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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

ジョージ「Glimpse Of Us」世界的ヒットの理由を米ビルボード座談会から考える…J-Popの海外ヒットにもつながるか

日本時間の6月21日火曜に発表された6月25日付米ビルボードソングスチャートにて、10位に初登場を果たしたジョージ(Joji)「Glimpse Of Us」。4曲目の100位以内エントリーにしてトップ10入りはおろか50位以内エントリーも初となった彼の今回のヒットがなぜ生まれたのか…この点についてチャート発表から間もなく、米ビルボードのスタッフによる座談会の模様が公開され、理由が分析されています。

(※注意:ミュージックビデオには過激な表現が含まれます。)

この座談会、日本(ビルボードジャパン)で言うところのポッドキャストにおけるチャートディレクター、礒崎誠二さんとスタッフのやり取りに似ているかもしれません。

この分析も参考にしながら、今回のヒットの理由についてみてみます。

 

 

ジョージは関西出身、オーストラリア系の日本人シンガーソングライターで、88ライジング(88rising)に所属。かつてYouTuberとして過激なネタを投稿した彼は"ジョージ"名義で歌手デビューを果たし、『Ballads 1』(2018)、『Nectar』(2020)と2枚のアルバムをリリース。いずれも米ビルボードアルバムチャートで3位を記録しています。

ジョージは今年コーチェラ・フェスティバルのステージに立ち、来るべき新作に注目が集まっていました。「Glimpse Of Us」はアルバム『Nectar』(2020)以来、待望の新曲となります。

これまでの代表曲のひとつ、「Slow Dancing In The Dark」(2018)は、その美しいメロディや歌声とミュージックビデオの展開とのギャップが印象的でしたが、今作「Glimpse Of Us」でも同じことが言えます。下品だったり過激な動画をアップしてきたコメディアンYouTuberとしての実績が、そのような一筋縄ではいかない、注目を浴びるビデオを発信する姿勢に表れているのかもしれません。

 

さて「Glimpse Of Us」については、リリース直後からTikTokでバズが発生しています。TikTokのヒットはストリーミングに影響を及ぼし、これが米ビルボードソングスチャート、ならびにふたつのグローバルチャートでトップ10入りを果たした要因となりました。最新6月25日付各種チャートは下記ブログエントリーより確認できます。

その一方で、ジョージがTikTokにアップした「Glimpse Of Us」関連動画は下記の告知一本のみ。

@joji

"Glimpse of Us" out now.

♬ Glimpse of Us - Joji

(※注意:ミュージックビデオには過激な表現が含まれます。)

たとえば予告を何度もアップしたり、インフルエンサーが曲を用いた動画にインスパイアされた動画をアップするということは行われていません。ジョージの公式YouTubeチャンネルでも「Glimpse Of Us」関連はミュージックビデオしかなく、ジョージ自身が積極的に訴求してはいないのです。

今年度もTikTok発のヒット曲が多数登場していますが、その多くはリリースから時間が経過した後に見つかったといえるものでした。昨日のブログエントリーで今年度上半期の社会的ヒット曲をまとめていますが(上記リンク先参照)、唯一リリース直後から大ヒットを続けるジャック・ハーロウ「First Class」については、ジャック側が積極的なTikTokでのプロモーションを実施したことの成果とも言えます。

 

ではなぜジョージ「Glimpse Of Us」がリリース直後にTikTokでヒットしたのか…米ビルボードの座談会によれば、曲そのものに理由があると分析されています。まず重要なのは、この曲のテーマについて。下記和訳掲載ページでは「Glimpse Of Us」をこのように紹介しています。

付き合っている彼女がいながら、元カノの事を思い出してしまう感情を綴った曲。

歌詞のテーマにおける複雑な感情を、ジョージは表現力豊かに歌い上げます。さらに、この曲のサビでのメロディの落とし込み方がどことなくJ-Pop(もっと言えば歌謡曲)のそれに似ているように思う自分がいます。このメロディや、メロディを際立たせるコーラスについても、米ビルボード側は注目しています。

Kristin Robinson: I think this song’s chorus is incredibly accessible for so many people. I see users interpreting these lyrics in so many different ways: touching pet videos, ironic and funny boyfriend/girlfriend videos, crying videos, etc. Clearly there’s something about the combination of open ended lyrics and poignant melody that is connecting. Also, it’s not super common for ballads like this to become huge on the platform, leaving an open space for this song to fill.

(Kristin Robinson:この曲のコーラスは、多くの人にとって、とても親しみやすいものだと思います。感動的なペットの動画、皮肉で面白い彼氏・彼女の動画、泣ける動画など、さまざまな方法でこの歌詞を解釈しているユーザーを見かけます。明らかに、オープンエンドな歌詞と心に響くメロディの組み合わせに、何か通じるものがあるのでしょう。また、このようなバラードがプラットフォーム上で大ヒットすることはあまりなく、この曲のためのオープンスペースが残されています。)

Andrew Unterberger: The chorus cuts through, both with melodic directness, and with a lyrical perspective not often (ever?) heard before on a big pop song.

(Andrew Unterberger:コーラスは、メロディーの率直さと、これまでの大きなポップソングではあまり聞かれなかった(これまでになかった?)叙情的な視点の両方で、切り込んでいます。)

(※和訳はDeepL翻訳ツールによるもの。)

ジョージ「Glimpse Of Us」の音楽性は現在TikTokや米ビルボードソングスチャートでヒット中の作品とは異なるタイプと言え、それが多くのリスナーやユーザーにとって新鮮に思えたことでしょう。また曲の様々な解釈が多様な動画のBGMとして用いられた結果が、TikTokでのバイラルヒットにつながったのではないかと思われます。

 

さらにはこの「Glimpse Of Us」の存在を見つけやすくしたのが、過去2作のアルバムの好成績、およびコーチェラ・フェスティバル出演だったのではないでしょうか。またジョージは昨年12月以来となるツイートを今月3つアップし、そのうちのふたつが「Glimpse Of Us」リリース告知およびリリースアナウンス(ミュージックビデオ紹介含む)となっています。これもまた、少なからず波及効果を高めたものと考えます。

 

 

今後の注目点は、ジョージ「Glimpse Of Us」がロングヒットに至るかに移ります。6月25日付米ビルボードソングスチャートで10位に初登場した「Glimpse Of Us」は、ストリーミング指標において6位を獲得。この曲が日増しに人気を高めたことを踏まえれば、日本時間で明日発表される予定の7月2日付についてはストリーミング指標のさらなる上位進出と総合チャートでの安定は確実とみられます。

一方でロングヒットに欠かせないのがラジオ。ジョージはこの指標でヒットした実績はないものの、米ビルボードのスタッフサイドはブルーノ・マーズ「When I Was Your Man」のような軌跡を描くのではというポジティブな見方を示しています。

Christine Werthman: This song is not just for TikTok. It contains complicated feelings in a simple, singable package that will resonate on radio and beyond. Anyone from Keith Urban to Billie Eilish to Usher could cover this song and it would work.

Christine Werthman:この曲はTikTokだけのものではありません。シンプルで歌いやすいパッケージの中に複雑な感情が込められていて、ラジオやそれ以外の場所でも響くでしょう。キース・アーバン、ビリー・アイリッシュ、アッシャーなど、誰でもこの曲をカバーすることができ、うまくいくでしょう。

(※和訳はDeepL翻訳ツールによるもの。最後の語尾を"うまくいくだろう"→"うまくいくでしょう"へ、変更しています。)

先述したジャック・ハーロウ「First Class」やグラス・アニマルズ「Heat Waves」といったTikTokでヒットした曲も最終的にラジオ指標を制しており、TikTokのバズがストリーミング(米ビルボードやグローバルチャートにおいては公式動画の再生回数も含む)からラジオへと波及していく可能性は十分。ジョージ「Glimpse Of Us」についてもTikTokやストリーミングの勢いが続けば、今後より大きなヒットに成る予感がします。

 

そしてもうひとつ、個人的に注目したいのは、ジョージ「Glimpse Of Us」が米ビルボードにとって新たなタイプのTikTokヒットだということ。

リリース直後でプロモーションが行われていない中でのバズとなったことも注目ですが、「Glimpse Of Us」の歌詞の繊細且つ複雑なシチュエーションやメロディの大団円の落とし込み方はJ-Popを彷彿とさせます。そんな「Glimpse Of Us」がヒットしたことを踏まえれば、J-Popそのものが米で受け入れられる余地もあるのではと考えます。日本でのTikTok発のヒット曲は歌詞やメロディの親しみやすさが条件のひとつとなっており、「Glimpse Of Us」の海外ヒットは日本的アプローチの結果に近いと思うのです。

ならば、J-Pop自体も海外で受け入れられる可能性があるのではと考えます(尤も歌詞を英訳して紹介することは必要でしょうが)。たとえば「Glimpse Of Us」を思わせるJ-Popという括りでプレイリストを用意すれば、そしてジョージが選曲したならば尚の事、海外へのJ-Popの認知度は上昇するでしょう。日本のレコード会社が現地の会社側にプレイリストを用意してもらうよう働きかけることもひとつの手段ではないでしょうか。

 

 

ジョージ「Glimpse Of Us」からJ-Popの海外ヒットの可能性を考え、行動することが重要でしょう。また、そもそもジョージのヒット自体が日本でもっと認知されなければなりません。日本のレコード会社やメディアが「Glimpse Of Us」の快挙達成を伝えることで、日本の音楽ファンがK-Pop以外の洋楽に親しみを持ってもらうきっかけを作ることもまた必要です。