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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

テイラーを踏襲したビヨンセ「Cuff It」チャート施策を踏まえ、米ビルボードにチャートポリシー見直しを再提案する

今月開催されたグラミー賞ビヨンセが最優秀アルバム賞を逃したことについては、強い口調で賞側を非難する声が少なからずみられています。そして夫のジェイ・Zはこのようなことを発信していました。

正直なところ、この記事の文章自体にも引っ掛かりを覚えるのですが、仮に最優秀アルバム賞受賞を”ただのマーケティング”と述べるのならば、最新の音楽チャートにおけるビヨンセ側のアクションはマーケティングの賜物ではなかったかと感じています。

 

日本時間の2月14日に発表された最新2月18日付米ビルボードソングチャートでは、ビヨンセ「Cuff It」がトップ10返り咲きを果たしました。その原動力はダウンロード指標の急伸にあるのですが、この背景が引っ掛かっています。

ビヨンセ「Cuff It」が15→6位に上昇し、これまでの同曲最高位である10位を上回りました。ストリーミングは前週比37%アップの940万、ダウンロードは同4026%アップの78,000、ラジオは同1%未満アップとなる5580万を記録し、ダウンロード指標においてはトップセールスゲイナーを獲得しています。

ダウンロード急伸はリミックス等の投入に基づきます。これまでリリースされていたオリジナル(のエクスプリシット)バージョンとそのクリーンバージョンに加えて、集計期間初日となる2月3日に”Wetter Remix”(エクスプリシットバージョンおよびクリーンバージョン)がビヨンセのホームページにてリリースされ、さらにはエクスプリシットおよびクリーンバージョンのアカペラに加えてインストゥルメンタルバージョンが2月5日にHP内でリリース。そして2月8日、いずれのバージョンもデジタルプラットフォームで解禁されています。

「Cuff It」の様々なバージョンはビヨンセのホームページ限定でリリースされ、時間差を設けてダウンロードやサブスクといったデジタルプラットフォームでも解禁されました。SpotifyApple Musicではリリース日が2月8日と記載されています。下記はSpotifyにおける表示となります(こちらにて確認可能です)。

 

歌手によるホームページ先行リリース/デジタルプラットフォーム後発という手法はテイラー・スウィフトが「Anti-Hero」で採用しており、首位獲得3週目(2022年11月19日付)におけるダウンロードは前週の17,000から327,000に急伸しています。しかしこの施策に対し、ブログにて疑問を表明しました。今回のビヨンセに対しても同じ思いを抱いています。

リミックスの投入は問題ないことです。リミックス文化の醸成やリミキサー、客演参加者の知名度向上につながります。チャート施策だとして、他の歌手も行っています。ただ今回感じたのは、テイラー・スウィフトが自身のホームページで先行もしくは独占販売することで、デジタルプラットフォームで販売し最終的に音楽業界へ利益を還元させるよりも自身のチャートアクションや利益を優先させすぎたのではという違和感です。

ビルボードソングチャートやアルバムチャートでは歌手のホームページにおけるセールスが(デジタル/フィジカル共に)加算対象となりますが、アルバムにおいて歌手のホームページ先行リリースという手法はほぼ聴いたことがありません。

一方でソングチャートではビヨンセ「Cuff It」が「Anti-Hero」の施策を踏襲し、実際トップ10返り咲きおよび同曲最高位を更新しています。しかし、ともすればデジタルプラットフォームで解禁されないと見越して購入した方もいらっしゃるかもしれません。そのような心理を利用し限定販売という施策を採ったならば、コアファンを必要以上に煽る、ライト層を置き去りにしかねないという双方の意味において好ましく思えません。

 

テイラー・スウィフトの問題を踏まえ、昨秋のブログエントリーにて米ビルボードに対し【アルバムチャートにおけるフィジカルセールスとアルバムとしてのダウンロードセールスにウエイト差をつけること】【ダウンロードを自身のホームページで先行発売しデジタルプラットフォームで後発という施策を採った場合はその分をダウンロード指標に加算しないこと】【もしくはダウンロード指標において歌手のホームページ販売分を一切カウントしないこと】についての議論の必要性を提案しました。今後この販売手法は増えるかもしれず、米ビルボードに再度チャートポリシー見直しを要求します。

この提案は『チャート施策はあって然るべきですが、そこにフェアとは言い難いものがあってはいけません』という考えに基づくものです(『』内は上記リンク先より)。

 

なおビヨンセ「Cuff It」は、最新2月18日付グローバルチャートのうちGlobal 200(米の分を含む)において、37→23位に上昇しています。グラミー賞にて最優秀R&Bソング賞を受賞した効果は大きいながら、グローバルチャートは歌手のホームページにおけるセールスを含まないため、上昇度は米ビルボードソングチャートほどではありません。ここからも、今回のホームページ販売施策の米チャートにおける意味の大きさが解ります。

 

 

グラミー賞マーケティングの勝利的なことをジェイ・Zが述べていますが、それはつまりビヨンセ側が『Renaissance』でグラミー賞に向けての訴求をそこまでしなかったということかもしれません。その一方で、米ビルボードにおいては施策を打ってきているわけであり、作品が優れていると考えるならばグラミー賞受賞に向けてマーケティングを打つこともまた必要だったのではないかというのが自分の考えです。