間もなくビルボードジャパンの2020年度年間チャートが発表されます。このブログではビルボードジャパン各種チャートが発表される4日金曜、チャートを踏まえた今年の日本における音楽業界のトピック(ヒットの傾向)を取り上げますが、今回はそれに先駆け、【今年のソニーミュージックの強さ】について取り上げます。この強さは、弱点の克服、そして考え方の転換に伴うものです。
ソニーミュージックについては米津玄師「Lemon」が一昨年、昨年と2年連続でソングスチャートを制する等、以前からヒットが多かった一方、その米津玄師さんはサブスク解禁を行っておらずストリーミング指標が加点されない状態が続いていました。尤も「Lemon」は当初、プチリリによる歌詞表示によってストリーミング指標でも加点されていましたが、ストリーミングサービスの興隆により歌詞表示だけでは300位以内に入らなくなったものと捉えています。
『鬼滅の刃』テレビアニメ版オープニング曲のLiSA「紅蓮華」は、映画効果で再注目されトップ10内に返り咲く等ロングヒットを記録していますが、同曲のミュージックビデオがショートバージョンの公開であり動画再生指標が強くありませんでした。また米津玄師さんが手掛けたFoorin「パプリカ」についてはそのミュージックビデオ公開元がNHKのYoutubeアカウント発であったためか、動画再生指標の加算条件となるISRC(国際標準レコーディングコード)が付帯されておらず億単位の再生回数を加算できていないことで、ソニーミュージックの動画公開に対する疑問を抱いていました。実はISRCは後からでも付帯可能なのですが、それをNHK側に伝えていないのか取りこぼしが続いており、これらチャート上における漏れは昨年の『NHK紅白歌合戦』効果がチャート上に大きく反映されなかったことからも明らかでした。
つまり、昨年までのソニーミュージックにはそのような弱点があったのです。いや、この傾向は今年上半期の総括のタイミングでも述べていたことでした。
そのソニーミュージックが大きく変わりました。そのことはLiSA「炎」ひとつをとってもよく解ります。「炎」はCDリリース週の月曜に音源を解禁すると、火曜にミュージックビデオをフルバージョンでアップしたのです。「炎」は首位登場からわずか6週で年間ソングスチャートトップ10入りを果たす位置にいますが、仮に月曜(すなわりビルボードジャパンソングスチャートの集計開始日)に解禁せず、またミュージックビデオをショートバージョンでアップしていたならば、年間ソングスチャートトップ10入りを逃したと考えます。「炎」の解禁スケジュール等施策は下記にまとめています。
CDリリース週の金曜には一発録りをコンセプトとしたYouTubeチャンネル、THE FIRST TAKEにて「炎」を披露。このTHE FIRST TAKEの運営元は明らかになってはいませんが、出演歌手のリストからソニーミュージックであることはほぼ確実です。
THE FIRST TAKEから配信に至ったDISH//「猫」はオリジナルバージョンもフックアップされヒット、そして同チャンネルで最も大きな話題となったのはこちらもLiSAさんによる「紅蓮華」。現段階で8700万以上の再生回数を誇ります。先に紹介したミュージックビデオ短尺版の現段階における再生回数は6500万強であり、THE FIRST TAKEの評判もさることながらやはりフルバージョンか否かが再生回数の伸長に大きく左右することは間違いないでしょう。
先述した「Lemon」も含め、今年8月5日に米津玄師さんの楽曲がサブスクにて解禁され、同日リリースされたオリジナルアルバム『STRAY SHEEP』も同様にサブスク解禁されています。アルバムからは先週、是枝裕和監督による「カナリヤ」ミュージックビデオも公開されましたが、こちらもフルバージョンとなっています。
「炎」のミュージックビデオフルバージョン解禁、『STRAY SHEEP』のリリースと同時にサブスク解禁したことはソニーミュージックの大きな転換点と考えます。それはすなわち、CDセールスに絶対的な重きを置かなくなったということではないでしょうか。これまではシングルCDがリリースされる場合、表題曲のミュージックビデオはCDに同梱される映像盤に収録されるためにミュージックビデオはあくまでCDの販促品という意味合いが強かったと思われます。サブスク解禁もリリースから時間を置いたほうがCDセールスが伸びる、言い換えればサブスク解禁がCDセールスを阻害するという考えが以前ならばあったのかもしれません。
ソニーミュージックがCDセールス最優先という姿勢を手放し、フィジカルもデジタルもひっくるめてきちんと解禁するという方向転換は、受け手に幅広い選択肢を与えることに繋がります(ただし、シングルCDのレンタル解禁日をアルバムと同様17日後に設定する傾向があることには引っ掛かりを覚えるのですが)。そしてそれがゆくゆくは所有指標への移行も促すだろうことは、先の「炎」および『STRAY SHEEP』のCDセールスの推移、落ち込みの緩やかさからもみえてくると言えます。
このソニーミュージックの方向転換を生んだひとつのきっかけはKing Gnuでしょう。「白日」が昨年のビルボードジャパン年間ソングスチャート4位に入り、今年はじめにリリースされたアルバム『CEREMONY』もまた今年のビルボードジャパン年間アルバムチャートでトップ5入りが期待されます。彼らはデジタル解禁をきちんと実施し、アルバムリリース直前にリード曲に据えた「Teenager Forever」はミュージックビデオ、テレビ番組でのパフォーマンス共々話題となりました。
そして、さらなる成功例がYOASOBI「夜に駆ける」。彼らは、そのソニーミュージックが手掛ける芸術系SNSのmonogatary.comを機に結成。YouTubeやTikTokといった動画で人気になり、さらにはTwitterでのエンゲージメントの巧さにより人々を惹き付け、コアなファンに昇華させているのです。彼らの成功については以前ブログで記載しましたが、年間ソングスチャートを制するとなるといよいよ彼らのアプローチ、そしてソニーミュージックの方向転換は他のレコード会社のお手本になることは間違いありません。というより、そもそもの話として「白日」「夜に駆ける」共にシングルCDは出ていません。
King Gnuはインディからソニーミュージックに移籍、米津玄師さんはユニバーサルからの移籍組。以前は移籍組が少なく、自社でデビューしても他レコード会社に放出することが多かったイメージでしたが、積極的に受け入れる姿勢に変わったと言えるでしょう。THE FIRST TAKEにおいてインディ在籍の歌手を招くことで自社への誘導につなげているだろう点においても、THE FIRST TAKEのソニーミュージックにおける存在意義を感じます。
ソニーミュージックの姿勢の転換から、先週公開された渡邊貴志さんによる”元本と利回り”のnoteを思い出しました。ソニーミュージックにおいては元本を増やすことにシフトした結果の今年だと捉えています。
今年はコロナ禍の影響でCDショップが自粛を余儀なくされ、イベントも行えないことでとりわけシングルCDセールスに長けた歌手の作品がリリースされたとしても売上キープに至りにくい状況が生まれていました。
これはソニーミュージックに所属する坂道グループも同様で、シングルリリースが例年より少ない一年でしたが、彼女たちが今年後半リリースを回避したことで得られなかった利益を、今回のエントリーで取り上げた歌手がカバーしているといっても過言ではないでしょう。
明後日発表されるビルボードジャパン年間チャートで、ソニーミュージック発の作品がどれほどを占めてくるのか、非常に楽しみです。