イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

(追記あり) グラミー賞主要4部門の結果、そしてBTSが受賞に至らなかった理由について私見を記す

(※追記(2023年4月3日5時31分):はてなブログにてビルボードジャパンのホームページを貼付すると、きちんと表示されない現象が続いています。そのため、表示できなかった記事についてはそのURLを掲載したビルボードジャパンによるツイートを貼付する形に切り替えました。)

 

 

 

新型コロナウイルスの影響で延期となっていたグラミー賞、日本時間の4月4日月曜に開催されました。

<主要4部門 受賞結果>

■年間最優秀レコード

シルク・ソニック/Leave The Door Open

■年間最優秀楽曲

シルク・ソニック/Leave The Door Open

■年間最優秀アルバム

ジョン・バティステ/We Are

■最優秀新人賞

オリヴィア・ロドリゴ

主要4部門、面白い結果になりました。

最優秀アルバム賞(Album Of The Year)以外については、グラミー賞ノミネート作品の対象期間と集計期間は異なるものの昨年度の米ビルボード年間ソングスチャートに近いと言えます。またアルバム部門を制したジョン・バティステ『We Are』は米ビルボード週間アルバムチャートで最高86位と決して好い結果ではないものの、時に保守と揶揄されてもそのような作品にきちんと光を当てるグラミー賞の側面が表れたと言えそうです。

今回のグラミー賞全受賞者および作品リストは下記をご参照ください。なお主要4部門のノミネーションについては後述するブログエントリーにも掲載しています。受賞一覧はせめて候補者や作品も残して紹介してほしかったというのが私見です。

 

さて、BTS「Butter」は主要部門のノミネートを逃し、唯一ノミネートされた最優秀ポップ・パフォーマンス(デュオ/グループ)部門でドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」の後塵を拝する結果となりました。今回のグラミー賞を、世間一般への知名度の高さはあれど主要4部門に絡まないBTSを主軸に取り上げるメディアが多く、チャート分析の立場からその点に対し私見を述べます。

 

先述の通り、今回のグラミー賞の主要4部門のうち最優秀アルバム賞を除く部門については米ビルボード年間ソングスチャートに近い形となりました。米ビルボードソングスチャートは所有指標のダウンロード(歌手のホームページにおける売上を含む)、ストリーミング(動画再生を含む)およびラジオの3指標で構成され、リミックスも合算対象となります。

この米ビルボードソングスチャートでBTS「Butter」は2021年度で最長となる10週首位を成し遂げました。しかしながらこの曲は年間上位作品の中でも3指標のバランスを著しく欠いています。

一方で、BTSの曲は所有指標の偏りが目立ちます。年間ソングスチャートでトップ10入りした曲はいずれも3指標がすべて50位以内に入り、また接触指標群(ストリーミングおよびラジオ)のどちらか、もしくは双方で10位以内を記録しているのですが、BTS「Butter」に関しては所有指標のダウンロードが首位となった一方、接触指標群は50位以内に到達していません。

リンク先に昨年度の米ビルボードソングスチャート、上位作品における指標構成をまとめていますが、BTS「Butter」より上位に入り且つ今回のグラミー賞で主要4部門に絡んだシルク・ソニック「Leave The Door Open」およびオリヴィア・ロドリゴの2曲、そしてドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」と比べると、「Butter」の乖離ははっきりしています。下記にその表を一部抜粋します。

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主な傾向として、主要部門にノミネートされた作品はジャンル別部門も制する傾向があります。ドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」は最優秀レコード賞(Record Of The Year)および最優秀楽曲賞(Song Of The Year)にもノミネートされていたためポップ部門においても、ともすればノミネーションの段階で優勢だったと言えそうです。

(ただしジョン・バティステ『We Are』はR&Bアルバム部門を逃していますが、これは『We Are』がジャンルを横断したといえる作品であること、また同部門を受賞したジャズミン・サリヴァン『Heaux Tales』が好事家等から絶賛された結果と言えます。)

主要部門にノミネートされた作品がジャンル別部門も制覇する傾向に加えて、ドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」が有利だったのはその浸透度の高さにも表れています。2021年度の米ビルボード年間ソングスチャートでダウンロードこそ27位と高くないものの、接触指標群はいずれもトップ10入り。一方でBTS「Butter」は所有指標と接触指標群との乖離があまりにも目立っているのです。

BTS「Butter」における所有指標の偏りについてはノミネート段階で紹介していますが、客演招聘リミックスの売上の高くなさ、続く英語詞曲「Permission To Dance」の所有指標が「Butter」より著しく低いこと、首位10週に対し100位以内在籍20週というアンバランスな状況等からもみえてきます。BTS「Butter」は日本で例えるならば、フィジカルセールス指標のハーフミリオンが10週続いたと形容して差し支えないでしょう。

2020年度におけるザ・ウィークエンドのゼロノミネートを踏まえれば音楽チャートとグラミー賞が比例するわけではなく、チャートヒットがイコール受賞すると捉えることは厳禁ですが、しかし「Butter」が他曲と異なるヒット傾向と解ります。接触度が著しく小さいのです。

一般投票で選ばれコアなファンの熱量が反映されるアメリカン・ミュージック・アワードと異なりグラミー賞は会員投票で決まる以上、彼らにリーチさせる必要があります。レコード会社等の働きかけも必要かもしれませんが、今の音楽チャートが接触指標群のヒットを重視する傾向ならばストリーミングやラジオでヒットを持続させ、会員およびその周囲にヒット曲であるとの認識を抱かせていかないといけなかったはずです。

 

週間ソングスチャートで上位に進出する曲の、そのチャートアクションをみればロングヒットに至るか、広く国全体に浸透しているかが解ります。総合チャートの順位が好いとしても、構成指標の中身を精査して弱点の克服に努めるべきです。そして著しい乖離が続けばチャート運営側がいずれチャートポリシー(集計方法)を変更する可能性があり、弱点を克服できない歌手は不利になることでしょう。

ビルボードでは噂レベルながらこのような動きがみられます。チャート運営側の逡巡については日本においてもみられることで、つい最近もこちらで紹介したばかりです。

BTSは「Dynamite」で米ビルボードソングスチャートを示して以降同チャート首位初登場の常連となりましたがいずれも所有指標の強さに伴うものであり、接触指標群の強くなさゆえに急落するか、もしくは所有指標が引き続き強いことで首位を保っていた状況です。「Butter」リリースまでにその弱点をきちんと理解し克服することができたならば、「Butter」が今も米ビルボードソングスチャートに残っていたかもしれません。

 

 

BTS「Butter」が米ビルボードで10週首位を獲得しながらグラミー賞に至れなかったことで、彼らのファンのみならずメディアからもグラミー賞への失望や非難が散見されます。しかしチャートの中身をより詳しく見れば、ドージャ・キャット feat. シザ「Kiss Me More」が有利だったことがよく解ります。メディアはきちんと客観的視野を持って報じて欲しいですし、BTSへの思い入れがあればその主観は分けて伝えるべきです。

コアファンの方々の視野を踏まえれば彼らの失望や非難は全く理解できないわけではないものの、おおよそ綺麗とはいえないそれらの言葉は歌手側のイメージを悪化させてしまいかねません。ファンも歌手の鑑であることを理解し、そのような言葉を慎み、チャート分析を踏まえ改善に努めたほうがはるかに好い未来につながるはずです。

そしてBTSに限らず、また国に限らず、コアファンの熱量主体で生じるソングスチャートでの上位進出は、しかしライト層の認知浸透につながっていないためにロングヒットとなりにくく、最終的にはチャート運営側のチャートポリシー変更につながることを頭に入れておく必要があります。