イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

今の演歌の販売手法の問題を踏まえ、再興のためのデジタル推進を提案する

今年の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合ほか)の出場者決定後、出場/落選組についてこのような私見を記載しました。

新顔が登場しない、飛び抜けたヒットがない、ヒットした作品に"複数種同時×数カ月後に2回目、3回目発売"が多く売上枚数のユニークユーザー数が見えない、そもそもシングルCDセールス指標以外に飛び抜けた指標が存在しない…これらを踏まえると演歌歌謡曲は、コアなファン以外の支持を得られない限り縮小傾向に歯止めがかからないでしょう。

この演歌界の状況を、今年演歌界で最もヒットしたとされる氷川きよしさんのシングルからみてみます。

氷川きよしさんの今年のシングル「大丈夫」「最上の船頭」のダブルAサイドシングルの発売イベントが一昨日開催されました。

この見出しでも解るように、今回がこのシングルCDの7~9種類目。

同シングルのジャケット写真とカップリング曲が異なるA・B・Cタイプが3月12日に、D・E・Fタイプが8月27日に発売。それに続く今回のG・H・Iタイプで、カップリング曲は、Gタイプが演歌「天地人」、Hタイプがバラード「恋初めし(こいそめし)」、Iタイプがロック「確信」で、もう1曲のカップリング曲は、9月6日に開催した大阪・大阪城ホールでも歌唱された「hug」が3タイプすべてに収録。

・上記記事より

 今回のイベントでは、3種類独自および3種類共通のカップリング曲も披露されており、シングルCDを購入してほしいとの思いが伝わってきます。

さて、カップリングが異なる仕様は、たとえばアイドルにおいては常套手段と言えます。しかしアイドルはシングルCDセールスのみならずTwitterやルックアップ等、ビルボードジャパンソングスチャートではシングルCDセールス以外の指標も弱くはなく、超短期的にでもトップ10入りすることは少なくありません。紅白歌合戦出場の段階で97800枚売れていた(第70回紅白歌合戦の出場者傾向のこと - WASTE OF POPS 80s-90sより)、氷川きよしさんの場合はどうでしょう。

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ビルボードジャパンのCHART insightによると、「大丈夫」はA・B・CタイプのシングルCDセールス初加算週に同指標4位、D・E・Fタイプでは6位をマーク。しかし総合では前者においては11位とトップ10入りを果たせず、後者においては35位となっています。というのも。

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最初のグラフから総合ソングスチャート(黒の折れ線で表示)、シングルCDセールス指標(黄色)を抜いたのが上記。「大丈夫」がシングルCDセールスに大きく頼っていることが解ります。同曲のシングルCDセールス指標は常に300位以内をキープしている一方、他指標が伴っていません。パソコン等にインポートする際のインターネットデータベースへのアクセス数を示すルックアップは、前者においては32位→100位圏外(300位以内)と300位以内在籍はわずか2週、後者は68位の翌週に300位圏外と達しており、CDは接触としてほぼ用いられていないことが解ります。また動画再生指標は一度として300位以内に入っていませんが、ショートバージョンならばやむを得ないかもしれません(ショートバージョンが動画再生指標に貢献しないことは弊ブログで幾度となく触れています)。

そしてストリーミング指標を構成するサブスクリプションサービスについて。

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たとえばSpotifyをみると解禁曲があまりにも少ない状況です。ポップス(GReeeeN書き下ろしの「碧し」を含む)のみというのは、レコード会社や芸能事務所サイドの姿勢を示すかのようです。

 

「大丈夫」「最上の船頭」のダブルAサイドシングルCDは先週発表の段階において6種類で10万弱の売上となっており、1種類あたりの平均は1万5千強。全種類購入する熱心なファンが歌手を支えていると仮定して、シングルCD9種類(そして全てのバージョンに同じ表題曲が含まれる)購入で1万強支払うのはなかなか根気の要ることではないかと。それでいてD・E・Fタイプ発売前には「大丈夫」「最上の船頭」が収録されたアルバム『新・演歌名曲コレクション9 −大丈夫/最上の船頭−』がリリース、G・H・Iタイプの前には『新・演歌名曲コレクション10. −龍翔鳳舞−』が発売されているわけです。これではよほど体力のあるファンしか付いてこられないと思うのですがいかがでしょう。9種類で12曲出すならば1枚3000円程度でアルバムが制作可能では?そんな疑念を抱かれてしまったならば、ますますファン離れが加速するばかりではと考えます。

 

先述したブログ【WASTE OF POPS 80s-90s】さんでは、昨年の氷川きよしさんをはじめとする演歌歌手のシングルCDセールス動向を踏まえこのようなことを記載されています。

でも、演歌系の番組は激減したわけでもなく、配信にだばだば回ってしまうような世代でもなく、実際どの歌手も別にサブスクにガンガン曲出しているわけでもないのに、それでもこれだけ売り上げが減っているのは何故だろうと考えてみたのですが、単純な話として新規ファンの流入よりもファンをやめたり死んだり寝たきりになってる数の方が多いというのはあるにしても、それ以上に、市街のレコード屋が消え、ショッピングモールのCDショップも潰れていく今、購入するための接点がどんどん失われているという理由も相当あるのではないか、と何となく思いました。

演歌のシングルのこと - WASTE OF POPS 80s-90s(2018年12月28日付)より

(勝手ながら紹介させていただきました。問題があれば削除いたします。)

CDを購入出来る環境の減少もさることながら、このような売り出し方に嫌気が差してファンをやめる方も実は少なくないのでは?というのが私見。そしてどんどん体力のある方に頼っていくのだとしたら、そのうち演歌は衰退することは間違いないと言っても過言ではないでしょう。

 

ではどうするべきか…そのヒントは所有から接触への移行、そして所有する接点の増加にあると考えます。そしてその全てにおいて、演歌を好むとされる年配者をネット弱者から強者に変えることが求められるでしょう。ネットショッピング(AmazonタワーレコードHMV等)が活用出来るようになれば所有する意欲が高まります。また接触においてもスマートフォンが普及すれば(尤も、いわゆるガラケーがどんどん少なくなってきており普及はやむを得ないという側面もあるのですが、それを好機に捉えるべきと考えます)、動画再生やサブスクリプションサービスの活用でどんどん演歌に触れられることを訴求出来るはずです。そのハードルは高いかもしれませんが、たとえば認知症予防やネットリテラシー向上の側面を謳うことも有効のはずです。最も大変なのは"面倒臭いの一点張り"でしょうが。

逆にいえば、既にネットに長けた年配者の方がいらしたとして、YouTubeで検索してもフルバージョンが見つからない、サブスクリプションサービスでも解禁されていないと知って接触を諦めた方もいらっしゃるのではないでしょうか。先に氷川きよしさんのサブスクリプションサービス解禁楽曲がポップス系のみであることにレコード会社や芸能事務所サイドの姿勢を示すかのようと書きましたが、仮にレコード会社等が"年配者は接触しない"という前提で動いているのだとしたら機会損失であると同時に、年配者を甘く見ているとすら思ってしまいます。

それでも旧来の方法を維持したほうがいいというならば、たとえば演歌歌手が在籍するレコード会社が結集してラジオ番組を制作し、AM・FM・コミュニティFM局等販路を限定せず安価で売ることも一つの手段です。たとえば早朝5時台の1時間番組を用意し、番組の中でデジタルへの対応の仕方をレクチャーするコーナーを設け、番組の公式YouTubeチャンネルを用意しそこでより細かなレクチャーを実施するのも有効ではないかと。

 

ここまでデジタルの活用にこだわったのは、旧来の手段のままでは先細りが確実であることに加え、先日亀田誠治さんが語っていた内容においてとりわけ旧態依然と化したジャンルは演歌だと思ったゆえ。いや、邦楽全体がそうなのですが。

この5~6年間に日本が行ってきた、怠慢とまでは言わないけれども、イノベーション潰しというか、イノベーションの様子をうかがっている中で、バランスを取って「とにかく今あるものを」ということでしがみついてしまったおかげで、今、すごく残念な結果になっています。

日本の音楽産業が欧米に乗り遅れた理由 音楽プロデューサー・亀田誠治氏が語るサブスクリプション配信の価値 - ログミーBizより

このまま行けば来年の紅白は演歌枠の減少は必至ゆえ、挑戦する価値はあるはずです。同時に市井においても、演歌が少ない紅白はおかしいと非難するよりもまず、自身の周囲に演歌は流れているか、手に取りやすい環境かを確認し、現状を変えるにはどうすべきか考えを巡らす必要があるでしょう。