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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米ビルボードがヒップホップ作品の総合チャート首位未達を指摘…一覧表を掲載しチャート動向を捉える

今月中旬、米ビルボードがこのようなコラムを掲載しました。タイトルを訳すと、【2023年、ヒップホップのアルバムやシングルが1位をまだ獲得できていない5つの理由】となります。なお、このコラムにおける”2023年”は2023年度ではなくチャート上の日付を指します。

まずはこのコラムについて、重要な部分に絞って意訳します。

 

2022年は6月初旬までにガンナ、リル・ダーク、タイラー・ザ・クリエイター、プッシャ・T(プシャ・Tと表記するメディアも有り)、フューチャーおよびケンドリック・ラマーがアルバムチャートを、ジャック・ハーロウ「First Class」およびフューチャー feat. ドレイク & テムズ「Wait For U」がソングチャートを制しています(なおテムズはナイジェリアの歌手)。

一方で2023年においてはコラム登場後、最新7月1日付までにおいてもアルバムチャート、ソングチャート共にヒップホップ曲の首位獲得はみられません。後者においてはトップ10入りしたヒップホップ作品が6曲にとどまる状況です。

 

ビルボードはこの、ヒップホップのアルバムやシングルが1位をまだ獲得できていない理由について5点を紹介しています。

はじめに挙げたのは”星降らない夜 (A Not-So-Starry Night)”。スターが勢ぞろいする夜(Starry Night)の逆の状況であり、昨年度にアルバムチャートを制したクラスのラッパーが今年まだリリースしていないことを挙げています。若手や中堅のリリースは少なくないものの、ジャンル的にもクロスオーバーを果たせるようなスターほどの引力は持ち合わせていないとしています。

(ちなみにその若手等で挙げられたヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインは5年で15枚のアルバム(ミックステープ含む)がトップ10入りしていますが、このランクインの理由のひとつにSNSの普及を挙げ、歌手とファンの関係性が密接になったことで熱心なファンベースを確立したことが要因としています。ただこの関係性は驚くほどの気まぐれさと紙一重であることについて、ロディ・リッチを例に挙げ説明してもいます。)

 

理由の2つ目は”頂上からの眺め (Views From The Top)”。ヒップホップは米において依然最大のジャンルとして君臨し、R&Bと合わせるとユニット数は前年より6.3%増加していますが、市場シェアは27.8→26%に減少。カントリー(7.72→8.26%)やラテンミュージック(6.17→6.68%)のシェア上昇に伴い、ヒップホップの優位性が揺らいできたと考えられます。

これはストリーミング時代にあって音楽の聴き手が以前より多くの選択肢やアクセス(権)を手に入れたことにより、それまであまり関心を持たなかったジャンル(先述したジャンルに加えてアフロビートやメキシコ音楽、K-POP等)を自然と探求するようになったことが要因です。

 

理由の3つ目は”Old Oops & New Oops”。Oppsとは自身の失敗や間違いを指しますが、ここではヒップホップの(主に新たな)才能が消えている、もしくは消されたことを意味します。商業的な大ヒットに至る前に銃や薬物中毒、投獄や警察の過剰な監視の犠牲等によりその芽を摘まれているのです。

たとえばこの数年においてはXXXテンタシオンやジュース・ワールド、ポップ・スモーク、二プシー・ハッスルやテイクオフ等が亡くなり、ミーガン・ザ・スタリオンは銃の被害により一時的にレコーディングから離れています。

さらに「Calling My Name」がヒットしたリル・ティージェイは昨夏銃の被害に。彼の出身地であるニューヨークのブロンクスには米で最も屈強なヒップホップ(に対する)警察部隊が2019年に立ち上がっており、その影響ゆえか有望な若手ドリルラッパー(ドリルはヒップホップのサブジャンル)が投獄されています。ヒップホップのリリックを法執行機関が犯罪化することに執着しているとも言われています。

 

理由の4つ目は”Chart Stagnation (チャートの停滞)”。この点は後述しますが、ソングチャートにおいては今年に入りトゥーシー「Favorite Song」、ドレイク「Search & Rescue」、リル・ダーク feat. J.コール「All My Life」、アイス・スパイス & ニッキー・ミナージュ「Princess Diana」等がトップ5入りを果たしています。ただ「Favorite Song」および「All My Life」は上位初登場後、急落傾向にあります。

 

最後の理由は、”A Gradual Return To The Club Scene (クラブシーンへの緩やかな回帰)”。2020年以降、トップ40ヒットはニューディスコやシンセポップ等”脈打つサブジャンル”への愛着を復活させています。デュア・リパ『Future Nostalgia』やビヨンセ『Renaissance』、ドレイク『Honestly, Nevermind』はその最たる例です。

そして今年、ソングチャートでトップ10ヒットを果たしたリル・ウージー・ヴァート「Just Wanna Rock」およびコイ・リレイ「Players」というふたつのラップナンバーはダンスミュージックと形容可能。ピンクパンサレス & アイス・スパイス「Boy's A Liar Pt.2」共々ジャージークラブを採り入れ、また後者はグランドマスター・フラッシュ & ザ・フューリアス・ファイブ「The Message」という大ネタ使いとなっています。

ビルボードはヒップホップが世界中で人気が高まるダンス中心のジャンルに革新をもたらし続けることができるならば、それがチャート上位を維持する鍵になるかもしれないと記しています。

 

 

ここまで米ビルボードのコラムについて紹介しましたが、チャートは実際どうなのでしょう。今回、2022年度以降におけるソングチャート首位曲の動向、およびアルバムチャートにおいては首位および2位作品の動向について表にまとめ、掲載します。なお表は年度単位で作成しています。

(アルバムチャートとソングチャートとで、初登場作品(曲)の表示色が異なります。ご了承ください。)

 

まず前提として、アルバムチャートおよびソングチャートの構成指標を紹介します。

アルバムチャートはセールス(デジタルおよびフィジカル)、単曲ダウンロードのアルバム換算分(TEA)、ストリーミング(動画再生を含む)のアルバム換算分(SEA)の3指標で構成。セールスはソングチャート同様に歌手のホームページにおける売上を含み、TEAおよびSEAは収録曲数に関係なく分母は統一されています。コアファンの熱量が高い歌手の作品が初登場で上位に進出しやすく、収録曲数の多い作品が有利な傾向があります。

ソングチャートはストリーミング(動画再生含む)、ダウンロード(デジタルおよびフィジカル)、ラジオの3指標で構成。複数のバージョンが合算対象となり、たとえば歌手を追加したリミックスバージョンがポイント全体の過半数を占めた場合はチャートの歌手名表記もリミックスバージョンと同様となります。

リリース初週や追加バージョン初加算週は所有指標が牽引する形で作品が急浮上する傾向にある一方で急落もしやすく、ストリーミングは初週に強い一方で減少は緩やかになる傾向がみられます。他方ソングチャートにおけるラジオ指標は、どんなに人気の歌手であっても初週からトップ10入りすることはほぼなく、緩やかに上昇します。

 

この状況下でチャートの動向を述べるならば、ストリーミング(SEA)の強さがロングヒットにつながります。コラムでは”Chart Stagnation (チャートの停滞)”が挙げられていますが、この”停滞”という表現は引っ掛かるというのが私見。むしろ登場2週目以降に急落し再浮上が叶わない作品が社会的ヒットとは言い難いと考えること、週間単位で首位に至れずとも年間チャートで上位進出が可能なことを考えれば瞬発力と持続力の両立が最重要であり、実際その双方を兼ね備えた作品がヒットしていることは表から明らかです。

所有指標を強めることを主目的とした複数バージョンの用意は瞬発力を高めるとして、登場2週目以降の急落も招きかねません。アルバムチャートにおいては特にK-POP作品のフィジカルリリースにその傾向が強くみられ(下記ブログエントリーにてその手法を紹介しています)、一方でK-POPの大半の作品はストリーミング(やソングチャートではラジオ)が強くないため総合チャートでの急落が続いている状況です。

フィジカルセールスはK-POPに限らずロック等のジャンル、またコアファンの熱量が高い歌手が強い傾向ですが、たとえば直近のアルバムチャートにおいては前週2位に初登場を果たしたナイル・ホーラン『The Show』が80位に急落しており、この傾向を端的に示していると言えます。ともすれば、K-POPはまだ下落幅が大きくはないと言えるかもしれません。

そしてソングチャートにおいて顕著なのは、所有指標と総合順位の乖離。トップ10速報記事の傾向でもあるのですが、ダウンロード指標首位曲が総合トップ10入りしない場合はその曲の数値が掲載されません。アルバムチャートにおいては所有指標がソングチャートより大きく影響を及ぼしますが、しかし記事においてデジタルとフィジカルの区分けが曖昧なことが多い状況です。

所有指標が重要ではないということではありません。所有指標の高さはコアファンの熱量も示すものであり、その強さは素晴らしいことです。ゆえに接触指標を如何に伸ばしロングヒットさせるか…ソングチャートにおいてはロングヒットにつなげること、アルバムチャートにおいては登場2週目における獲得ユニット数の下落幅を抑えることが重要です。それに成功しているからこそ作品が最上位に君臨し続ける理由となるのです。

ちなみに米ビルボードはソングチャートにおいて、2022年度以降二度のチャートポリシー(集計方法)変更を実施し、ダウンロード指標の影響力は下がっています。この変更は公表されておらずチャート予想担当者等が指摘していることではありますが、実際チャートポリシー変更に伴う急落や初登場順位の低下が発生している点からも、接触指標重視の姿勢がみえてきます。詳細は上記ブログエントリーをご参照ください。

 

一方、アルバムチャートでは7月15日付以降において、いわゆる”バンドル”の売上が一定の条件下で加算されることになります。これを巧く活用すれば、アルバムチャートにおける初登場時等のユニット数は、コアファンの多いもしくは熱量の高い歌手の作品を中心に伸びていくかもしれません。

またアルバムチャートにおけるSEAやTEAについては、それぞれの収録曲数に応じて分母を変更すべきというのが私見です。そのような形にチャートポリシーが変更されればアルバムチャートはより流動的になるものと考えますが、それでも現状の流れ(それこそ”停滞”と形容される動向)はさほど変わらないかもしれません。

 

ヒップホップにおいてはニッキー・ミナージュ等所有指標に強いラッパーもいますが、大半の作品はストリーミング指標(アルバムチャートにおけるSEA)が牽引しています。一方でソングチャートを制する曲についてはもうひとつの接触指標であるラジオの重要度が高まっており、その指標を不得手とするヒップホップの克服が求められます。

 

 

なお米ビルボードアルバムチャートにおいては、次週ヤング・サグ『Business Is Business』が初登場で首位になる可能性が示唆されています。

また所有指標に強いニッキー・ミナージュは10月にニューアルバムがリリース予定となっており、そうなれば首位獲得の可能性も高いかもしれません。

また冒頭で紹介したコラムでは、6月上旬までにアルバムチャートを制した作品の多くがヒップホップの影響を受けていると記されています。特にモーガン・ウォレンにおいては、池城美菜子さんによる上記コラムや、コラム内でも記されているリル・ダークとの共演(それも複数回)を踏まえれば、ヒップホップがうっすらとでも確実に、今の音楽業界に波及していると言えるでしょう。

 

ヒップホップ自体が総合チャートを制していないことは事実でも、悲観しすぎることはないというのが自分の見方です。