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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

ビリー・アイリッシュはなぜ金曜リリースしないのか? チャート構成指標の特性から考える

ビリー・アイリッシュがロザリアとのコラボレーション曲、「Lo Vas A Olvidar」を一昨日リリースしました。

さて、ビリー・アイリッシュのリリースタイミングが気になるのです。

f:id:face_urbansoul:20210122214054j:plain日本でもお馴染みの「Bad Guy」を含むアルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』(2019)以降に発表された新曲は「No Time To Die」を除いて米ビルボードソングスチャートでトップ10入りを果たしていますが、「Everything I Wanted」「My Future」そして「Therefore I Am」のトップ10入りの状況をみると、前週も加算対象となっていることが解ります(米ビルボードの記事では前週の成績に触れられていない部分もあるのですが)。そしてリリース日はいずれも金曜ではなく、水曜もしくは木曜なのです。

 

 

ビルボードソングスチャートを構成する3指標はストリーミングおよびダウンロードは金曜からの1週間が、ラジオエアプレイは3日後の月曜から1週間が加算対象となります。多くの曲が金曜にリリースされるのはその日が一般的なリリース日であるのみならず、デジタル指標群で丸1週間分を初週に加算できるメリットもあるため。にもかかわらず表で取り上げた3曲は水曜もしくは木曜リリースであり、前週もある程度加算されていたのはそのためです。

ではなぜ、ビリー・アイリッシュはわざわざ金曜リリースを避けるのでしょうか。考えられるのは次の2点。

 

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上記は米ビルボードソングスチャートで昨年以降、初登場で首位を獲得した曲における構成3指標の数値。全体的にラジオエアプレイの高くなさが見て取れます。カーディ・B feat. メーガン・ザ・スタリオン「WAP」の動向を追ってみると、3つの指標の傾向がはっきりみえてきます。

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 「WAP」はいわゆるフィジカル施策により初週のダウンロードが跳ね上がっています(このフィジカル施策は、歌手のホームページにてレコード等フィジカルを販売し発送ではなく購入段階でカウント、またフィジカル到着までに用意されたデジタルダウンロードもカウントされるというもの。昨年秋以降米ビルボードはこの施策を実質無効化しました)。しかし3指標はおおむね典型的な動きに。ストリーミングおよびダウンロードは初週が強い一方ラジオエアプレイは弱いこと、ダウンロードは基本一回買えば済む所有指標であるため2週目以降のダウン幅が大きい一方ストリーミングは落ち込み方が小さく、他方ラジオエアプレイは緩やかに上昇するというのが多くの曲に当てはまる傾向なのです。「WAP」は過激な歌詞を踏まえてかラジオでの上昇が遅いですが、どんなに人気の曲でも1ヶ月でトップ10すれば凄いと言えます。

先ほどのビリー・アイリッシュの新曲群の成績をみると、「Therefore I Am」はトップ10ランクイン週に1830万ものラジオエアプレイを獲得しており、昨年以降初登場で首位を獲得した多くの曲に勝っています。ビリーの他の曲がラジオエアプレイに強くないゆえ断言は難しいものの、リリースを1日前倒しすることでラジオエアプレイを伸ばすことができると言えるかもしれません。リリース日を前倒しにすれば金曜リリースの新曲群に埋もれることなくラジオでかかりやすくなるかもしれず、ビリー側はそれを狙った可能性があるとのではないでしょうか。

 

また、これはアメリカ以外において言えることですが、ストリーミング指標の一要素であるサブスクサービスの新曲プレイリストについても有利となります。

たとえばSpotifyでは、日本向けの新曲プレイリスト【New Music Friday Japan】が存在します。通常、米歌手による新曲は海外でのリリースタイミングに合わせて日本時間の金曜14時に追加されるのですが、ビリー・アイリッシュについてはプレイリストの楽曲入替の段階で追加されます(今回のロザリアとの「Lo Vas A Olvidar」も同様)。金曜プレイリストの更新時からきちんとチェックできるようになっているのは、木曜リリースの強みと言えるでしょう。

 

 

このように、ラジオエアプレイ指標がより大きくなること、アメリカ以外においてサブスクの新曲プレイリストで有利になりやすいこと…これらがビリー・アイリッシュが木曜以前のリリースにこだわる理由と考えます。リリース直後のデジタル指標群の成績を捨ててでも、ラジオエアプレイがより強くなることをチャート上で優先しているのです。