特大ヒットが生まれた後に"一発屋"や"あの人は今?"と揶揄されることは、これからの時代は減ることでしょう。SNSで自身の存在を示すことができますし、また今の時代はフィジカルセールスがなくともヒットが生まれ、またひとつのヒットが他の曲の勢いにも波及することから、一発屋と称するのは無理があるものと考えます。
米ビルボードソングスチャートにて、ビリー・レイ・サイラス加勢効果も相俟って最長不倒となる19週連続首位を獲得した「Old Town Road」により、リル・ナズ・Xにも一時的に"一発屋"という称号が与えられそうになったかもしれません。
しかしこのリル・ナズ・X、新曲が次週のチャートを制する勢いです。
3月26日にリリースした「Montero (Call Me by Your Name)」が、日本時間の4月6日に発表される4月10日付米ビルボードソングスチャートを制するだろうと複数の予想家が指摘しています。
Hot 100 - Early Predictions pic.twitter.com/ya5YYRrhp5
— Winston (@WinstonNuo) 2021年3月31日
Billboard Hot 100 Mid-Week Predictions (Apr. 10, 2021) pic.twitter.com/a34ePEOKVm
— Talk of the Charts (@talkofthecharts) 2021年4月1日
さて、この盛り上がりには2つの問題が大きく影響しているかもしれません。「Montero (Call Me by Your Name)」が問題視されるひとつの理由は、この曲のリリースタイミングで販売された靴が訴えられたこと。ナイキのロゴが入っているこの靴、実際はナイキに無許可で販売されたものなのです。
『ミッドソールに赤いインクと人間の血の滴を加えた』というこのサタンシューズ(『』内は上記記事より)。人間の血云々が事実かは不明でも、趣味や気味が悪いと思われかねません。上記記事にもあるように、バスケットボール選手のニック・ヤングがナイキに不快感を表明しているのはその際たるもの。
My kids will never play Old Town road again.. I’m still debating about wearing @Nike after this come nike a drop of blood for real
— Nick Young (@NickSwagyPYoung) 2021年3月28日
MSCHF社には『かつてナイキのエアマックス97を、聖職者に祝福されたヨルダン川の聖なる水を詰めたスニーカーに変身させ、「ジーザスシューズ」としてを一足3000ドルで販売した』過去があります(『』内は上記記事より)。ともすればリル・ナズ・Xは、今回の靴についてここに着想を得たのかもしれませんが、訴えられた直後のリル・ナズ・Xのツイートからは、彼が反省しているのか疑問を抱く自分がいます。
pic.twitter.com/m0R2Fa3dRU https://t.co/4sVit8vbKY
— nope 🏹 (@LilNasX) 2021年3月29日
me after the nike lawsuit pic.twitter.com/XVLjHlSrru
— nope 🏹 (@LilNasX) 2021年3月29日
"謝罪"と称した動画も挑発且つ曲のプロモーションへとつなげており、ともすればこのような姿勢が訴えられた側の心象をさらに悪くさせるかもしれません(なお、動画は年齢制限が設けられている模様ゆえ、YouTubeにてご視聴ください→こちら)。"謝罪"の内容について、そして彼に寄せられた批判については下記ビルボードジャパンの記事が分かりやすいです。
「Montero (Call Me by Your Name)」が問題視されているもうひとつの理由は、この曲が同性愛をテーマにしたこと。この曲の意味についてはソニーミュージックのホームページに記載されています。
🏹#リル・ナズ・X 最新曲🏹
— ソニーミュージック洋楽 (@INTSonyMusicJP) 2021年3月26日
2021年最初のシングル「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」が解禁!
14歳の自分へ宛てたメッセージも話題に🌈
ギリシャ神話の要素がふんだんに盛り込まれたキャリア史上最も赤裸々で自身に満ち溢れた豪華MVにも注目🥰
☞https://t.co/2ZsdKQXTM9#lilnasx pic.twitter.com/Aa0k95g9Ey
同性愛自体が未だ保守派から非難される対象であり、今回の曲でも同種の構図が生まれています。同性愛の権利を未だ認めないことや夫婦別姓も頑なに拒む日本の姿勢に似ていると思うのは自分だけでしょうか。とはいえ、この同性愛非難(批判の言葉が道理ではないこと、また発し手の言葉に乱暴さ等がみられるゆえ、この件は批判ではなく非難と捉えています)に対しては、リル・ナズ・Xは的確に反論しています。
リル・ナズ・Xは「Montero (Call Me by Your Name)」について、『異性間のこういう歌詞が普通にあるように、同性のことでも同じように歌うことを普通にしたい』と表明しています(『』内は上記記事より)。これを聴いて自分が思い出したのがカーディ・B feat. メーガン・ザ・スタリオン「WAP」。女性がセックスを謳い昨年米ビルボードソングスチャートを制したこの曲への非難も、同様に保守派(もしくは、時代錯誤の考えを頑なに変えようとしない者)が主体となっていたものでした。音楽ジャーナリストの高橋芳朗が紹介しているnoteで、「WAP」における論争を確認できます。
🏆ビルボードが選ぶ恒例の「Woman of the Year」、今年の栄冠はカーディ・Bに。女性ラッパー初の受賞のきっかけになった大ヒット曲「WAP」が巻き起こした騒動の詳細はこちらを!
— 高橋芳朗 (@ysak0406) 2020年12月2日
単なる下ネタ? それともフェミニズム? カーディ・Bの全米1位曲「WAP」をめぐる政治論争https://t.co/xH43jra729 pic.twitter.com/YUrfqxTfrP
カーディ・Bは先月、その保守派への"感謝の意"を表明しています。
同性愛者や女性がセックスを謳うことで自らの権利や自由を訴えんとする海外エンターテイナーの姿勢を個人的に強く支持します。そして、さすがに靴の件は問題と思いつつ、しかしながら楽曲のプロモーションを様々な角度から行うリル・ナズ・Xの姿勢はさすが「Old Town Road」をヒットに導いただけのことはありますし、以前ニッキー・ミナージュのファンアカウントを運営したこともあってどうすればバズを起こせるかを熟知しているものと捉えています。事実、米のSpotifyデイリーチャートでは初登場から6日連続で再生回数が上昇、そして次週の米ビルボードソングスチャート制覇を目前としているのです(この曲のSpotifyにおける動向についてはこちらで確認できます)。
どうすればバズを起こせるかという点において、イアン・ディオールを迎えた「Mood」が米ビルボードソングスチャートで8週首位を獲得した24Kゴールデンが先週公開されたインタビューで語ったことは非常に重要な指摘と言えます。
「自分の曲をソーシャル・メディアでプロモートしないなんて、怠け者か、無知のどちらかだよ」
— ソニーミュージック洋楽 (@INTSonyMusicJP) 2021年3月31日
イアン・ディオールとの「Mood」が8週全米1位、弱冠20歳の新世代アーティスト=24kゴールデンのインタビューで成功の秘密が見えてくる✨ https://t.co/C5xJHPUH5z
リル・ナズ・XはTikTokも駆使して「Montero (Call Me by Your Name)」をプロモーションしています。これが今のヒットを作る礎であると実感すると共に、一足早く仕掛けの重要性に気づき「Old Town Road」の新記録樹立につなげたリル・ナズ・Xを"一発屋"で片付けることが如何に早計であり、24Kゴールデンの言葉を借りるならば"無知"であるか、痛感せざるを得ません。そう称したい側にこそ穿った見方がないかを自問自答する必要があると思うのです。