イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

世界各国のヒット曲を可視化した"Hits of the World"が登場…しかし日本のチャートの内容に複雑な思いを抱く

ビルボードが今週、新たなチャートをローンチしました。

"Hits of the World"はビルボードジャパンでも和訳され、冒頭ではこう記されています。

2022年2月14日、米ビルボードが音楽業界チャートの決定版であるウィークリー・チャートに“Hits of the World”を新設し、グローバル展開を拡大すると発表した。MRCデータが提供するストリーミング・データとデジタル・セールスに基づき、世界40か国以上のTOP25曲を可視化するもので、現地時間2月15日に解禁される。

“Hits of the World”チャートは、米ビルボードのサイトに掲載され、全ての訪問者が見ることができる。このチャートは金曜日から木曜日のデータが集計され、毎週火曜日の朝(米東部時間)に更新される。

この内容を読む限り、Hits of the Worldで紹介される各国のソングスチャートは、基となるデータ、そして集計期間と更新タイミングを踏まえれば、米ビルボードが2020年秋に新設したグローバルチャートと同種となり、日本においては8指標で構成するビルボードジャパンソングスチャート(Hot 100)と異なるものと捉えていました。記事のリアクションを見る限り、同種の考えを抱いた方は多いと思われます。

グローバルチャートはGlobal 200およびGlobal Excl. U.S.の2種類があり、後者は前者より米の分を除きます。主要デジタルプラットフォームのストリーミングおよびダウンロードで構成され、ストリーミングにはYouTube等の動画再生も含まれる一方、ダウンロードはフィジカルセールスを含まず、また歌手のホームページで販売するデジタルダウンロードも含みません。詳細は下記ブログエントリーにて紹介しています。

ビルボードの社長声明からは、Global 200の成功が今回のHits of the Worldのローンチに至ったものであると推測できます。

 

しかしながら、日本時間の今朝までに発表されたそのHits of the Worldにおいて日本のチャートを見たところ、ビルボードジャパンソングスチャートと変わっていませんでした。下記ツイート内で紹介したのは最新チャートのリンク先となります。

2月12日付として紹介された、Hits of the Worldにおけるビルボードジャパンの最新ソングスチャート(→こちら)は完全に、2月9日公開分(2月14日付)ビルボードジャパンソングスチャートと合致します。

このブログでは先日、2月9日公開分(2月14日付)ビルボードジャパンソングスチャートで53位に入りながらもダウンロード、ストリーミングおよび動画再生といったデジタル指標群がいずれも300位未満となり加点されなかった氷川きよし「群青の弦」について紹介しました(→こちら)。仮にHits of the Worldで紹介される日本のチャートがグローバルチャートに倣いデジタルのみ加算ならば、同曲はランクインしなかったはずです。

 

ビルボードジャパンの和訳記事をよくよく読めば、日本においてはビルボードジャパンのソングスチャートがそのまま採用されると捉えることができるゆえ、グローバルチャート方式となったと考えるこちらの勇み足だったのかもしれません。

アルゼンチン、イタリア、日本、韓国、ベトナムビルボード・ブランドのライセンシー・チャートと、長年のサード・パーティー・パートナーのチャートに加え、今後は欧州、ラテン・アメリカ、アジア太平洋、アフリカを代表する40か国以上の国々のTOP25曲のチャートが、billboard.comの新しい“Hits of the World”チャートに追加される。新しいチャートのランキングは、ストリーミングとセールスを合算させた各地域独自の楽曲消費手段に基づいている。

しかしながら、たとえば先述した氷川きよし「群青の弦」やなにわ男子「初心LOVE」はミュージックビデオでショートバージョンであり(「初心LOVE」は別の動画がフルバージョンでアップされていますが)、また共にサブスク未解禁のままです。日本のソングスチャートが英訳されたとも言えるHits of the Worldを見て日本の曲に興味を抱いた方が、歌手側のデジタルに明るくない姿勢を知ればどう思うでしょう。その意味でも、グローバルチャートに基づくチャートを別途用意することが必要だったと思うのです。

 

 

今回のHits of the Worldのローンチは、ビルボードジャパンをはじめとする音楽チャート、そして日本の音楽業界が変わるきっかけになると考えていました。それがこのブログで幾度となく提唱した、音楽チャートの集計期間開始日の金曜への移行、そして日本の音楽業界の金曜リリースの標準化です。Hits of the Worldの日本版がビルボードジャパンソングスチャートと同一だったことで、そのタイミングを逸したと感じています。

日本の音楽業界はCDリリース日となる水曜を今も最重要リリース曜日と捉えており、音楽チャートにおいては前日のフラゲ購入も踏まえたであろう月曜の集計開始が音楽チャートで一般化しています。しかし海外ではグローバルチャートも、米ビルボードも金曜集計開始が標準化され、リリースも金曜が主体に。チャートが社会的ヒットの鑑として浸透し、そのチャートでの最大化を目指して様々な施策が登場しています。

しかし今やビルボードジャパンは、ソングスチャートの上位をフィジカル未リリース曲が占めています。ロングヒット曲はグローバルチャートでも複数ランクインしてはいますが、日本の場合はデジタルもフィジカルに倣い水曜リリースか、もしくはビルボードジャパンでのチャートアクション最大化を目指し月曜リリースとなることが多いゆえ、グローバルチャートに初登場した際のインパクトが弱く存在感を示しにくい状況です。

また海外歌手のアルバムがフィジカル化される場合は金曜リリースが主体となりましたが、これではアルバムチャートにおいて不利になりかねません。海外では有効なチャート施策を日本で行いにくいと分かれば、リリースのみならずライブの主要市場から日本を外すことも考えられるでしょう。その意味でも、現状における音楽チャートの月曜集計開始、そして水曜を最重要リリース日とする音楽業界の動向は機会損失でしょう。

 

 

いやいや、ドメスティックな拡がりで十分だとする日本の歌手もいらっしゃるかもしれません。しかし、デジタルが主要になった世界の音楽業界においては、フィジカルを制作することなく海外に進出できていると言えるのです。THE FIRST TAKE等は海外からのアクセス数も多く、またシティポップムーブメント等で日本の音楽が注目されていることを踏まえれば、海外を意識することは損ではありません。

そして日本でも音楽チャートが金曜集計開始、音楽業界が金曜リリースを標準化すれば、日本と海外とでチャート対策を分ける理由がなくなります(無論その地域に応じた施策は必要ではありますが)。海外を強く意識せずとも日本でのヒットが海外にも轟き、且つグローバルチャートにも掲載される可能性があるのです。

 

グローバルチャートの発足から1年半が経過し、海外の音楽ファンの中にはグローバルチャートを経由してHits of the Worldの動向を見ている方が少なくないでしょう。そこで知った日本の音楽が、一部がデジタルに明るくないことで満足に聴取できないならばどう思うでしょう。

ビルボードはHits of the Worldについて、少なくとも日本においてはグローバルチャート同様にストリーミング(動画再生を含む)とダウンロードを基としたソングスチャートを別途用意すべきだったと強く思います。それが海外の音楽ファンにストレスを与えず、且つ日本の音楽チャートや音楽業界の変革を促すことにつながったはずです。

 

 

こう思う理由には、今週登場したこの記事の存在も大きく影響しています。

WED代表取締役の山内奏人さんが述べたフロー型とストック型においては、前者がいわばCDリリースを主体とする旧来から今に至る日本音楽業界の手法、後者がストリーミング、ともすれば廃盤の概念がないダウンロードも含むデジタルを軸とする今の世界のそれと言えるでしょう。

記事にも登場し、主催オーディションからBE:FIRSTを輩出したSKY-HIさんは様々なメディアで音楽業界を変えんとする思いを語っています。BE:FIRSTが米ビルボードによるHot Trending Songsチャート*1に「Gifted.」を長らく送り込む実績を踏まえれば、世界進出の目標も据えたいと考えているのではないでしょうか。日本の音楽チャートや音楽業界の意識が変われば、BE:FIRST に限らず世界に躍り出やすい環境が整うはずです。

*1:Hot Trending Songsチャートについては以前このブログで説明しています。(追記あり) 米ビルボードがTwitterに関連したチャート、Hot Trending Songsを新設…内容およびビルボードへの希望を記す(2021年10月24日付)をご参照ください。