イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米ビルボードソングチャートでほぼみられない"首位獲得翌週の急落"…作品に共通する特徴とは

最新8月12日付米ビルボードソングチャートでは興味深い現象が発生しています。

前週初の首位を獲得したジェイソン・アルディーン「Try That In A Small Town」は21位へ急落。ストリーミングは前週比47%ダウンの1620万、ダウンロードは同85%ダウンの26,000およびラジオは同35%アップの1180万を記録し、ダウンロードは3週連続で首位に立っています。

ビルボードソングチャートにおける首位から20位圏外への急落記録はクリスマス関連曲を除くと、シックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」(2020年7月4日付 1→34位)、トラヴィス・スコット feat. ヤング・サグ & M.I.A.「Franchise」(2020年10月17日付 1→25位)、BTS「Life Goes On」(2020年12月12日付 1→28位)、テイラー・スウィフト「Willow」(2021年1月2日付 1→38位)、JIMIN「Like Crazy」(2023年4月15日付 1→45位)に続く6例目となります。

ビルボードソングチャートは1958年8月にスタートし、今月66年目に突入。その長い歴史において"首位から20位圏外への急落記録"が10曲にも満たないというのは、それだけでも日本の音楽チャートと如何に大きく異なるかが解るはずです。

今回は米ビルボードソングチャートではほぼみられない、首位からの急落が発生した理由について記載します。

 

ビルボードソングチャートは現在、ストリーミング、ラジオおよびダウンロードで構成。接触指標のうちストリーミング(動画再生含む)はユーザーに選曲権があり、ラジオは局や番組側に選曲権が委ねられます。また所有指標のダウンロードはデジタルのほかフィジカルを含みます。そのダウンロードは登場2週目のダウン幅が大きく、ストリーミングは初週から強い、ラジオは緩やかに上昇しピークが最も遅いのが特徴です。

ビルボードソングチャートはその歴史において、音楽の買われ方/聴かれ方の変化に即してチャートポリシー(集計方法)を変更してきました。その買われ方と聴かれ方の乖離が大きいことが、急落記録にも影響していると考えていいでしょう。

2020年度以降の週間首位獲得曲は上記に。では順に、急落記録の理由について見てみます。

 

<米ビルボードソングチャート 首位獲得の翌週に20位未満となった曲>

 

① シックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」(2020年7月4日付 1→34位)

(通常はYouTubeのリンクを貼付すると動画貼付に移行するのですが、「Trollz」ではできない仕様になっています。)

シックスナインは自身の「Gooba」がアリアナ・グランデジャスティン・ビーバー「Stuck With U」に首位を阻まれた際にクレームを発していましたが(シックスナインが首位を逃したのはチャートに不正があったから?…彼のクレームへのアリアナ&ジャスティンおよび米ビルボードの反論、そして私見を記す(2020年5月20日付参照)、その際「Stuck With U」が用いていた"フィジカル施策"を「Trollz」にて利用しています。

加えて米ビルボードの集計方法において、いわゆるフィジカル施策が有効に作用したのも大きな要因です。(中略) 自身のホームページにてフィジカルを販売し、発送が数週間後であれど購入段階で売上にカウントするのみならず、購入時に商品到着までの代替手段として購入者が手に入れられるダウンロードもカウント対象とするのがこの施策の特徴。

このフィジカル施策は2020年10月上旬までに無効化されています(フィジカルは購入段階ではなく発送段階で加算される形に変更、また購入時のダウンロードはカウント対象外に)。この施策がダウンロード指標のブーストを招いてきましたが、ラジオが弱いほど登場2週目におけるダウンロードの急落をラジオが補完できず、総合チャートで急落する傾向が高まります。その最たる例が「Trollz」といえるのです。翌週の動向は下記に。

 

② トラヴィス・スコット feat. ヤング・サグ & M.I.A.「Franchise」(2020年10月17日付 1→25位)

先述したフィジカル施策が米ビルボードで無効化される前、それを用いて最後に初登場で首位に至ったと考えられるのが「Franchise」でした(無効化のタイミングが明確化されていないため、「Franchise」は施策が活きなかった可能性も)。翌週は急落してしまうのですが(下記エントリー参照)、登場2週目の集計期間中には新たなリミックスが登場(詳細はこちら)。急落の新記録更新を防ぐ目的もあったかもしれません。

 

BTS「Life Goes On」(2020年12月12日付 1→28位)

フィジカル施策が無効化されたとしても、コアファンが多いほど初週のストリーミング、そして何よりダウンロードが強くなるため、首位初登場も有り得る状況。とりわけBTSにおいて、韓国語曲の「Life Goes On」が首位に至れたのは彼らのコアファンの力に因るものが大きいといえるでしょう。首位獲得時の指標構成は下記エントリーをご参照ください。

一方で「Life Goes On」初登場のラジオ指標は、シックスナイン & ニッキー・ミナージュ「Trollz」を彷彿。K-POPにおいては後のFIFTY FIFTY「Cupid」の例からも解るように、英語詞(の用意)は特にラジオを味方につける意味でも重要となります。実際彼らの「Dynamite」は、「Life Goes On」急落週にラジオ10位に到達しています。

 

テイラー・スウィフト「Willow」(2021年1月2日付 1→38位)

当時の急落記録を更新したテイラー・スウィフト「Willow」については、ふたつの要因が考えられます。前週首位だったマライア・キャリー「All I Want For Christmas Is You (邦題:恋人たちのクリスマス)」をダウンロード指標のみが上回り、これが「Willow」の総合首位獲得の要因と考えられるのですが、そのダウンロードにおいて様々な施策が用意されたことが、首位獲得および翌週の急落のひとつの理由といえます。

そして翌週、クリスマスが近づくタイミングでホリデーシーズン曲がさらに上昇。「Willow」はそれら作品に押し出されたことが、急落記録更新のもうひとつの要因と考えられます。

 

⑤ JIMIN「Like Crazy」(2023年4月15日付 1→45位)

BTSのメンバーによるソロ曲で初の首位に到達したJIMIN「Like Crazy」は、ダウンロードが25万を上回り近年の作品の中で特筆すべき数値となった一方、ラジオは64,000となり2020年代の総合首位曲としては最も低くなっています。

ダウンロードはコアファンの熱量(に伴う行動)が最も反映されやすい一方でライト層の支持とは乖離しやすいこともあり、ここ数回の米ビルボードによるチャートポリシー変更はこの指標に関するものが多い状況です。その変更がきちんとアナウンスされないことは問題と考えますが、「Like Crazy」の登場2週目となる4月15日付にて(公式アナウンスのないまま)チャートポリシー変更が行われたことで、急落記録更新に至った形です。

 

⑥ ジェイソン・アルディーン「Try That In A Small Town」(2023年8月12日付 1→21位)

(過激な映像が含まれますので、視聴時は注意が必要です。)

これまでの曲では唯一、初登場時に首位を獲得しなかった作品。ですが2位初登場時の段階でリリースから2ヶ月が経過していました。これは上記ミュージックビデオが物議を醸しカントリー音楽を扱うテレビ局がヘビーローテーションを中止したことを受けて、(ジェイソンのコアファンというよりも)いわば保守派が支持を表明したことに因るもの。その熱量が1週間フルで加算されたことを受けて首位に到達した形です。

しかし、最新8月12日付ではストリーミングが前週からおよそ半減、ダウンロードに至っては前週比85%もの急落となってしまいました。曲への支持というよりも、保守派の加熱が反映された形での支持が、一方ではその熱量の持続につながらなかったものと考えます。ただしこのような形で上昇する曲(ミュージックビデオが物議を醸さずとも、保守派の団結力が反映される作品)は今後増えるかもしれません。

 

 

今回紹介した作品はいずれも、首位獲得週(その大半は初登場週)におけるダウンロードの高さ、およびラジオの高くなさが共通しています。ラジオ指標自体ロケットスタートに成りにくい特徴がありますが、登場2週目に急落するダウンロードをそのラジオでどこまで補うかが問われます。そして中長期(年間、および"Greatest Of All Time"というオールタイムチャート)で上位に至らなければ、社会的ヒットとは呼び難いと考えます。

 

 

最後に。4期連続でクリスマス時期に首位を獲得したマライア・キャリー「All I Want For Christmas Is You」については、首位の翌週に100位圏外となっていても米ビルボードは急落記録に含めていません。

ビルボードには新陳代謝を目的としたリカレントルール(一定週数以上ランクインした曲が規定の順位を下回ればソングチャートから外れるというもの)がありますが、クリスマス関連曲の(再)登場後にこのルールが適用された曲は、クリスマス曲が一掃された後に戻ってきます。この戻ってくるルールがある以上、「恋人たちのクリスマス」を急落記録にカウントしないのは自然なことなのかもしれません。