ビルボードジャパンが社会的なヒットの鑑であるという考えの下、このブログでは最新チャートの動向を中心に連日紹介しています。そしてその一方では、社会的なヒットと言い難いチャートは敢えて紹介しない姿勢を採っています。敢えて比較しマイナスを指摘するのは好ましいと思わないというのが紹介しない理由ですが、他のチャートの問題点をきちんと提示したいと考え、今回のブログエントリーを用意した次第です。
(普段、自分は問題点の指摘と改善案の提示を一緒に行うのですが今回は終了したチャートもあるため改善案の提示は行いません。ゆえにその指摘を不服に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、批判であり非難ではないというポリシーを持ち合わせていることを予め提示させていただきます。)
ビルボードジャパンが社会的なヒットの鑑と成り得たのは、そのチャートが時代の聴かれ方の変遷に沿って進化を続けていることもさることながら、他のチャートと比べて保身がないことが大きな理由と捉えています。いや、あるとしてもそれがほぼ見られなくなった一方、他のチャートは保身を捨てれば社会的なヒットの鑑に近づく(もしくは近づけた)はずです。
保身とは『身の安全を保つこと』であり、『自分の地位、名声、安穏を失うまいと身を処すること』*1。社会的なヒットを示す以上に保身を優先すると思われてもおかしくない姿勢が多くのチャートから見えてくるのです。たとえば政治家や公務員がそれを第一義として動くのがご法度であるように、チャートが公式を謳うならば保身は捨てないといけないというのが私見です。
テレビやラジオ等既存メディアが独自に用意するチャートには、その多くに違和感を抱いています。
チャートにおける違和感の正体とは…
① 運営側が利益を優先している
② 運営側が数字を優先している
③ 運営側が立ち回り方を優先している
三つの要因は厳密には分け難いかもしれませんが、このように定義してみました。
自分が違和感をはじめて強く意識したのは、今はなきバブル時代のラジオ番組*2においてアイドル歌手の作品がゲスト出演、且つトップ10入りした時のこと。フィジカルセールスでは30位にも届かなかったその曲は番組スポンサーの化粧品CMソングであり、CMにはその歌手自身が出演。ゲスト出演がトップ10入りとイコールだった状況にあって、番組スポンサーのCMソングが優遇される措置が採られていました。
また、現在は不定期で放送されるテレビの音楽番組はレギュラー放送時代にカウントダウンを紹介していましたが、番組スポンサー以外の自動車メーカーのCMソングで且つそのブランド名がタイトルにつけられていた作品がランクインした際、曲の一部を伏せるという行為が発生。これらは①に近いというより、スポンサー企業との付き合いを優先した結果と言えるでしょう。
ラジオ局が取り仕切るチャート番組では、局でレギュラー番組を持っている方の曲が優位になる傾向があります。OA回数が増えるゆえであり、メディアの独自性がチャートに表れるのは自然なことかもしれませんが、そのレギュラー番組が終わって数年後に当時のチャートを振り返ると、なぜ社会的なヒットに至れない曲が上位にと思われてもおかしくないのです。
受け手側がチャートの裏にあるものを読み取るべき、それがいわゆるオトナだ…そう言う方もいらっしゃるでしょう。しかし、たとえば最新チャートで最上位に登場した曲がフィジカルセールス加算初週であった等の事情は勘案できても、保身から来る不自然な上昇については本来私たちが察するのではなく、チャートの発信側がその保身をやめれば好いのです。オトナ云々という言葉は、保身を正当化する言い訳にしかなりません。
既存メディアのみならず、長年日本において最も高い知名度を維持しているオリコンにおいては、複合指標による合算ランキングを新設して以降も問題点が大きく、ビルボードジャパンに及ばない旨を弊ブログにて記載しています。
オリコンの現在の主力産業は『顧客満足度調査事業とニュース配信・PV(ページビュー)事業を行うコミュニケーション事業』*3。芸能主体のニュース配信にて大事なのはアクセス数、つまりは数字が最重要視され、そしてその獲得のためには芸能界から取材等を拒否されないでいる必要があります。
オリコンは以前『オリ★スタ』を刊行していましたが、特定芸能事務所所属アイドルの表紙起用率の高さを踏まえれば、オリコンがチャート適切な距離を保つよりも親密さを高めることを優先する印象が強く、またコアなファンの多いアイドルを起用することで売上を確保する狙いもあったでしょう。
それが結果的にオリコンの顔と言えるランキングの設計思想にも影響を及ぼし、彼らが強いフィジカルセールスのみランキングを主力とする姿勢を変えず、もしくは合算ランキングを用意してもフィジカルセールスが優遇される集計方法になったと考えるのは自然なこと。利益や数字の確保、そして関係性を親密にし立ち回りを良くする姿勢…オリコンはチャートにおける違和感の三要因全てを網羅していると言えそうです。
オリコンはチャートが事業の一要素であり、他事業の影響を受けるのは自然と考える方がいらっしゃるかもしれません。しかし、データを扱う以上は客観性や公平性を保ち、事業の独立性を担保することが絶対に必要。仮にですが、部数やアクセスといった数字を最重要課題とする事業に干渉される等によりランキングを時代に合わせて変えようとしないならば、それは公式チャートとして正しくないのです。
一方のビルボードジャパンにも他事業は存在し、また音楽ニュースやコラムも発信してます。また年間チャート発表時には歌手へのインタビューも行うため、取材等を拒否されないようにする必要があります。
そのビルボードジャパンが、自らにまとわりつく保身という考えを明らかに捨てたと言える出来事がありました。今年度下半期におけるチャートポリシー変更です。
この変更には反響が大きく、後日チャートディレクターの礒崎誠二さんが経緯および理由を語っています。一連の内容はこちらから確認できます。
上記ブログエントリーでも紹介していますが、個人的に最も印象的だったのはこちらのツイートでした。
地上波TVを中心にオンエアされる楽曲の浸透や、実際に大きな金額を売り上げるフィジカルの影響、ストリーミングの急伸等を考慮して複合チャートのレシオバランスを設定していくわけですが、今回の変更が与える影響が大きいことは明らかで、それによる反発または黙殺が優に予想できたためでした。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
実は現在でもフィジカルセールスに強い曲が週間チャートを制しやすい状況ですが、しかし同指標ばかりに長け他指標が弱い曲は最上位に至れにくくなりました。『それによる反発または黙殺が優に予想できた』という一文は、フィジカルセールスに長けた歌手やそのファン、それ以上に所属団体やメディアからビルボードジャパンが見捨てられる危惧感を意識したゆえの表現でしょう。
その反発や黙殺を招かないためにそれまでのチャートポリシーを変えずに行くことも考えたでしょうが、厳しい表現ながらそれは批判を回避するための保身と呼べるものでしょう。ビルボードジャパンはその保身を捨てました。そしてこの変化が多くの称賛を集めています。
今後のジャパンチャートを担う立場として各々意見を聞きたい、と話しました。様々な意見が出る長い会議でした。結論はGO。このチャートは今後のマーケットの変化を見据え、かつユーザーの目線に立つべき、というヒットチャートの原点を私に再び想起させてくれた会議となりました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
礒崎さんは『ヒットチャートの原点を私に再び想起させてくれた』と語っています。時流に沿い、時に断行であってもチャートポリシー変更をきちんと行うこと、そして発信側の保身を捨てユーザー目線を第一義とする姿勢こそ重要であると示したビルボードジャパンのソングスチャートこそ、社会的なヒットの鑑であると自分が断言する理由はそこにあります。
ここで取り上げたチャートについて、集計方法自体に不正があると考えるものは一切ありません。しかし先述したアイドル歌手の不自然なトップ10入りや、毎回のように最下位が初登場曲で構成されるメディア発のチャート等は集計に加筆した可能性があり、ともすれば疑惑を持たれてもおかしくないでしょう。またスポンサーや特定の歌手を優遇するあまり、不当に紹介しなかったり逆に不自然なまでに持ち上げる姿勢もNGです。
一方でビルボードジャパンソングスチャートは進化を続け信頼を抱きながらも、それでもまだ完全とは言えないと感じています。時代とともに聴かれ方が変わることを踏まえれば、厳しい表現ですが常に完璧ではないのです。それをどうやって迅速に対処していくかが求められますし、チャートから時代を読む者として問題点の発覚時には早急に改善案を提示していくよう、これからも心がけていきます。
*1:保身とは - コトバンクより。
*2:一方、同枠ではその後も番組タイトル等を変えてチャート番組自体は継続中。
*3:オリコンの21年4~6月期、純利益9.9%増 通期予想据え置き: 日本経済新聞(8月5日付)より。なおオリコンランキングはデータサービス事業の一環。