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マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」が訴えられたのは”同名”だから…強引な訴訟の背景を読み、私見を記す

ほぼ間違いなく訴えが退けられるだろうとは思いながらも、引っ掛かることなので採り上げておきます。

 

マライア・キャリーの大ヒット曲、「All I Want For Christmas Is You (邦題:恋人たちのクリスマス)」が、リリースからおよそ30年を経て訴えられました。原告はカントリーバンド、ヴィンス・ヴァンス & ザ・ヴァリアンツのアンディ・ストーンで、”同じタイトルだから”というのが訴えた理由です。

『TMZ』によれば、アンディ・ストーンは賠償額として2000万ドル(約26億円)を主張しており、同名の曲を書いてリリースしていると述べている。

アンディ・ストーンは1989年にヴィンス・ヴァンス&ザ・ヴァリアンツ名義で“All I Want For Christmas Is You”という曲をリリースしている。この曲は1994年に『ビルボード』誌のホット・カントリー・シングルズ&トラックスにチャートインしており、2000年までランクインし続けている。2002年にはリカレント・エアプレイ・チャートにランクインしており、最高位は23位だった。

アンディ・ストーンの「“All I Want For Christmas Is You”とマライア・キャリーの楽曲の共通点はタイトルのみとなっている。しかし、訴状ではマライア・キャリーから曲名を使う許可を得ようとしなかったと主張されている。マライア・キャリーとコラボレーターのウォルター・アファナシェフ著作権を侵害することを「分かっていて意図的にわざと行った」と訴状には記されている。

まず何より、同名異曲であり、さらには曲調も何ら似ているとは言えません。ヴィンス・ヴァンス & ザ・ヴァリアンツによる「All I Want For Christmas Is You」動画のコメント欄最上位(6月13日午前5時50分現在)に”There is no one that would mistake this song with Mariah's Carey's song. No one. (この曲をマライア・キャリーの曲と間違える人はいないでしょう。 誰も。)”と書かれており、多くの方が訴えに疑問を呈しています。

同名異曲は「All I Want For Christmas Is You」は勿論のこと、それ以外にも多数存在します。

ちなみに”All I Want for Christmas Is You”というタイトルもそれほどユニークというわけではなく、ASCAPの作品データベースで検索すると、マライアおよびこのAndy Stoneの作品も含めて81件ヒットします。

さらにヴィンス・ヴァンス & ザ・ヴァリアンツによる「All I Want For Christmas Is You」が発表から5年を経て米ビルボードチャートに登場したのは、マライア・キャリーの同名曲にフックアップされた側面も考えられ、ならばアンディ・ストーンはマライア・キャリーにむしろ感謝しないといけないのではと思うのです。ゆえに今回の訴えが如何に強引であるか、おそらくは多くの方にとって共通の認識ではないでしょうか。

 

それでもなぜ訴えるに至ったのか、そこにはいくつかの理由が考えられます。まずは本来ならばマライア・キャリーによる「All I Want For Christmas Is You」のリリースタイミングで訴えるべきだったのでは、今更ではないかという声に対しては、米の判例によって時間が経過したとしても訴えは可能という流れが生まれています。

The case immediately prompted the question: Isn’t it too late for Vance to bring his case? There must be a statute of limitations for suing over song that’s been in the zeitgeist for nearly three decades, right?

(この事件はすぐに疑問を投げかけました。ヴァンスが裁判を起こすには遅すぎるのでは?30年近くも流行している曲を訴えるには時効があるのでは?)

 

The surprising answer to that question is no, thanks largely to a U.S. Supreme Court decision in 2014 on the movie Raging Bull, which overturned long-standing rules on how long a copyright owner can wait before taking action in court.

(その問いに対する意外な答えは「ノー」。2014年に映画『レイジング・ブル』に関する連邦最高裁の判決により、著作権者が法廷で行動を起こすまでにどれくらいの期間待つことができるかという長年のルールが覆されたことが大きな要因です。)

 

“The result has been not just the suit against Mariah Carey, but a flood of people coming out of the woodwork with decades-old copyright claims,” says Mark Lemley, a professor of intellectual property law at Stanford Law School.

(スタンフォード大学ロースクールで知的財産法を教えるマーク・レムリー教授は、「その結果、マライア・キャリーに対する訴訟だけでなく、何十年も前の著作権を主張する人々が大量に出てきた」と話しています。)

 

The federal Copyright Act does have a three-year statute of limitations, but it’s a so-called “rolling” time limit that resets with each new infringement. That means every time “All I Want” is streamed, synched or sold, the clock restarts and someone like Vance can sue for damages over the previous three years of alleged wrongdoing.

(連邦著作権法には3年の時効がありますが、これはいわゆる「ローリング」タイムリミットで、新たな侵害が発生するたびにリセットされます。つまり、"All I Want "がストリーミング、シンク、販売されるたびに時効が再スタートし、ヴァンスのような人物は、不正行為の疑いのある過去3年分の損害賠償を求めて訴えることができるのです。)

 

“Given that Mariah Carey’s song is still actively being licensed and distributed, this means that any infringement claim related to that song may be brought,” says Paul Fakler, a veteran music litigator at the law firm Mayer Brown.

(「マライア・キャリーの曲が現在も活発にライセンスされ、配信されていることを考えると、この曲に関するあらゆる侵害請求が可能であることを意味します」と、法律事務所Mayer Brownのベテラン音楽訴訟弁護士であるポール・ファクラー(Paul Fakler)は述べています。)

 

Until recently, though, a separate time limit largely prevented cases like Vance’s from being filed. The doctrine of “laches” is a rule under the American legal system that says it’s wrong to bring lawsuits if you’ve waited so long that it makes it’s unfair to your opponent. Put another way: If you aren’t sued for many years, the court system deems it fair to assume that you’re in the clear.

(しかし、最近まで、別の時間制限によって、バンスのようなケースがほとんど阻止されていました。アメリカの法制度では、訴訟を起こすのに時間がかかりすぎて、相手にとって不公平になる場合は、訴訟を起こしてはいけないという "laches "という教義があります。別の言い方をすれば 長年訴えられなければ、裁判制度上は問題なしと判断されるのです。)

 

But in a 2014 decision over the rights to Raging Bull, the U.S. Supreme Court ruled that laches didn’t apply to copyright cases. The justices said that as long as someone sued within the Copyright Act’s three-year window, they could seek to recover damages for those previous three years. The high court even explicitly said it was fair game for copyright owners to wait for as long as they wanted in order to maximize their winnings.

(しかし、『レイジング・ブル』の権利をめぐる2014年の判決で、米連邦最高裁は、著作権裁判に「失効」は適用されないと判断しました。判事は、誰かが著作権法の3年間の枠内で訴えた限り、その前の3年間の損害賠償を求めることができるとしたのです。また、著作権者が、自分の利益を最大にするために、好きなだけ待つことはフェアな行為であるとさえ、高裁は明言したのです。)

 

At the time, legal experts warned that the Supreme Court’s ruling would likely lead to an explosion in years-old copyright claims. In the music industry, they were quickly proven right: Just days after the Raging Bull decision, the band Spirit accused Led Zeppelin of stealing the intro to 1971’s “Stairway to Heaven.” Later, U2 was hit with an infringement lawsuit over 1991’s “The Fly,” and Meat Loaf was sued over 1993’s “I’d Do Anything For Love,” among many others.

(当時、法律の専門家たちは、この最高裁の判決によって、何年も前の著作権に関する請求が爆発的に増えるだろうと警告していました。そして音楽業界において、それが正しかったことがすぐに証明されました。レイジング・ブルの判決のわずか数日後、バンド「スピリット」がレッド・ツェッペリンが1971年の「天国への階段」のイントロを盗用したと訴え、その後U2が1991年の "The Fly "で、ミートローフが1993年の "I'd Do Anything For Love "で侵害訴訟を起こされるなど、多くの事件が起きています。)

 

 (※和訳はDeepL翻訳に基づき、語尾等を一部変えています。)

映画『レイジング・ブル』に関する連邦最高裁の判断については、著作権法の判例一覧 (アメリカ合衆国) - Wikipediaに記載されています。これが引き金となり、昔の作品に対しても訴えを起こすことが可能となったわけです。

 

興味深いのが上記英語の記事。米ビルボードの有料会員向けに掲載されたものが、無料公開されているのです。それだけこの裁判が注目を集めているということもありますが、米ビルボードにおいてマライア・キャリーによる「All I Want For Christmas Is You」が大ヒットしていること、それも2010年代後半以降になって大ヒットに至りチャート上で極めて重要な曲になったことが無料公開、そして訴訟の要因かもしれません。

元来は1994年に発表されたマライア・キャリーによる「All I Want For Christmas Is You」。日本ではドラマ主題歌としてシングル化され大ヒットとなった一方、米ではラジオ向けシングルとなりながらフィジカル化されず、当時の米ビルボードのチャートポリシーに基づき総合ソングスチャートには登場しませんでした。それがデジタルの興隆により3年前に初めて頂点に立つと、現在まで計8週首位を記録しているのです。

この道のりについては上記ブログエントリーにて紹介しましたが、マライア・キャリーは米ビルボードの合算に関するチャートポリシーを巧く活用、またアドベントカレンダーの用意やショート動画の活用等様々な仕掛けを行っています。マライア・キャリーは時代に応じた音楽ファンの聴き方や接し方の変化、またチャートポリシーの変更をいち早く捉え、マーケティングに長けた結果が8週首位をもたらしたと言えるのです。

 

 

今回マライア・キャリーを訴えたヴィンス・ヴァンス & ザ・ヴァリアンツのアンディ・ストーンが、マライア・キャリー「All I Want For Christmas Is You」の大ヒット、そして今後のヒットの可能性を見越して訴えたならば、悪質だというのが私見。同名曲を許さないならば、アンディ側はすべてオリジナルのタイトルなのか、ヴィンス・ヴァンス & ザ・ヴァリアンツ以前の「All…」という曲に許可を得たのかも問うべきです。

 

曲の類似性を訴える裁判は、実際以前からみられます。個人的には、ロビン・シック feat. T.I. & ファレル・ウィリアムス「Blurred Lines」が訴えられた件を思い出しましたが、今回の「All I Want For Christmas Is You」についてはその時に似た気味悪さを覚えます。

大ヒット曲の利益を奪取可能なこと、他に似ている曲があっても大ヒット曲ばかりが訴えられる状況、また著作権関連の訴訟を得意とする弁護士の暗躍も背景にあることでしょう。そのような裏を読みすぎるのはどうかと思いつつ、やはりスッキリしない自分がいます。