イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

フィジカル先行/デジタル後発もしくは未解禁という音楽業界の(今も残る)常識が変わることを強く願う

昨日放送された『音楽の日』(TBS)におけるダンスコラボ企画に多くの称賛が集まっています。この日SNSで多く取り上げられた言葉が”垣根を越える”というものであり、番組内の字幕、またパフォーマンス前のVTRに登場したTravis Japan宮近海斗さんもこの表現を用いていました。

エンタテインメント業界には多くの方が違和感を抱きながらも”常識”とされていた慣習がいくつもあるはずで、それはやはりおかしいと指摘し、ポジティブに変えていくことを提案し、掲げる理想が真に正しいことを伝え続けることで、業界を変えることはとても重要です。自分がブログで音楽チャートに基づき理想の音楽業界や音楽チャートを提案するのは、業界に変わってほしいと願い、変わることができると考えるためです。

 

その音楽業界におけるひとつの”常識”として、フィジカルが第一でありデジタルは好くないという考え方が在るように思います。今回はその点に対し、今一度提案します。

 

 

(上記は「STARS」のダイジェスト映像。)

次週7月19日公開分のビルボードジャパンソングチャート、その集計期間前半3日間における速報値ではB'z「STARS」がフィジカルセールスでトップに。総合ソングチャートでもトップ10入りする可能性は高いと言えます。

他方、デジタル2指標の速報値ではB'z「STARS」の記載はありません。実際同曲はカップリング曲も含め、サブスクのみならずダウンロードでも現時点で解禁されておらず、またミュージックビデオが現時点でYouTubeにて未公開、そしてレンタルは7月29日に解禁となっています(TSUTAYAのページはこちら)。ゆえに現状においては、CDを買わない限り音源を手に入れたり触れることはできません。

 

B'zについては前回のアルバム『Highway X』(2022)でもフィジカル先行/デジタル後発という措置が採られています。アルバムからは先行曲がデジタル解禁されているのですが、アルバム全体でとなるとリリースからおよそ4ヶ月後の解禁となっています。

『Highway X』は、初登場週においてAdo『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』にフィジカルで勝りながら後者のデジタルが強かったことで、複合指標から成るビルボードジャパンアルバムチャートで首位の座を逸しています。その点を紹介した上記エントリーではたとえば森口博子さんの事例も紹介していますが、その森口さんは5月にリリースした最新カバーアルバムでもフィジカル先行/デジタル後発の施策を採っています。

 

現在のソングチャートはデジタル、特に接触指標群(ストリーミングや動画再生)に強い作品が社会的ヒット曲と成っていますが、それら作品は2010年代後半以降に(メジャー)デビューした歌手に多い状況です。これはレコード会社との契約段階でサブスクが主なリリース形態になっていることが一因と捉えています。他方、2010年代前半より前にデビューした歌手においては、デジタルを非難する方もいらっしゃいます。

この非難という考えや、その考え方を踏まえて採用した販売手法からみえてくるのは、フィジカル第一という姿勢ではないでしょうか。そしてこれはベテランと呼べる歌手に限らず、大御所や大所帯となった芸能事務所においてダウンロードやサブスクを(大半、または全ての歌手において)解禁しないという姿勢にも共通するものと考えます。

 

では、デジタルの時代にあってはフィジカルが売れないかと言われると、フィジカル全盛の時代と比べれば相対的に低下しているのは事実だとして、デジタルで大ヒットに至った作品はフィジカルセールスにも及ぶことが判っています。

たとえば今年を代表するヒットとなったYOASOBI「アイドル」はフィジカルセールスが5万枚を突破しています。

これは当週初加算となったフィジカルセールスの存在が大きく、4枚目のフィジカルシングルにして初の初週5万枚超えを達成。これまでは「怪物」が27,275枚、「祝福」が24,926枚、「セブンティーン」が加算対象となった『はじめての - EP』が9,649枚であり、「アイドル」が大きく上回っています。

また最新7月12日公開分ビルボードジャパンアルバムチャートで2位に初登場したMrs.GREEN APPLE『ANTENNA』については、初週フィジカルセールス59,822枚、ダウンロード5,863DLを記録。とりわけフィジカルセールスは、前作のフルアルバムにおける初週動向を大きく上回りました。

前作のフルアルバム『Attitude』(2019)は初登場時となる2019年10月9日公開分においてフィジカルセールス26,854枚(同指標3位)、ダウンロード5,213DL(同指標1位)を記録(なお当時はルックアップもカウント対象となり、同指標10位に登場しています)。『ANTENNA』の構成2指標は共に前作から伸び、特にフィジカルにおいては倍以上を記録したことになります。

YOASOBIは「アイドル」のフィジカルセールスが初加算となった6月28日公開分のビルボードジャパンソングチャートにて2022年度以降における週間最高ポイントを達成。またMrs.GREEN APPLEは最新週においてトップアーティストチャート(Artist 100)が2位となり、構成6指標のうち3指標で自己最高位を更新しています。

 

これらはあくまで一例ではあり、また生産限定や豪華盤の存在ゆえフィジカルセールスが増加したと捉えられてもおかしくないかもしれませんが、フィジカルにおける特典手法は多くの歌手が実施していることを踏まえるに、豪華盤等ゆえ比較ができないとみなすのは正しくないでしょう。

一方で、デジタルで大ヒットしなければフィジカルが伸びないという指摘があるとすれば、それについては間違いではないかもしれません。ならばデジタル後発もしくは未解禁の立場を採る歌手や芸能事務所側はまずデジタルに明るくなった上で、デジタル先行/フィジカル後発の施策を一度実践してみることを視野に入れてみては如何でしょう。

なお、YOASOBI等が極端に良い事例だと指摘される方もいらっしゃるはずです。しかしフィジカルセールスが下がったとして、ダウンロードやサブスクといったデジタルで売上や利益を補填できる可能性は、解禁を行っていれば十分あり得ます。デジタルはいつ何時過去曲がバズを起こすかいい意味で分からないこと、また海外でも所有や接触が可能なことを踏まえれば、そもそもデジタルを解禁しない手はないと言えるでしょう。

 

 

デジタルのメリットには聴きたいときに接触や購入が可能となること、所有の選択肢が増えること等が挙げられます。B'zにおいては報道番組に今週出演することがアナウンスされていますが、デジタルに明るくなっていれば番組出演が「STARS」への波及をさらに大きくするはずです。地上波テレビ番組への出演や曲の使用がダウンロードを中心とした伸びにつながることは、音楽チャートにて幾度となく証明されています。

(上記ブログエントリーにて、クイーンの事例を挙げています。)

 

 

ともすればベテラン歌手や大御所芸能事務所がフィジカルを優先するのは、ビルボードジャパンよりオリコンを優先するという姿勢も背景にあるかもしれません。オリコンにも複合指標から成るランキングはありますがフィジカルセールスのウエイトが高いため、首位を狙いやすいと言えます。ただ、フィジカルセールスに強い歌手が自分たちの有利な環境下だけで勝てればいいという考えがあるならば、それは違うと思うのです。

(B'zにおいてはフィジカルシングルがオリコン週間ランキングで首位記録を更新するかどうかが注目されていることも、音源の発信をフィジカルリリースのみにしたことの背景にあると考えます。しかしコアファンはデジタルが出てもフィジカルを買うものと考えられ、売上が下がったとして比較的軽微にとどまるのではないかというのが自分の見方です。)

音楽の聴かれ方が変わり、そして時代に即したビルボードジャパンの音楽チャートが支持を拡げています。ベテラン歌手や大御所芸能事務所、そしてエンタテインメント業界内部には旧態依然の”常識”にとらわれている方が少なくないかもしれませんが、そこを自省し積極的に変えられるかどうかに、音楽業界ひいては日本のエンタテインメント全体における信頼度、またグローバルでの認知度等の上昇がかかっていると考えます。