ここ最近、ブログでゴスペルを取り上げる機会が増えています。大きなきっかけは2つ、Official髭男dismが週間チャートを制したアルバム『Traveler』(2019)に納められた「Stand By You」のアプローチがゴスペル的だったこと、そしてカニエ・ウェストが全編初となるゴスペルアルバム『Jesus Is King』を全米1位に送り込んだこと。前者についてはラジオで【ゴスペル的J-Pop】特集を組むまでに至り、後者については主にチャートの観点から記載した内容が、Real Soundにて昨日公開されました。
カニエ・ウェスト『Jesus Is King』はゴスペル史にも残る“キング”な作品に? チャートアクションから考察 https://t.co/vznuVbfOrE
— Real Sound(リアルサウンド) (@realsoundjp) November 8, 2019
そのReal Soundの記事でも触れたのが、AIさんが先週リリースしたデビュー20周年記念アルバム『感謝!!!!! - Thank you for 20 years NEW &BEST -』の、ディスク1におけるゴスペルの充実っぷりが素晴らしいですね。かつてクワイアに所属していたことのあるAIさんには、力強い援軍が参加しています。
AIさんのデビュー20周年記念アルバム『感謝!!!!! - Thank you for 20 years NEW & BEST-』、フィジカル欲しくなってきた…マクドナルドに書き下ろした「ラフィン・メディスン」はB・スレイド作だと判明し(納得!)、ゴスペルリアレンジ&フレッド・ハモンドのカバーはジェラルド・ハードン仕事という
— Kei / ブレストコナカ (@Kei_radio) November 5, 2019
サブスクリプションサービスでは十分なクレジットを手に入れられず、後にCDを購入して確認したところ、B・スレイド&ジェラルド・ハードンというクレジットに興奮&納得しています。
B・スレイドについては紆余曲折の半生がR&B/ヒップホップメディアのbmrに掲載。
現在はB・スレイド名でもゴスペルを歌っており、スヌープ・ドッグのゴスペル作『Bible Of Love』(2018)に参加したり、クリスマスコンピレーションに自身のトーネイ時代の「Make Me Over」とゴスペル定番曲「Total Praise」のメドレーを提供するなど、聖俗両方の世界で活動しています。
ジェラルド・ハードンはゴスペル歌手でR&B的な音使い(コンテンポラリーゴスペル)を得意とするデイトリック・ハードンの兄。AIさんの代表曲である「Story」等5曲すべてのゴスペルバージョンを手掛けているほか、AIさんがクワイア時代に歌っていたフレッド・ハモンド「No Weapon」のカバーもプロデュース。デビューから30年以上、音楽活動開始から40年近く経過するゴスペル界の大御所、フレッド・ハモンドについては以前記載したのでよろしければ。
ジェラルド・ハードンは妻のタミ・ハードンと連名でアルバム『#US』(2015)をリリースし、その妻が今回AIさんのゴスペルバージョンにクワイアメンバーとして参加。クワイアとはいえそのメンバーはタミ、ブリトニー(ブリットニー)・ヘッジウッドそしてアントニオ・カミングハム(カニンガム)の3名のみながらあれだけの分厚い声になるのですから、ゴスペル畑の方々の歌唱力が如何に凄まじいかを実感します。一方のジェラルドは弟のデイトリック・ハードン同様、ゴスペル歌手にR&B的ゴスペルを提供することに長け、たとえばデイトリックがボビー・ヴァレンティノ(現 ボビー・V)のファーストアルバム『Bobby Valentino』(2005)を彷彿とさせるオリエンタル感満載の『7 Days』(2006)をリリースした際、ジェラルドはウィリー・ハッチ「I Choose You」をサンプリングした「Count Your Blessings」を提供。『Bobby Valentino』同様にアルバム全体はティム&ボブが仕切っていますが、流麗な中に力強さを湛えたアクセント的一曲になっています。
とはいえ、AIさんのゴスペルバージョン等はむしろバンド的。ゴスペルクワイアに所属した自分にとって、バンドアレンジのいい意味でのやりすぎ感(アワードでのR&B歌手のパフォーマンスのそれに近い、と言えばわかりやすいかもしれません)が、本場のゴスペルを想起。「ハピネス」のアウトロにはそれが凝縮されていますし、「LIFE」の転調もまたあるあるであり、ゴスペル特有の高揚感が訪れるのです。
このように人選や音使いが本格的なゴスペルであるため、先行リリースされアルバム巻頭に据えられた「Baby You Can Cry」は一聴してゴスペルとは遠いと思われるかもしれません。しかし、共演歴もある安室奈美恵さんの「Baby Don't Cry」(2007)をサンプリングした本作は励ましソングであり、ゴスペル的な表現を用いるならば”赦し”の歌と解釈することも可能。”泣いてもいいよ”という言葉を赦しを謳うゴスペルの一側面と捉えれば、「Baby You Can Cry」は広義のゴスペルと考えてもいい…大袈裟かもしれませんがそう思うのです。
サンプリングやゴスペルでのリアレンジ、カバーを経てAIさんが自身のルーツであるゴスペルに回帰したことは、日本に本格的なゴスペルを定着させる大きな契機になるかもしれません。すでにライブツアーが開幕していますが、下記動画を観るとR&Bとゴスペルが高い次元で融合しており、その熱気が強く伝わってきます。
AIちゃんのゴスペルライブ
— 植松陽介 (@yohsukechaw) November 7, 2019
こんな感じ pic.twitter.com/nlKhPqmUpA
ライブを観賞したり音楽を聴いてゴスペルに触れた方々が、AIさんが今作のインタビューやライブで伝えている平和への思いを感じることを願うばかり。そしてゴスペルがより広く伝播したならば、クワイア経験のある自分にとっても嬉しいですね。