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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

ビルボードジャパンが2021年度上半期チャートを発表…特筆すべき7つのポイントとは (リンク訂正あり)

(※訂正(6月4日13時37分):ビルボードジャパンの記事のうち、上半期アルバムチャートのフィジカルセールスが訂正されましたので、リンクを差し替えました。)

 

 

 

ビルボードジャパンが2021年度上半期チャートを公開しました。集計期間は2020年11月23日~2021年5月23日(2020年12月2日~2021年5月26日公開分)となります。

 

各チャートの詳細はこちらから。

・上半期ソングスチャートおよび各指標

・上半期アニメーションソングスチャート

・上半期アルバムチャートおよび各指標

・上半期作詞家および作曲家チャート

・上半期その他各種チャート(今年度より新設)

・上半期アーティストランキング

首位獲得歌手のインタビューはこちらに。

 

それではソングスチャート主体に、上半期を振り返ります。

参考として、昨年度上半期および昨年度年間ソングスチャートについて記載したブログエントリーのリンクを下記に。

 

目次

 

① 優里「ドライフラワー」、逆転で上半期ソングスチャート制覇

上半期ソングスチャートを制したのは、優里「ドライフラワー」でした。

ドライフラワー」は、フィジカル未リリース、週間最高2位ながら、LiSA「炎」を終盤で逆転し首位の座に就いたのです。

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(ポイントに関しては、毎週ビルボードジャパンが発表するものを合算しています。下記グラフについても同様ですが、ただし実際のポイント数とは若干異なることがあります。)

ドライフラワー」は5月12日公開(5月17日付)ソングスチャートでLiSA「炎」を逆転すると、その差を拡げていきます。一方の「炎」は3位のBTS「Dynamite」にもおよそ1000ポイント差に迫られました。首位登場から6週間で昨年度の年間トップ10入りを果たした「炎」は、今年度に入りポイントを大きく落としているのです。

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(上記は上半期におけるポイントおよび順位推移。縦軸はそれぞれ2000ポイント以上、50位以上を指しています。)

ドライフラワー」と「炎」の差はエンゲージメントの確立の差にあると考えます。優里さんは「ドライフラワー」の前日譚の物語を描いた「かくれんぼ」が上半期ソングスチャートで37位を記録。LiSAさんは「紅蓮華」が上半期11位を記録したものの、「炎」に続くシングル「dawn」が良い成績を収めていません(「dawn」のチャート推移はこちら)。

LiSAさんにおいては初動時の話題性の高さの反動、サブスク(解禁)前からブレイクしていたためにファンやライト層がサブスク以上に他指標に重きを置いていた可能性、そして歌手以上に曲単位にファンが付いたことが、「炎」のヒットが他の曲に比べて継続しにくかった原因と以前紹介しました。ただし、昨年度の勢いの凄まじさはきちんと考慮されなければなりません。

他方、優里さんは関連曲のヒットもさることながら、毎日のようにYouTubeチャンネルにカバー等様々な動画をアップしています。このような着実な活動が注目度を高め、観ていくうちに惹き込まれたライト層がコアなファンへと昇華し、またコアなファンの熱量をさらに高めることにつながります。これはエンゲージメント確立の見本と言えるのです。

一例については昨年度最終週のチャート解説時に述べていますが、優里さんは『SNSなら誰にでも見てもらえるチャンスがある』『その短い動画の中に「絶対に心を掴んでやる」って気持ちを込めるというのは常に意識してます』とインタビューで述べており、SNSを介したエンゲージメント確立への強い意識を感じずにはいられません

結果として「ドライフラワー」は上半期において、ストリーミング再生回数が2億7585万強を記録。これは昨年度の年間ソングスチャートを制したYOASOBI「夜に駆ける」の年間再生回数を70万以上も上回っているのです。ストリーミングソングスチャートの記事における以下の指摘に、強い説得力を感じます。

半年間で決まる上半期首位の楽曲が前年の年間首位の数字を超えた事実は、コロナ禍によって加速したデジタル配信市場の拡大を裏付けるものであり、ストリーミングが音楽のヒットを測る指標としてますます重要化していることを示すデータだろう。

 

 

② 「炎」「One Last Kiss」…大ヒット作品のタイアップ曲が伸びず

先程はLiSA「炎」について、歌手以上に曲単位としてファンが付いたと書きましたが、言い換えればタイアップ作品にファンが付いたということが言えると考えます。LiSAさんと『鬼滅の刃』との初タッグとなった「紅蓮華」が今年度に入り週間最高6位(上半期11位)を獲得したこと、他方でLiSAさんの他の曲に反応が生まれにくかったことから、エンゲージメントは歌手よりも作品に付いたと考えられます。

これは『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の主題歌となった宇多田ヒカル「One Last Kiss」についても同様。収録された同名アルバムは関連作品の主題歌等関連曲をコンパイルしたもので、”エヴァンゲリオンイコール宇多田ヒカル”というイメージをまさに形にしたものでした。上半期アルバムチャートでは5位に入った一方、「One Last Kiss」はフィジカルセールスがソングスチャートに反映されなかった影響もあれど50位以内在籍分のポイントが7万を下回り、10位のYOASOBI「群青」に5万以上もの差がつけられた形です。

上半期ダウンロードソングスチャートでは「炎」が1位、「One Last Kiss」が9位となった一方、同ストリーミングソングスチャートでは「炎」が4位となり「One Last Kiss」はトップ10入りを逃しています。上半期の総合ソングスチャートトップ10在籍曲はダウンロードトップ10内に8曲、ストリーミングは9曲ランクインしていることから、やはり所有指標以上に接触指標の重要性が感じられます。

 

 

③ 大ヒット作品主題歌で一歩抜け出したEve「廻廻奇譚」

鬼滅の刃』『シン・エヴァンゲリオン』に加えて、昨年アニメ化された『呪術廻戦』もまた、今年のエンタテインメント界を象徴するムーブメントのひとつ。第1クールオープニングテーマとなったEve「廻廻奇譚」は上半期ソングスチャート8位に入りました。

しかし②で述べたように、タイアップ作品が人気且つファンの熱量が高いほど、エンゲージメントは歌手以上にタイアップ作品に付く傾向が強まります。そして映画公開からテレビ放映から時間が立つ程、勢いをキープさせていくかが難しいのです。

その点において、「廻廻奇譚」は成功を収めたと言えるでしょう。テレビアニメ『呪術廻戦』が終了するタイミングで上記ライブフィルムバージョンをYouTubeにて公開し、総合トップ10返り咲きを果たしたのです。この投入、さらに映像の中身もEveさんのアニメへの思いやりが感じられ、アニメファンは歓喜。結果的にEveさんへの注目度をさらに高める結果につながり、アーティストランキングでは宇多田ヒカルさんを上回る19位にランクイン。エンゲージメントを作品から歌手本人へ惹き付けることのひとつの成功例と言えるでしょう。

 

 

④ YOASOBIが各チャートを席巻、アーティストランキングで堂々の首位

エンゲージメントの確立においては、昨年度「夜に駆ける」で年間チャートを制したYOASOBIが最良の例と言えます。上半期ソングスチャートでは「夜に駆ける」(4位)、「怪物」(8位)そして「群青」(10位)の3曲をトップ10内に送り込み、また初のフィジカル作品となったEP『THE BOOK』はフィジカルの販売数を限定したもののダウンロードおよびルックアップが好調に推移し、上半期アルバムチャートで2位にランクイン。その結果、アーティストランキングで堂々の首位を獲得したのです。

YOASOBIについてはエンゲージメント確立の巧さを幾度となく指摘していますが、アルバムチャートに絡めてひとつ取り上げるならば、レンタルの訴求がとりわけ見事でした。下記ブログエントリーで取り上げていますが、そのツイートをあらためて紹介します。

フィジカルが限定リリースのためレンタル需要が高くなることは想像できましたが、YOASOBI側のさらにひと押しという姿勢からはどんなアプローチで音楽を聴く方も取りこぼさない誠実な姿勢が垣間見られ、これがチャートに波及したと捉えていいでしょう。これもまたエンゲージメントの一例と言えます。

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(上記は6月2日公開(6月7日付)におけるチャート推移。)

フィジカルセールスは推定売上枚数が把握可能な50位までにランクインした分のみの合計で12万強を記録。常時5位以内に入っていたダウンロードは65,013DLを売り上げています。そしてルックアップはレンタル解禁以降首位を獲得し、20週中16週で首位に。この結果、『THE BOOK』はアルバムチャート2位を獲得し、アーティストランキング首位獲得の大きな原動力となりました。

実は『THE BOOK』はフィジカルセールス13位であり、上半期のトップ10入りを逃しています。フィジカル57万以上売り上げたSixTONES『1ST』が総合でも上半期を制しましたが、同じくフィジカル35万以上のMr.Children『SOUNDTRACKS』が総合では3位となり、Mr.ChildrenにYOASOBIが勝ったのです。これは複合指標であるアルバムチャートならではの特徴ですが、他指標を大きく伸ばすことが如何に重要かを如実に示しています。『SOUNDTRACKS』がデジタル解禁をフィジカルの2ヶ月半後にしたことも、影響を及ぼしたと言えるでしょう。

常にエンゲージメントの徹底を図り、また新曲も相次いで投入することで注目を集め続けることに成功したYOASOBI。上半期で発表された3つのチャートでは、その成果が存分に表れた形です。

 

 

⑤ Ado、「うっせぇわ」が週間1位・上半期5位を獲得し大ブレイク

Adoさんが「うっせぇわ」で週間ソングスチャートを制すると、「ギラギラ」がトップ20、「踊」がトップ10入りを果たし大ブレイク、今年の新人賞最有力候補となったと言えます。メディアでは様々な特集が組まれていますが、昨年の年間チャート総括でも述べたようにボーカロイド文化やネット音楽の定着がさらに進んだと考えていいでしょう。YOASOBIやEveさん、さらにはボカロPの方々等、その活躍は枚挙にいとまがありません。

そのAdoさんも含め、デビューから日が浅い歌手が活躍。上記以外にも『yama(同29位)、川崎鷹也(同36位)、マカロニえんぴつ(同37位)、BLOOM VASE(同41位)、もさを。(同45位)、Rin音(同56位)、変態紳士クラブ(同60位)など、数多くのニュー・カマ―が並んだ』ことをビルボードジャパンの上半期アーティストランキング記事で紹介。優里さん、Adoさん、Vaundyさん、Eveさんを含め、これらの歌手は『ストリーミングが牽引するデジタル領域で強いことに加え、カラオケでもポイントが高い(もしくは高くなる可能性がある)点』が共通していると指摘しており、YouTubeTikTok発のヒットとカラオケとの相関関係を感じさせます。

コロナ禍でカラオケ利用者は減っているかもしれませんが、しかしビルボードジャパンは緊急事態宣言発令下でも昨年度上半期のようなカラオケ指標の集計休止は行いませんでした。この背景にはおそらく、先に述べた相関関係が無視できなくなったことが挙げられます。

 

 

⑥ 上半期1位ながら週間2位…「ドライフラワー」は週間首位獲得ならず

Ado「うっせぇわ」が週間チャートを制した一方、優里「ドライフラワー」はその座を逃しています。この理由はフィジカルセールスに強い曲が瞬発的に首位を獲得し得るチャートの仕組み、そして厳しい物言いですが優里さん側の失策にあると言っていいでしょう。

後者において、「ドライフラワー」が首位を獲得できるはずだった週、「うっせぇわ」にその座を譲ってしまいました。

3月10日公開(3月15日付)ソングスチャートはフィジカルセールスに強い作品が見当たらなかったため「ドライフラワー」が首位を獲る絶好の機会だったのですが、コラムのバズも寄与し「うっせぇわ」が制覇。一方で「ドライフラワー」は、ミュージックビデオを一時的にショートバージョンにしてしまったことで動画再生数のダウンを招いてしまいました。

上記動画は、以前まではフルバージョンで公開されていたものが、(同じURLながら)突如短尺版化されたもの。また変更後間もなくはタイトルにショートバージョンと付けられておらず、誤解を招くものでした。

3月3日公開(3月8日付)ではチャートポリシー変更に伴いストリーミング指標のウェイトが下がったことから、「ドライフラワー」もポイント前週比79.4%と低水準となってしまいますが、その後3週続けてポイント前週比95%未満に陥ります。ディレクターズカット版が公開されてから数週後に回復基調となりますが、ミュージックビデオの短縮版化が「ドライフラワー」はもとより、優里さん側の信用を落とす結果につながったと考えます。これは非常に勿体ないことだったと思うのです。

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⑦ フィジカルセールスに強い曲が上半期上位進出せず、そして改定へ

優里「ドライフラワー」は週間チャートを制することができなかったものの、9週に渡って1万ポイント超えを達成。2月17日公開(2月22日付)では1万5千ポイントを上回っているのですが、それでも首位を獲得できないまま。Ado「うっせぇわ」に首位を譲る形となった週こそ優里さん側の失策と言えますが、それ以外の週の大半は、ビルボードジャパンソングスチャートの現行チャートポリシーに問題があると言わざるを得ないのが現状でした。つまりはフィジカルセールス偏重が大きく影響していたのです。

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今年上半期に週間首位を獲得した23曲のうち、20曲が同週のフィジカルセールスを制しています。しかしNiziU「Step and a step」を除く19曲は、翌週におけるポイント前週比が3割にも満たないのです。ビルボードジャパンソングスチャートのフィジカルセールス偏重といえる状況が、首位という称号の形骸化につながっていると考えるのは、上半期ソングスチャートと週間チャート制覇曲との関連性の低さを見れば明らか。事実、上半期のフィジカルセールスチャートでトップ10入りした曲のうち総合でも10位以内に入ったのはNiziU「Step and a step」のみです。

ビルボードジャパンは3月3日公開(3月8日付)より各指標のウェイトを見直し、フィジカルセールス指標については引き下げています。しかしそれでもフィジカルセールス偏重傾向は変わらず、「ドライフラワー」をはじめBTS「Dynamite」等が終ぞ首位を獲得できないままに終わりそうじな状況は気掛かりでした。

たとえばジャニーズ事務所等男性アイドルやK-Popアクト、AKBグループや坂道グループ等フィジカルセールスに強い(初週10万以上の売上が見込める)歌手においては、偶然にもフィジカルリリース日におけるバッティングがほぼ起きていません。そのため、フィジカルセールスに頼らない作品はそれらの狭間で首位を狙うしかないのですが、その状況が果たして健全と言えるでしょうか。無論ビルボードジャパンもこの状況を重々承知しているはずでしょうが、個人的にはビルボードジャパンに対し、ウェイトのさらなるダウンおよび係数処理枚数のダウンを希望しています…と、ブログ掲載の3日前にはこのような文章を用意していました

 

しかしその状況が大きく変わることになります。下半期初週にチャートポリシーを変更、フィジカルセールス指標のウェイトが大きく減少したことで、フィジカル未リリースながら全世界を席巻するBTS「Butter」が日本でも首位を獲得するに至れたのです。

これで大きく変わることは間違いないでしょう。デジタルに強い曲が今後、ロングヒットと首位獲得の両方の称号を得られやすくなったのです。「ドライフラワー」以前にも年間では大ヒットしながら週間で首位を獲れない曲が少なくなかったのですが、このようなチャートアクションは減っていくことでしょう。

他方フィジカルセールスに強い曲や歌手は、デジタルでもヒットさせることができたならばデジタルとフィジカルとを組み合わせた完璧なヒット曲となります。この点を目指して欲しいと願っています。

 

 

 

おわりに…下半期はどうなる?

上半期最終週に初登場したBTS「Butter」が下半期で大きな勢力となることは間違いありません。英語詞曲の前作「Dynamite」は昨年8月のリリースながら上半期ソングスチャートで3位となり、とりわけ動画再生では上半期で唯一の1億超えを達成しています。「Butter」に牽引され「Dynamite」が伸びれば、年間ソングスチャートでの複数エントリーも期待できます。

先述したように、下半期に入りビルボードジャパンソングスチャートはフィジカルセールス指標のウェイト減少(係数処理適用枚数の設定値ダウン)というチャートポリシー変更を実施。フィジカルセールスの強さで首位を獲得しながら翌週以降急落する傾向の曲は、今後首位を獲得し難い環境となりました。ごく一部のファンからは反発が確認できますが、それ以上に危機感を持ちデジタル拡充を願うファンの声が少なくありません。

2021年上半期も新しいアーティストがヒットしており、まだまだコロナウィルス蔓延防止のための在宅勤務や増加した可処分時間のキープが続いている状態だ。そんな中、2020年以降のアーティストのリスナーへのアプローチは、2021年も日々更新されていく。ジャニーズ所属アーティストのリスナーへの訴求方法の変化は今後も続いていくのか、上半期にブレイクしたアーティストによるアルバム・リリースはあるのか、そして唯一の集計期間外にリリースされたアルバム『STRAY SHEEP』のロングヒットはいつまで続くのか。

アルバムチャートでの上記総括分は上半期チャートまとめ記事にも掲載されていますが、非常に重要な指摘と言えます。

ビルボードジャパンは時代と共に最善のチャート集計方法を常に模索し、その都度チャートポリシーを変更、そして今年下半期に入り遂にフィジカルセールスのウェイト減少を断行しました。これは訴求方法の変化がチャートポリシー変更に大きく影響しており、そして同時にチャートポリシーの変更がさらなる訴求方法の変化につながっていくでしょう。

その訴求方法の変化も行いつつ、YOASOBIのレンタル訴求アナウンスのように従来のアプローチも含めた多様な聴かれ方を尊重することもまた重要ではないかというのが私見です。ひとつの方法に固執することはコアなファンとの結びつきを強めても、ライト層のコアなファンへの昇華を呼びにくいのではないでしょうか。下半期は音楽業界の変化に期待すると共に、さらなるヒット曲の誕生を心待ちにしています。