昨年の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合ほか)に対し、あたかも"くさす"メディアが少なくありません。また先日、『NHK紅白歌合戦』の過去の司会担当者が同種の発言をラジオで行っていたようです。しかしそのような論調には主にふたつのポイントがあり、そのどちらにも異を唱えないといけないと感じています。
(個人的な違和感を記すならば、主に前半に登場した歌手の歌唱時間の短さの一方でSDGs紹介等に長尺が割かれたことがひとつ。そして司会の方によるパフォーマンス後の歌手への賛辞において語彙が多くないことや、その司会の方がいじられることを面白がる風潮にも。いじる/いじられに関しては、その演出手法が司会を著名にしたきっかけであれ、そういう笑いが今も日本の風潮だと世界に示した点に引っ掛かりを覚えます。)
一部メディアが紅白を非難する要因として掲げているのが視聴率、そして演歌歌謡曲の少なさでした。視聴率においては、強力な裏番組が不在になったことで紅白への流入が減ったことも挙げられます。
一方で、メディアが"最低視聴率"と掲げるその数字は、あくまでもリアルタイムの世帯視聴率。視聴率にはタイムシフトも、双方を合わせ重複分を除いた総合視聴率も存在します。またNHKプラスやU-NEXTではタイムシフト視聴も可能となっています。いわば複合指標で判断する必要性をまずはメディアに求めます。
そして、演歌歌謡曲の少なさを挙げる声も少なくありません。それが高齢者を突き放したという論調が先述した司会経験者からも挙げられていましたが、しかしこの点については今のヒット曲に演歌歌謡曲発のものが少ないという状況を記さねばなりません。
昨年の紅白に出演した演歌歌謡曲界の歌手のうち、同年リリースのオリジナル曲を披露できたのはごく僅かです。披露曲は紅白側が決めると伺っており、三山ひろしさんはけんだまの企画がある限り自身の曲を歌えるという優位性があるものと思われます。
仮にですが、演歌歌謡曲(ならびにポップス界の中堅以上)の歌手において、代表曲を上回るヒット曲をその年に輩出したならば、紅白側は間違いなくその曲を披露するよう依頼したことでしょう。その年のオリジナル曲が披露に至れなかった要因には、主に演歌歌謡曲界が総じて今の時代にヒット曲を輩出できていないことが挙げられ、またこの傾向はここ数年変わっていません。
2020年の大晦日に寄稿したNumberWebの記事では、紅白がビルボードジャパンのチャートを大きく参考にしていると書きました。昨年においては優里さん、Adoさんが不出場となってしまいましたが(一方で優里さんは裏番組でもある格闘技の会場に現れており、格闘技に造詣が深いものと考えます)、それでも複合指標に基づくチャートを参照としていることは昨年のラインナップからも明らかです。
では、演歌歌謡曲界についてはどうでしょう。こちらについては昨年秋のブログエントリーにて、今年の紅白に出演した大半の演歌歌謡曲界の歌手における同年リリース曲の動向を紹介しています。
上記ではTikTokで火が付いた和田アキ子「YONA YONA DANCE」を紹介し、和田さんの紅白復帰の可能性を踏まえて他の演歌歌謡曲界の歌手による作品群と比較しました。最終的に和田アキ子さんは「YONA YONA DANCE」で紅白復帰を果たせず、また同曲はビルボードジャパンソングスチャートでは一度も100位以内に入らなかったものの、動画再生指標11週連続100位以内且つ総合20週連続300位以内をキープしています。
そしておそらく高齢者以外には、演歌歌謡曲界の歌手による昨年リリースの作品の中で最も知れ渡っているのが和田アキ子「YONA YONA DANCE」なのではないでしょうか。シングルとしてのフィジカルリリースがないためフィジカルセールスおよびルックアップの2指標が加点対象から外れている中にあって、このチャートアクションはむしろ優れているとも言えるでしょう。
フィジカルセールスについては、演歌歌謡曲界が未だ最重要視する指標と言えます。またこのフィジカルシングル販売においては、カップリング曲の異なる複数種を販売し且つ時期をずらして複数回リリースするという手法が目立ちます。たとえば3種発売を3回行ったならば、全種購入した方は同じシングル表題曲が9曲被るのです。手に入る曲数ではアルバム並と言えますが、アルバム購入の数倍の金額を投入することになります。
このような訴求方法が徹底された感のある演歌歌謡曲界で、仮に10万枚売れたとして果たしてヒット曲と言えるのでしょうか。
旧態依然の売り方に固執することは、新しいものを覚えにくいであろう年配者には一見優しいかもしれませんが、しかしより多くの金銭を伴わせます。それでいてその拡がり方は「YONA YONA DANCE」とは雲泥の差と言えるのです。
個人的には、YouTubeでのサブスク利用説明およびラジオ番組の用意という、両極ともいえるふたつの手段を同時に駆使し、サブスクの楽しさ、さらに新しい曲に触れられる喜びを実感してもらうことが最善と考えます。
紅白のラインナップや、音楽ジャーナリストの柴那典さんが昨年末に寄稿したカラオケ人気曲と年代との関係性を踏まえたコラム(果たして「世代を超えたヒット曲は生まれにくい」のか? カラオケ年代別ランキングから検証する(柴那典) - 個人 - Yahoo!ニュース)を紹介した上で、元日に上記内容を記しました。ラジオ共々デジタルを活用し、高齢者へヒット曲を認知させることが重要と提案しています。
しかし、演歌歌謡曲界は今年も古来の訴求方法を踏襲するかもしれません。
氷川きよしさんが2月1日にリリースするシングル「群青の弦」は3種リリースであり、いずれもカップリング曲が異なります。コメントにはそのカップリング曲も含む全作品の解説がなされており、きちんとスポットを当てる配慮には唸らされますが、しかしながら3種すべて購入するのに必要な金額はアルバム1枚分を上回っており、親切とは言い難いというのが私見です。また、さらなるリリースが後日あるかもしれません。
さらに氷川きよしさんは、本日の段階で大半の作品をSpotifyにて解禁せず、演歌はほぼゼロという状況です。おそらくはApple Music等も同様でしょう。個人的にはフィジカルの種類を抑えた上でサブスク等もリリースしユーザーが様々な手法で触れられることが最善と考えますが、演歌ジャンルがサブスクに明るくないという状況(の継続)もまた不親切と言わざるを得ません。
ちなみに氷川きよしさんが昨年3月にリリースした「南風」については、3種リリースが二度行われていました。ビルボードジャパンソングスチャートでは一度目のフィジカルセールス初加算時に総合49位を記録していますが、総合100位以内はその一度にとどまっています。サブスク再生回数に基づくストリーミングや、YouTube等に基づく動画再生指標は未加算であり、また上記動画は短尺版となっています。
今回はあくまで氷川きよしさんを例に取り上げましたが、これは演歌歌謡曲ジャンルの多くの歌手においても似た状況だと捉えています。
ビルボードジャパンソングスチャートが社会的ヒットの鑑と成ってきた一方で、演歌歌謡曲界は独自の訴求方法を深めようとしています。しかしこれは主に高齢者と高齢者以外との乖離を大きくするだけでしょう。紅白を機に演歌が気になり始めた若年層をサブスク経由で取り込めないことにおいても機会損失ですし、高齢者はデジタルを活用して新しい作品に触れられず、意固地になりかねません。この意固地という状況こそ、紅白をくさすことに躍起になる一部メディアの論調に似てやいないでしょうか。
演歌歌謡曲界は何よりヒット曲を輩出し、紅白での存在感を強めることが大事でしょう。そのためにはフィジカルにこだわった訴求方法を捨て、高齢者に新しい見方を提示させていく必要があります。定額制音楽配信サービスは月わずか1000円程度で、様々な作品が楽しめます。北島三郎さん等大御所の解禁も目立ってきました。1回再生で歌手等に入る利益は小さくとも、昔の作品にもきちんと利益が入るのは好いことです。そして、新しいものを取り込むことは、身体そして気持ちの健康にもつながると考えます。
氷川きよしさんの新曲「群青の弦」がフィジカルリリース日にサブスク解禁されることを願います。ポッドキャストが人気ならば、配信しない手はないはずです。そして演歌歌謡曲のジャンルに属する歌手やスタッフは、紅白における演歌歌謡曲の冷遇を紅白側のせいにするのではなく、自らを変えるきっかけにしてほしいと心から願います。
それにしても、紅白終了から2週間以上経過しながら未だにくさす記事を輩出する一部メディアの姿勢には強い疑問を抱き続けています。それが今回のブログエントリー記載のきっかけでもあるのですが、そのようなメディアの、おおよそ客観的とは言えない歪な論調がが蔓延る以上、あらゆる場面において虐めや弄りはなくならないのではとすら思うのです。