契約したのは昨年設立されたムーン・プロジェクツというジョイントベンチャーであり、TrillerやTikTokでのキャリアを持つメアリー・ラーマニが設立。ムーンに所属したエム・バイホルドにとってはインディ的な立ち位置で引き続きキャリアアップを図ることができたものと考えます。

そしてメジャーの力は、この曲をデジタルのみならず従来からの音楽伝達/プロモーションツールであるラジオ等での推薦(推進)につながりました。リパブリックが特にヨーロッパやオセアニア、東南アジアのDSPパートナーと協力して訴求したことが、ラジオや先述したSpotifyのヒットにつながったものとみられます。そして米でも現在ラジオを中心にヒットしており、メジャーならではの後押しが重要だと解るのです。

 

女性歌手がTikTokを機にブレイクした例として、直近ではゲイル「Abcdefu」が挙げられます。強烈な歌詞による曲は米ビルボードソングスチャートで最高3位を記録しましたが、このヒットの鍵は共感であると以前紹介しました。

日本でも最近になって、心の病気や不安定への理解が拡がっている印象です。心が不安定な時でもやればできるという発想を押し付ける方が年配者や権力者に未だ散見されることは残念ですが、それでも心の病気の周知や理解度の上昇が、「Numb Little Bug」への共感につながっていったのではないでしょうか。

そのような共感ソングがメジャーディールから、最新のツールであるTikTokのみならず旧来からのラジオも用いることでヒットに軌道に乗ったというのは実に興味深い現象です。EP初登場も相俟って次週のチャートでエム・バイホルド「Numb Little Bug」が最高位を更新するかが気になるのと共に、この曲が日本でもヒットすること、日本で心の病気や不安定に対する理解や共感が拡がるならば嬉しいとも感じています。