先週末、遂にリリースされたカニエ・ウェスト初のゴスペルアルバム『Jesus Is King』はチャート上でも好調で、米ビルボードソングスチャートでは前作『Ye』(2018)を上回る初動を獲得すると予想されています。ソングスチャートについてはブログ等で記載する予定です。
この『Jesus Is Kingにはタイ・ダラー・サインやクリプス、意外なところではサックスプレイヤーのケニー・Gが参加していますが、「Hands On」におけるゴスペル歌手のフレッド・ハモンドの客演クレジットにはいい意味で驚かされました。たしかにカニエ・ウェストは『The Life Of Pablo』(2016)でゴスペル歌手のカーク・フランクリンを招聘した過去があり、いや遡ればファーストアルバム『The College Dropout』収録のシングル、「Jesus Walks」ではARC(・ゴスペル)・クワイア「Walk With Me」をサンプリングしたことを考えれば、ゴスペルへの傾倒は昔からあるのですが。そんな中で今回カニエが客演に迎えたのはフレッド・ハモンドでした。
暗闇の中の波のような不穏な音に絡むのはフレッド・ハモンド独特のテナーボイスによる声の重なり。これが実にトラックに合っていますね。とあるブログでフレッドの声を苦手だとする意見を見かけたのですが、このトラックは最高に合っているように思います。
フレッド・ハモンドは1960年生まれで現在58歳。1985年、ゴスペルグループのコミッションドのオリジナルメンバーとしてデビュー。同グループには「Never Would Have Made It」で大ヒットを飛ばすマーヴィン・サップも在籍していたことで知られています。コミッションドとしてデビューする前にはゴスペルトリオのワイナンズにベースプレイヤーとして参加しており、フレッドは1980年代前半からゴスペル界で認知されているのです(フレッドがベース弾きであることは後のソロアルバム『Somethin 'Bout Love』(2004)のジャケットをみると解ります)。コミッションドを脱退した後、フレッドは自身のクワイアであるラディカル・フォー・クライストを率いてアルバム『The Inner Court』(1995)をリリース、以降ソロとしてのキャリアを築いていきます。フレッドはゴスペル音楽界における3大音楽賞…グラミー賞(ゴスペル部門)、ステラ-賞およびドーヴ賞を全て受賞し、現在も活動を続けるゴスペル界の大御所なのです。
実はつい先日、スタッフの一員を務めるラジオ番組『わがままWAVE It's Cool!』(FMアップルウェーブ 日曜17時)でゴスペル的J-Popという音楽特集を担当した際、自分が一時期在籍していたHIRO's MASS CHOIRのオリジナル曲を紹介したのですが。
クワイアではフレッドの楽曲もカバーしていて、個人的にはかなり好きな一曲でした。それが「Glory To Glory To Glory」。
ベストアルバムにも収められているのでCDとしても手に取りやすいと思います。
一方で、R&B好きからゴスペルを聴くようになった身には、フレッドがR&B的な音(コンテンポラリーゴスペル)も奏で、柔軟性が高いということも好きな理由のひとつ。ケニー・ラティモア&シャンテ・ムーアというカップルのゴスペル作を手掛けたり、またデイヴ・ホリスター、エリック・ロバーソンというR&B界のベテランおよびゴスペル界新鋭のブライアン・コートニー・ウィルソンと組んだユナイテッド・テナーズというグループも忘れられません。
ゴスペル界においてトラディショナルな形にこだわらないフレッド。実は1990年代中盤以降にヒップホップ界で名声を博したパフ・ダディことショーン・コムズが自身のレーベルであるバッド・ボーイからリリース予定だったゴスペルアルバムにフレッドが参加したという話があり、そこからもフレッドのフレキシブルな姿勢を感じられます。バッド・ボーイの所属歌手が大挙参加したこのアルバムはリリースされることはありませんでしたが、「You」という楽曲はリリース済。ちなみにこの曲にはフレッドは参加せず、同じゴスペル界の大御所であるヘゼカイア・ウォーカーがクレジットされています。
フレッドがヒップホップレーベル作品に参加したのが事実であれば、今回のカニエ・ウェスト『Jesus Is King』につながっているのかもしれません。
ちなみにフレッド・ハモンドには別角度からも注目が。来週の今日リリースされるAIさんのデビュー20周年記念アルバム『感謝!!!!! -Thank you for 20 years NEW & BEST-』にはフレッドの代表曲のひとつ、「No Weapon」のカバーが収録されるのです。
AIさんの今作にはこの他、自身の代表曲5曲のゴスペルバージョン、そしてゴスペル界の異端児ともいえるB・スレイドとのコラボレーションも収録されており、間違いなくゴスペルな一枚に。フレッドとB・スレイドとがひとつのアルバムで揃うというAIさんの幅の広さに感銘を受けると共に、カニエ・ウェストにも取り上げられたフレッド・ハモンドの、そしてゴスペル自体の音楽ジャンルとしての魅力がひとりでも多くの方に伝わったならば心から嬉しく思います。