イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

【ビルボードコラム】音楽チャートのチャートポリシー変更は、ライト層の支持がより重要という設計思想の反映である

月曜は不定期で、日米およびグローバルのビルボードチャートに関するコラムを書いています。これまではソングスチャートにおける各指標の解説、日米ビルボードに対するチャートポリシー変更希望、ビルボードジャパンの知名度向上案やグローバルチャートにJ-Popを轟かせる方法、チャートを踏まえた『NHK紅白歌合戦』出場予想や希望等を記しました。ビルボードコラムは下記リンク先からご確認ください。

 

今回は、チャートの変革理由について記載します。その多くが、ライト層の支持がより重要であり、またコアなファンの熱量(熱意による成果)をダイレクトには反映させにくくするためのものと言えます。

 

 

・コラム記載の背景、そしてSKY-HIさんの思い

共に11月3日フィジカルデビューを果たしたINIとBE:FIRST。明後日発表の11月10日公開(11月15日付)ビルボードジャパンソングスチャートでの首位争いが展開されています。

以前両者(および11月12日デビューのなにわ男子を加えた3組で)のチャートアクションについて紹介したところ、両者のコアなファンの方々から多数のリアクションをいただきました。心より御礼申し上げます。

INI「Rocketeer」およびBE:FIRST「Gifted.」については、先ヨミと題した速報記事の公開、そしてビルボードジャパンソングスチャートの予想を行うあささん(Twitterアカウントはこちら)等の分析以降、コアなファンの熱量はさらに高まっている印象があります。熱を注げる対象があることを羨ましく思うと共に、しかしその熱量が強すぎることに不安を抱く自分がいます。

このタイミングでハフポストの記事が公開され、BE:FIRSTを世に送り出したオーディション、THE FIRSTを主催したSKY-HIさんの言葉に、強く同意した次第です。

また、ビジネスである以上仕方のない部分もあるのですが、売上や再生回数を伸ばすなどの『数字を上げる』ための施策があまりにも当たり前に行われている。ファンの射幸心や競争心を煽っても最終的にはあまり幸せになれないのではないかと自分は考えているんですが、ファンの方々がそういった取り組みについてどこまで楽しく許容してくれるのか正確には理解できていない部分も大きいです。

ファンの方々がそれぞれの形で応援してくださるのはありがたいのですが、それによって経済面や精神面で摩耗してしまうようなことがあるとやっぱり不健康だと思うんです。全員が自分の意思でやっていることなのでもちろん否定はできないですが、音楽を聴いたり応援したりして得られる幸せが即時的なものなのか、人生において学びや気づきをくれる持続的なものなのか。後者の方が美しいし、そういうものを提供したいというのが自分の考え方です。

取材担当者は記事公開の後、総括的な意味で『エンターテイメントを数字でしか語れないのは「下品」であり「教養の欠如」』と語っていますが(ツイートはこちら)、SKY-HIさんが仮にそのようなことを思ったとして、ネガティブで無礼な言葉は絶対に用いないのではと思うのです。そして現在の音楽チャートは、コアなファンの熱量ばかりが強いヒットは大ヒットに至りにくい状況へと変革を繰り返しています。

 

 

ビルボードジャパンソングスチャートのチャートポリシー変更

ビルボードやそのシステムを用いたビルボードジャパンの音楽チャートは複合指標に基づき、時代に応じた音楽の触れ方や聴かれ方に倣い変革を続けています。2008年にはじまったビルボードジャパンソングスチャートは当初フィジカルセールスとラジオの2指標でしたが現在は8指標で構成され、接触指標群の存在感がより大きくなっています。

 

そのビルボードジャパンでは今年度既に4度のチャートポリシー変更を実施していますが、最も大きいと言えるのがフィジカルセールス指標のウエイト減少でしょう。2017年度に一定枚数以上の売上に対し係数処理を初めて適用したことで、たとえば週間売上がミリオンを達成したとしてもポイントにはそのまま反映されなくなりました。

これで年間チャートにおけるフィジカルセールスに強い歌手の寡占状態はほぼなくなりましたが、しかし週間チャートでは、フィジカルセールスばかり強い曲が他指標を伴わないために翌週急落するとしても首位の座を代わる代わる獲得し*1、デジタルに強い曲がきちんと首位に至れない状況が続いていたことから*2ビルボードジャパンは2021年度下半期(第3四半期)初週にさらなるウエイト減少を実施しています。

具体的な枚数は明示されていませんが、係数処理適用開始時は30万枚だった対象枚数が、今回10万枚に引き下げられています*3。このチャートポリシー変更が適用された2021年6月2日付にて、日向坂46「君しか勝たん」が50万以上のフィジカルセールスを獲得しながら登場2週目(且つ初の集計期間1週間フル加算)のBTS「Butter」に敗れました。インパクトの大きさもあり、チャートポリシー変更の認知拡大につながっています。

 

フィジカルセールスにおけるイベント参加券封入等の”商法”を快く思わない方は少なくありません。チャートポリシー変更で不利になった商法等の施策を適用する歌手に対し、それみたことかと執拗な非難を繰り返す方も見受けられますが、個人的には無理をしない範囲であれば複数枚購入は自由な行動と言えます。

大事なのは、ユニークユーザー数(実際の購入者数)と大きく乖離したフィジカルセールスを音楽チャートにそのまま反映させてはいけないということです。歌手側や変革しない音楽チャートへの非難や揚げ足取りではなく、ビルボードジャパンソングスチャートがコアなファンの頑張りによる影響力を重視しなくなったことにきちんと評価することこそ健全であり、今後のチャート変革に際し背中を押す力にもなることでしょう。

 

またビルボードジャパンは、今年第4四半期となる9月8日公開(9月13日付)でラジオ、ルックアップおよびTwitter指標のウエイトを変更しました。少なくともルックアップおよびTwitter指標はウエイト減少の措置が採られています。

ルックアップ指標とはパソコン等にCDをインポートした際にインターネットデータベースのGracenoteにアクセスされた数を指します。ルックアップはユニークユーザー数やレンタル数の推測を可能とするものですが、購入したCDを様々な機器に必ず取り込もうという呼びかけがTwitter上で顕著となり、おそらくはそれにより一部歌手のルックアップ数が極めて高くなっていたと推測されます。

Twitter指標においてもコアなファンの呼びかけが徹底されてか、ひとつのツイートに一組の歌手および複数の曲名が併記されているものが散見されます。一方で、脈略のあまりないところにもツイートが登場する傾向が目立ち*4、さらにはTwitter指標対策専用アカウントまで用意されています。ルックアップやTwitter指標のウエイト減少は、コアなファンの頑張りによって生まれる効果を抑制させたと言っていいでしょう。

 

そう書くと、まるでビルボードジャパンはコアなファンを大事にしていないという非難が登場するかもしれません。しかしながら現在ロングヒットしている曲はストリーミングや動画再生等接触指標群で長く支持されている作品であり、それらの認知度が高いことは『ミュージックステーション』(テレビ朝日)で年末恒例となった“今年の1曲ランキング”等からもよく解ります。昨年分は下記ブログエントリーをご参照ください。

また、Twitter指標を伸ばそうとして脈略もなく突如歌手名や曲名を掲載するパターンは、コアなファンの連帯感を生んだとしてもライト層を引かせかねず、またコアなファンの中にも疑問視する方がいらっしゃるはずです。その熱量を、ライト層を拡げるための施策立案につなげるほうが圧倒的に健全であり、未来のためになるでしょう。ライト層の充実はストリーミングや動画再生といった接触指標群の充実につながります。

 

この接触指標群をコアなファンの熱量で伸ばしたいという考えが生まれたとして、まず動画再生指標ではYouTubeにおいて独自のカウント方法が用意されています。これは星野源さんが紹介されていたことですが(下記書き起こし参照)、1日に何度再生してもそのまま反映されるわけではありません。

一方で、ストリーミングにおいては再生分がそのまま反映されますが、それを活用したキャンペーンがここ最近目立っています。それがLINE MUSIC再生キャンペーン(LINE MUSIC再生回数キャンペーン)です。

LINE MUSIC再生キャンペーンは、ロケットスタートが生まれにくいストリーミング指標の好発進につながり、最近では同指標でトップ10入りする曲も増えています。LINE MUSICにとっても他のデジタルプラットフォームとの差別化を図ることが可能。そして、おそらくはフィジカルセールス指標のウエイト減少を踏まえてでしょう、同指標に強い曲がキャンペーンも採り入れる傾向が強まっています。

しかし、キャンペーン終了後には大半の曲が大きくダウンし、ストリーミング指標において通常ではあり得ない急落が発生、総合ソングスチャートでも急降下を果たしてしまうのです。総合ソングスチャートとの乖離が小さく、社会的ヒットに至る作品が強いこのストリーミング指標が、キャンペーンの影響で乱高下するのは果たして健全でしょうか。

 

フィジカルセールス指標の影響力を弱めたビルボードジャパンは、次にこのLINE MUSIC再生キャンペーンについてもメスを入れるべきだと考えます。そのメスの入れ方をどうするかは悩みどころですが(キャンペーン対象曲のみウエイトを下げるかそれともLINE MUSIC全体を落とすか等)、しかし総合ソングスチャートの記事の表現を踏まえれば、ビルボードジャパンは当該キャンペーンの影響力や問題を十分把握しているはずです。

そしてもっと根本的な問題として、日本の音楽業界は海外に比べて新曲のサブスクにおける初動が鈍いのが現状です。LINE MUSIC再生キャンペーンに頼らずとも、日本の音楽業界全体が新曲をサブスクでチェックしてもらう習慣を定着させる(べく議論する)ことを強く望みます。

 

 

・米ビルボードソングスチャートのチャートポリシー変更

一方で、サブスクの浸透度が日本より高いアメリカでも、コアなファンの熱量が大きく反映された手法に米ビルボードがメスを入れています。

歌手のホームページで販売されるフィジカル(CD、レコードおよびカセットテープ)を発送段階ではなく購入段階で売上に反映させ、且つフィジカルが届くまでの間に楽しんでもらうべく用意されたデジタルダウンロードもカウント対象とするのがフィジカル施策とこのブログで呼んでいた手法です。

このフィジカル施策についてもファンの熱量が重要になりますが、あくまで私見と前置きして書くならば、米ビルボードソングスチャートの重要性を意識している歌手側がチャート制度の隙間を見つけ、ファン心理を上手く利用した施策だと感じています。ファンが自発的に支えるという以上に、歌手側の巧みな戦略が功を奏したという印象です。

2010年代後半に顕著になったフィジカル施策は、米ビルボードの3つの指標のうち影響力がさほど高くないダウンロード指標の増幅を招きましたが、施策実施曲が首位獲得の翌週に急落しトップ10入りがわずか1週という状況も散見されました。この首位という称号の形骸化と言える状況を踏まえ、米ビルボードは昨年秋にフィジカル施策を実質無効化するチャートポリシー変更を実施しています。

 

 

・音楽チャートは首位という称号の形骸化を防ぐために変革を続ける

この“首位という称号の形骸化”こそビルボードジャパンで常に課題となっているものであり、チャートポリシー変更を続けるのはそのためと考えます。そしてその形骸化の原因が、コアなファンの熱量が強い一方でライト層を伴っていないことにあるのではないでしょうか

そう書くと、フィジカルセールスに強い歌手やそのコアなファンの方々からは非難の声が生まれるかもしれませんが、今年度のビルボードジャパン週間ソングスチャートで首位および2位に入った曲の指標構成や翌週の推移、さらには昨年度における年間チャートの総合とフィジカルセールスの順位の乖離をみれば、言わんとすることが解るはずです。

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ただ、今年度下半期(第3四半期)のチャートポリシー変更を踏まえても、フィジカルセールスばかりが強い曲の総合首位獲得→翌週急落という傾向がそこまで是正されているわけではありません。ならばフィジカルセールスのさらなるウエイト減少を実施すべきではないかという提案も書き添えておきます。

 

 

今回の内容について、その大半は以前にもブログに記載しています。

しかしながら次回のビルボードジャパンソングスチャートにおけるコアなファンの熱量、そして現在のチャートポリシー下においても週間フィジカルセールス10万を超える作品が総合首位を獲得しながら翌週急落しがちな状況を踏まえ、あらためて提示しました。ビルボードジャパンソングスチャートにおいては、完全とは言えないまでも社会的ヒット曲の鑑に成ってきているということも、きちんとお伝えした次第です。

 

 

・コアなファンの熱量はどこに向ければいいか、そのひとつの提案

真の社会的ヒット曲の条件を踏まえ、コアなファンの方々にはその熱量をより広い視野へと向けてほしいというのが自分の願いです。

『ロングヒットでメディアや世界の音楽ファンが無視できない状況にする』と書いたのには理由があります。INIやBE:FIRST等の男性ダンスボーカルユニットについては、メディア(特に『ミュージックステーション』や『CDTVライブ!ライブ!』)の冷遇が予想されます*5。これは「CITRUS」でストリーミング1億回達成を記録したDa-iCEが、にもかかわらず同種の状況が続いていることを踏まえれば、容易に想像できることです。

チャート上でロングヒットに至れたならば尚の事、番組側へのコアなファンの出演希望の呼びかけは説得力を有します。しかしながらメディアが持ち合わせているであろう枷を打破するには、その枷があることをおそらく想像しながら仕方ない等と見て見ぬ振りをする、そしてそれこそが正しい態度だとする括弧書きのオトナを目覚めさせ、枷を取り払わせんとする監視の目(味方)を増やす必要があるというのが私見です。

(この考えは、政治や社会問題等にも共通するのではないかと考えています。)

ライト層を自発的に目覚めさせる手法を、コアなファン同士が議論して生み出すことを切に願います。自分は音楽業界を枷なき理想形に近づけるために、気付きを与え自発的に動いてもらうべく、日々ブログを更新し続けていますし、今後も続けていきます。ただしそのためには、決して非難や汚い言葉は用いてはいけません。真っ直ぐな言葉で批判と提言を行うほうが圧倒的に好いことを付け加えておきます。

*1:この”フィジカルセールスばかり強い曲”ほどライト層を獲得せず、コアなファンの熱量が主体になっていると考えます。

*2:たとえばBTS「Dynamite」や優里「ドライフラワー」は一度として週間チャートを制していません。

*3:推測ではありますが、あささんをはじめとするチャート予想や分析実施者が、この数字で間違いないとの見方を示しています。

*4:一例として、グループのメンバーがドラマに出演した際、ドラマ主題歌を担当していないにもかかわらずその方が登場するたびにグループ名と最新曲のタイトルを感想等に併記するという手法が目立ちました。

*5:なおINIは、『CDTVライブ!ライブ!』には既に初出演を果たしています。