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マーヴィン・ゲイの遺族側はあらゆるクリエイティビティを壊しかねない悪例を築いたかもしれない

似てますかね?

 

地上波のニュースでも取り上げられているようなのでご存知の方も少なくないと思われます。ファレル・ウィリアムスがプロデュース&T.I.と共に客演で参加し、ロビン・シックが歌った「Blurred Lines」(2013年の全米年間2位、全英年間1位)が、マーヴィン・ゲイ「Got To Give It Up」に類似しているとして著作権侵害でゲイの遺族側から訴えられていた裁判。先週のことですが、「Blurred Lines」側が敗訴しました。

ゲイ側は、陪審員に対し“Got To Give It Up”の音源そのものを“Blurred Lines”と比較させたがったものの、「著作権者の権利は譜面上に書かれているものだけに限定される」という過去の判例によって、最小の要素に絞られた“Got To Give It Up”を聞かせようという流れになったが、ゲイ側の弁護士が猛抗議。

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また、ゲイ側の弁護士は、著作権侵害を証明するにあたって、フレーズの類似性やキーボードとベースの相関関係などを説明する音楽の研究家を呼ぶことはなく、代わりにロビン・シックが2011年にリリースした『Love After War』のリード・シングル“Love After War”において、マーヴィン・ゲイの1976年のアルバム『I Want You』収録の“After The Dance”を無断で引用しているとし、これを立証したいと主張。ロビン・シックが過去にも“盗用”したとの印象付けを行った。

 

「ブラード・ラインズ」著作権侵害訴訟、ロビン・シック&ファレル側が敗訴 「恐ろしい前例になる」 | bmr (2015年3月11日付)より

ファレルは今週、その"恐ろしい前例"についてあらためてコメントしています。

フィナンシャル・タイムズ紙に対し、「著作権侵害はない」と話すファレル。「誰も人の気持ちや感情を所有することはできない……(音楽には)音の構成と進行しかないんだ。これらは違う曲だよ」と続ける。

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ファレルは「何かにインスパイアされたかもしれないものを作るクリエイターにとってハンディキャップになる」と、今回の評決はアーティスト達にとって良くないものだと主張する。「これはファッション、音楽、デザイン……何にでも適用されてしまう。もし我々が何かに影響されることの自由を失えば、エンターテインメント産業は知ってのとおり、訴訟によって凍りつくことになるだろう。」

 

著作権侵害の評決を受け、ファレルがエンタメ業界に警笛│Daily News│Billboard JAPAN (2015年3月20日付)より

一方で、ゲイの遺族側は"更なる訴訟"を準備という報道も。

マーヴィン・ゲイの遺族は、同様にロビン・シックが2011年にリリースした『Love After War』のリード・シングル“Love After War”もマーヴィン・ゲイの1976年のアルバム『I Want You』収録の“After The Dance”を無断で盗用していると裁判中に訴え、こちらも著作権侵害が認められている。遺族側は今回の判例を踏まえて、さらなる訴訟を起こす可能性もありそうだ。遺族側は今回の判例を踏まえて、さらなる訴訟を起こす可能性もありそうだ。CBS Newsが報じたところによると、遺族側は昨年ファレルが大ヒットさせた“Happy”が、マーヴィン・ゲイの“Ain’t That Peculiar”に酷似していると考えているという。

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もっとも遺族側は、現時点においては訴訟を起こす意向はないという。ノーナは、「インスパイアされることが悪いと思ってるわけじゃないの。私だって音楽をやっていたときは(他のアーティストから)インスパイアされてきたわ」と語った。

 

次に訴えられるのはファレルの「ハッピー」? 「ブラード・ラインズ」問題、ファレル&ロビン・シック側は控訴へ | bmr (2015年3月13日付)

 

あくまで個人的な感想を述べるならば…ゲイの遺族側の目的は金銭ではなかったかと。

「Blurred Lines」による罰金はシック、ファレル合わせておよそ340万ドル。その際、同時に著作権侵害が認められたシックの「Love After War」についてはヒットに至らなかったためか1万ドル未満の罰金に留まっていることを踏まえると、世界的なヒット曲は莫大な売上を生むことが明確になりました。現時点では訴訟を起こすつもりはないとしても、「Happy」(全米、全英共に2014年の年間1位)を次の類似曲として挙げている段階で何かしらの皮算用があると考えるのは穿った見方でしょうか。

 

遺族への収入の大きさがどのくらいかは、たとえば昨年発表された記事、フォーブス発表「死んでも稼ぐセレブの収入」1位はマイケル・ジャクソンの160億円 | Musicman-NET (2014年4月2日付)における、売上(それ自体も高額ですが)に対するマイケルの遺産管理団体の取り分が凄い金額であることが物語っていると思います。(著作権侵害訴訟を起こしていないマイケルの遺族側とゲイの遺族側とを比べることはナンセンスかもしれませんが、) 仮に「Blurred Lines」にゲイの名が正式にクレジットされていれば多額の収入を得られたのかもしれず、"手に入るかもしれなかった莫大なお金を潰されたのは許せない"という金銭欲というか怒りからくる感情がゲイの遺族側の(決して明示はしなかった)訴訟理由だったのではないでしょうか。実際、訴訟においてゲイの遺族側は過去の判例を無視、音源比較を行わず、あたかも怒りの感情丸出しで陪審員の心を押さえつけ成功に至ったわけです。冷静な判断を欠いた陪審員も問題ですが、この怒りの押し通しは最終的にゲイの遺族側が利益を得ることをよしとしてしまいました。少しでも似ていればコード進行等が全く違っていても訴訟を起こして勝てる…という今回の一件が、今後の音楽業界、いや音楽にとどまらず全てのクリエイティビティについてファレルが危惧する状況を生みかねない事態を後押しする判例となりかねず、非常に恐ろしいなと思うのです。ゲイの遺族側が自己の利益のみを追求したその自己都合が、音楽業界全体を窮地に陥ることをよしとしてしまったこと、本当に罪深いと思います。

 

(無論、自分の考えは利益の面ばかりに着眼してのものですが、ただこういう訴訟が登場すると、「Blurrd Lines」以上に「Got To Give It Up」が、そしてマーヴィン・ゲイ自体の心象が著しく下がってしまうのではないかと。好ましくない態度を取っていたのが遺族側だとしても、市井がマーヴィン自身がなんという心の狭い人間なんだとすり替えて捉えてしまう可能性はなきにしもあらず、ですよね)

 

 

ちなみにマーヴィンの娘、ノーナ・ゲイは(マイケルの妹、)ジャネット・ジャクソンを意識した曲を出してるではありませんか。bmrの記事では"インスパイア"だとは言ってますが。

指摘された、ジャネット・ジャクソン「Alright」はコチラ。

個人的には、似てはいないと思います。でもそれを半ば強引にでも(それこそ激情のままに)"似てるじゃないか!"と訴えれば類似性が疑われてもおかしくないわけで。これで「Alright」側から刺されたらどうするのでしょう。仮にノーナ側が、売れていないから刺されないとでもいうのでしたら、その考えはノーナ側が金を基準に考えていることを暗に認めているようなものではないかと思うのです。

同曲のリリース時期は猫も杓子もニュー・ジャック・スウィング(というR&B/ヒップホップの一ジャンル)を用いていましたから、ニュー・ジャック・スウィングを生み出したとされるテディ・ライリーが当時訴訟を起こしていたら…と考えると恐ろしいものがあります。それこそ80年代後半のニュー・ジャック・スウィングのムーブメントはなかったことになってしまうはずで、ムーブメントの芽を摘まないためにもオリジネーターはある程度の広い心を持つべきじゃないかと思います。

 

 

似ている似ていないの線引きは非常に難しいでしょう。ある曲が少しでも何かの印象を引き継いでいるものだとすればリリース前に声を掛けるのが最良の手段かもしれませんが、その声掛けだってクリエイティビティの制約につながりかねません(面倒だ、などの理由において)。なんとかクリエイティビティが保てる方法がないか、今回を機に議論されればいいのですが、それすら認めないほどのゲイの遺族側の態度に辟易しているというのが、あくまで個人的な印象です。