一昨日発表されたビルボードジャパン上半期チャートについて取り上げた内容に多くのアクセスをいただきました。心より感謝申し上げます。
このエントリーでも触れましたが、ビルボードジャパンは下半期所有にソングスチャート(JAPAN HOT 100)のチャートポリシー変更を実施しました。具体的にはフィジカルセールス指標のウェイト減少(係数処理対象枚数の大幅な低下)を指すこの改定により、デジタルのみリリースの大ヒット曲がフィジカルばかりに強い曲の瞬間的な上位進出に阻まれ、週間首位を獲得できないという事態が大きく解消するものと捉えています。
これでますます、ビルボードジャパンが社会的ヒットの鑑になったと言えますが、このチャートポリシー変更については具体的な説明がほぼ成されていませんでした。
そんな中で昨日、ビルボードジャパンのチャートをディレクションする礒崎誠二さんが、今回の変更を断行した理由についてツイートされています。全文(すべてのツイートを)引用します。
久々に長文失礼します。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
今週はJAPAN HOT100の計算係数の大きな変更をしました。他社メディアさんでもニュースに取り上げて頂き、ありがとうございます。
今回の係数変更について検討を始めたのは昨年の5月頃からで、それは、私達の予想よりも、オーディオとビデオのストリーミング占有率が急激に大きくなり、これは緊急事態宣言によりシングル盤のリリースが延期になっていたことにまず起因しますが、
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
6月以降に再開されてもその傾向が維持され、20年度におけるストリーミングの売上増に伴う占有率の増大=「ヒット」感の変容が確実となりました。そのレシオのバランスが、現行で設定していたバランスのバッファーとは大きく違ってきていたため、係数設定変更の検討に入りました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
その後秋口にYouTubeデータに含まれるUGCストリーミング数を、新年度よりJAPAN HOT100から除外することが決定し、それがレシオバランスに与える影響が大きいことが予想できたため、20年12月のチャート新年度に計算係数の変更を取りやめました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
その後3ヶ月間の経過をみて、それを考慮して全指標の計算係数を3月初頭に微調整しました。その変更によるレシオバランスの変動を追いながらも、なおバランスの適正化を図る必要は変わらず、5月には変動係数の候補をいくつか絞り込んでいました。その局面で私は逡巡しました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
地上波TVを中心にオンエアされる楽曲の浸透や、実際に大きな金額を売り上げるフィジカルの影響、ストリーミングの急伸等を考慮して複合チャートのレシオバランスを設定していくわけですが、今回の変更が与える影響が大きいことは明らかで、それによる反発または黙殺が優に予想できたためでした。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
新データの合算が開始されること、年度半期の折り返し点であることから、6月2日公表からの新変数導入が最適であることは明らかでしたが、その前日に至っても私の逡巡は治らず、チャートチームの会議にてスタッフに経緯を総括し、考えうるリスクを具体的に挙げ、
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
今後のジャパンチャートを担う立場として各々意見を聞きたい、と話しました。様々な意見が出る長い会議でした。結論はGO。このチャートは今後のマーケットの変化を見据え、かつユーザーの目線に立つべき、というヒットチャートの原点を私に再び想起させてくれた会議となりました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
若いチームスタッフに背中を押され、翌日新係数によるチャートの公表に踏み切りました。ブランドアイデンティティは、ゆっくりとですが確実に、若い彼らに引き継がれていきます。昨年来、彼らが始めた色々な試みが、成功や失敗の経験を彼らに数々もたらすことでしょう。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
出来得るならば、皆様には長い目で彼らを見守って頂きたいと、色々あった1週間の週末に、彼らが話すポッドキャストを聴きながら思いました。
— isozakiseiji (@isozakiseiji) 2021年6月5日
本当に予想外の長文となり失礼しました。でも、書いておきたい、と思ったのです。https://t.co/XkBJFLl4Ui
記していただいたことに感謝申し上げます。この変更は極めて大事であるゆえ、文章での説明が必要だったと考えていた身として勝手ながら安堵しています。
いわば断行とも言える今回のチャートポリシー変更を強く支持します。その理由は以前からブログで記していますが、チャート分析および日本でほぼ唯一予想を行うあささんが一足早く表明されております。あささんによる一連のツイートはこちらになりますが、今回最も共感した部分を引用します。
もし、上記説明をしても、根拠のある反論がないまま感情的な反発・黙殺が生じた場合は、反発・黙殺する側に問題があります。幸い、今はネットの発達で理不尽な状況には声を上げやすくなっています。もし今後こうした反発・黙殺が生じても、真摯に毅然と説明を繰り返せば、必ず一定の支持は得られると→
— あさ (@musicnever_die) 2021年6月5日
礒崎さんの言葉で特に強く考えさせられたのは『今回の変更が与える影響が大きいことは明らかで、それによる反発または黙殺が優に予想できた』でした。たしかにフィジカルセールスに強い歌手のファンの一部から強い反発の声が挙がっていますが、黙殺が想起できる状況に対し、日本で旧態依然の圧力およびそれを過度に配慮した忖度が未だまかり通っていることを痛感させられます。
一方で、あささんの仰るように反発や黙殺はそれを平然と行う側の理論を排した稚拙と言える態度にこそ問題があります。そしてネット環境の醸成がそれらを浮き彫りにさせています。ゆえにビルボードジャパンが毅然と対応すること、きちんと説明を行うことが重要だと思うのです。
日本においてとりわけ欠けているのが声を上げること、およびその重要性が共通認識となっていないことだと感じています。ビルボードジャパンによる今回のチャートポリシー変更を支持するならばきちんと明言し、想像可能な反発や黙殺を生みにくい状況を作り上げることが重要なのです。
音楽好きの自分は、その音楽を享受できない可能性が生じた2004年の著作権法改正法案について、同年春から夏にかけて注視していました。結果的には輸入盤CDを規制可能な法案が成立してしまいましたが、音楽業界の方や音楽好きの方々の声は一部政治家を動かしたのみならず、成立直後にはタワーレコードとHMVが法律の悪用を許さないことを共同宣言するに至りました。この宣言は”監視”と呼ぶに相応しいものです。
音楽評論家の高橋健太郎氏は「2社が水面下で精力的に活動してきたことには敬意を表する。法案に付帯決議がついたことは2社の力が大きい」とコメント。
(中略)
高橋氏は「2社の声明にもあったが、今後の動きを厳しく注視していくことがこれから一番重要なことだ」と指摘。
・タワーレコードとHMVジャパン、洋楽輸入盤の販売継続に関する共同声明 - BB Watch(2004年6月8日付)より
最終的には、ごく稀におかしな動きはみられたものの、しかし輸入盤CDの規制という事態には至りませんでした。これはタワーレコードとHMVの宣言、また2社の反対表明が著作権法改正法案に付帯決議をつけさせたことが大きく影響しています。音楽関係者や音楽好きの声が一部ではあれど政治(家)を動かしたこと、そして監視することの重要性を自分はこの問題から強く感じることができました。ゆえに自分の原体験となっており、声を上げる姿勢を採るようになりました。
(なお当時のブログエントリーは移設した上で残しています。)
新型コロナウイルスに関する問題が最も分かりやすいと言えますが、不条理をあらわにする者の自己保身が社会問題の根本にあるものと捉えています。これは問題の大小に関わらず形は同じと考えており、著作権法改正問題においては改正賛成を唱えた者が時代の変化でCDが売れなくなったことを別の形でカバーしようとせずにCDの売上にばかり固執することが背景にありました。当時導入されていたコピーコントロールCD共々、消費者をあたかも犯罪者予備軍とみなしたその都合のいい理念は、絶対に許してはならないものでした。
今回取り上げたビルボードジャパンのチャートポリシー変更で反発や黙殺が生まれるならば、それはその影響を過度に受ける側の不条理が起こさせかねないと思うのです。しか過度に影響を受ける側も、フィジカルセールス指標のウェイト減少がいつかは起きることは想定できたのではないでしょうか。だからこそ、影響を受ける側の歌手のファンからは一部に反発があったものの、より多くの納得や同意、そして歌手や芸能事務所側へのデジタル拡充への願いが記されていると感じています。
その流れに安堵する一方で、しかし反発と黙殺の可能性はゼロではありません。それがエンタテインメント業界だから(仕方ないよね)という声が一部にみられましたが、それは結局その人の旧態依然の価値観の押し付けでしかありません。
声を上げることが未だ格好悪いとされるであろう社会においてきちんと支持を表明すること、想定される問題点には前もって指摘し、実際に起きた場合は反対を伝えること等が必要。その声が多くなるほど不条理は起きにくくなり、そして支持をいただいた側の自信を強めていくのです。著作権法改正法案の成立過程を間近で見てきた者として、強く断言します。
自分は今後もビルボードジャパンソングスチャートを追いかけていきます。ますます社会的ヒットの鑑になったのですから尚の事です。他方で同チャートに対する違和感についても、合算基準の明確化や昨日配信のポッドキャストにおける表現問題等、きちんと表明していきます。ポッドキャストへの意見表明はこちらのツイート以降連投しています。
不条理の可視化のみならず、ひとりの声が社会を変えるきっかけになり得る時代をネットが作り上げたのですから、支持や意見表明は有益です。ただし、声を上げる際には無礼な言葉を使わないことが絶対に必要です。