藤井風さんが『LOVE ALL SERVE ALL』、中村佳穂さんが『NIA』というニューアルバムを明後日同時リリース。それぞれの前作(『HELP EVER HURT NEVER』『AINOU』)が高い評価を受け、昨年には藤井風さんの「きらり」が大ヒット、中村佳穂さんはBelle役で映画『竜とそばかすの姫』に参加且つmillennium parade「U」のボーカルを担当、そして共に昨年の『NHK紅白歌合戦』に出場。共に大きな飛躍を果たしました。
さて今回は藤井風『LOVE ALL SERVE ALL』の初回盤に収録されるカバー集『LOVE ALL COVER ALL』を取り上げます。収録曲は藤井さんのホームページをご参照ください。
・fujiikaze.com : LOVE ALL SERVE ALL(CD)
前作はアルバムの評判が高まると共に初回盤が即座に売り切れ。その初回盤に同梱されたカバー集が単体のアルバム『HELP EVER HURT COVER』として後日再販され、そのタイミングでサブスク解禁されています。ゆえに今回のカバー集も同種の措置が採られるものと考えます。
(個人的には発売と同時解禁ではないことを僅かながら寂しく思うものの、アルバムの本編がフィジカルリリース日までに解禁されているならば好いと考えます。日本では未だに大御所と呼ばれるバンドや、最新アルバムチャートで上位に登場した歌手の作品において(本編が)デジタル後日解禁という対応が採られることが少なくなく、その姿勢には時代錯誤感を抱きます。ゆえに『LOVE ALL SERVE ALL』のスタンスは支持します。)
アルバムが気になれば、カバー集が付いた初回盤を手に入れることをお勧めします。既に先行曲のEPにて6曲が解禁されていますが、このカバー集の選曲が実に興味深いゆえ、カバー曲のオリジナルバージョンをいくつか紹介します。
藤井風『LOVE ALL COVER ALL』収録曲
(『LOVE ALL SERVE ALL』初回盤 同梱)
1. ボビー・ヘブ「Sunny」
※『へでもねーよ EP』収録
2. アリアナ・グランデ「No Tears Left To Cry」
3. ドナ・サマー「Hot Stuff」
4. ジャスティン・ビーバー「Sorry」
※『へでもねーよ EP』収録
5. リゾ「Good As Hell」
※『青春病 EP』収録
6. グローヴァー・ワシントン Jr.「Just the Two of Us」
※『へでもねーよ EP』収録
7. SWV「Weak」
8. ブリトニー・スピアーズ「Overprotected」
※『青春病 EP』収録
10. レディー・ガガ「Eh, Eh (Nothing Else I Can Say)」
11. ポスト・マローン「Circles」
※『青春病 EP』収録
定番から歌手の隠れた名曲までを網羅したという印象。既に半数以上が一昨年暮れのデジタルEPに収録されていますが、フィジカル化されるのは嬉しいですね。
現段階で10億8千万回もの動画再生を記録するアリアナ・グランデ「No Tears Left To Cry」(2018年)は、ヒットメーカーのマックス・マーティン一派が手掛けた『Sweetener』先行曲。米ビルボードソングスチャート3位。ジャケットにはアリアナの顔に虹色が施されており、LGBTQへの自己肯定ソングという解釈が可能です。
リゾ「Good As Hell」は元来2016年リリースのEPに収録されていましたが、「Truth Hurts」が2019年に米ビルボードソングスチャートを制したタイミングで次のシングルという位置付けに。アリアナ・グランデ参加版をドロップしたこともあり、米ビルボードでは最高3位を獲得しています。
(こちらはアリアナ・グランデ参加版のリリックビデオ。)
"Feelin' good as hell"で最高の気分と訳すことが可能。恋人と別れることで自分を愛することへの背中を押す曲となっています。リゾは下記の発言等からも注目を集めており、提言し続けることで自信を持てる人が増える世の中にしようという強い意志を感じずにはいられません。
「Just The Two Of Us」はボーカルにビル・ウィザースを迎えたグローヴァー・ワシントン Jr.による1981年の作品。ヒップホップやR&Bのサンプリングやカバーに多数用いられ、またサビのコードは"Just The Two Of Us進行"として紹介されるほどの美しさ。R&B好きならば、アラウンド・ザ・ウェイ「Really Into You」(1993年)を思い出すかもしれません。グローヴァーのサックスの音色、たまらないですね。
ビル・ウィザースといえば「Lovely Day」(1977年)もソウルクラシックとして有名。日本ではGAPのCM曲としても用いられていますが、ゴスペル界のカーク・フランクリンもカバー。この曲が持つポジティブさが「Just The Two Of Us」にも受け継がれているかのようです。
R&BグループのSWVによる「Weak」は1993年に米ビルボードソングスチャートを制覇。メインを務めるココは後にゴスペルを含むソロ作を経て、強靭な歌声を手にしています(パティ・ラベル「If Only You Knew」のカバーは圧巻)。愛する方の存在に身も心も委ねることで自身の(良い意味での)弱さを実感するというラブソングです。
ポスト・マローン「Circles」(2019年)は米ビルボードソングスチャートを制し、2020年度の年間ソングスチャートで2位に。当時米ソングスチャートトップ10入りの最長記録を更新し(39週)、ヒップホップアクトによるジャンルを超越した作品として多くの支持を集めました。歌詞は冷え切った恋愛関係の悪循環("Circles")から抜け出そうとする主人公の前向きな思いが綴られています。
自分はR&B好きゆえその側面から数曲取り上げたのですが、書いていくうちにカバーの選曲にはアルバムタイトル"LOVE ALL SERVE ALL"に通ずる一貫性があるかもとと実感。恋愛の最中にある曲のみならず、その愛がたとえ今は冷めていても抜け出したい、もしくは次の恋愛に向かうことで自分自身を愛したいという前向きな、そして(自分を、もしくは誰かを)支えたい思いが根底にあるのではないでしょうか。
"Serve"とは仕えるや奉公するという意味。ボブ・ディランがゴスペルに傾倒した時期の作品をサウンズ・オブ・ブラックネス等ゴスペル歌手がカバーした作品をコンパイルしたアルバム『Gotta Serve Somebody』(2003年)や、シャーリー・シーザーがカバーしたタイトル曲を思い出しました。"Serve"という言葉の引用自体、ゴスペル的なのかもしれません。
(Spotifyでは現在、シャーリー・シーザーによるカバー曲のみがチェックできる状況です。)
藤井風さんのファーストアルバムのタイトル『HELP EVER HURT NEVER』からもゴスペルに通ずる精神性を感じていますが(一部オリジナル曲に凄いタイトルもありましたが)、今作『LOVE ALL SERVE ALL』もポジティブな思いが溢れた作品になる予感がします。初回盤に同梱されたカバー集を聴いて彼のルーツを辿るのみならず、今作を解釈する参考としても好いかもしれません。