イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

8月26日付ビルボードジャパンソングスチャートで躍進するも「Lemon」に及ばなかった米津玄師「馬と鹿」、その理由を考える

8月12~18日を集計期間とする、8月26日付のビルボードジャパン各チャートが昨日発表され、ソングスチャートはNMB48「母校へ帰れ!」が首位に立ちました。

「母校へ帰れ!」はチャート構成比の95%以上がシングルCDセールスによるもの。他指標が伴っていないため次週の急落は必至とみられます。特にルックアップ(17位)がシングルCDセールスと著しく乖離しているため、歌手のファンというわけではないが曲等に興味はあるライト層が少ない(レンタル数が多くない)こと、および実際のCD購入者数を示すユニークユーザー数が多くないことが示されていると言えます。

 

その「母校へ帰れ!」と3147ポイント差で2位に登場したのが、米津玄師「馬と鹿」。ドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS 日曜21時)の主題歌が、集計期間開始日に突如ダウンロードを配信開始し、17万強の売上を獲得しジャンプアップしました。

馬と鹿 - Single

馬と鹿 - Single

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥250

「馬と鹿」が、自身の大ヒットシングル「Lemon」の販売スケジュールに沿っていることについては以前記載しました。

しかしながら気になることが。

「Lemon」のダウンロード初加算週、昨年2月26日付のポイントは25359、対して今回の「馬と鹿」は17437…今年度にチャートポリシーの改正があっただろうこと(カラオケ指標導入のタイミングで各指標のウェイトが変更された可能性)を踏まえても、この差は大きいと思うのです。なぜここまでの差が生じたのでしょう。

 

「馬と鹿」は『ノーサイド・ゲーム』の、「Lemon」は同じくドラマ『アンナチュラル』(2018 TBS)の主題歌。両者ともドラマの5回目終了後、月曜にダウンロードを配信開始していますが、『アンナチュラル』放送終了から「Lemon」配信開始まで2日と1時間のタイムラグがあるのに対し、『ノーサイド・ゲーム』放送終了から「馬と鹿」配信開始まではわずか2時間。鉄は熱いうちに打てではないですか、ドラマに心揺さぶられた方の購買行動は『ノーサイド・ゲーム』がより直結するはずです。また視聴率面でも、5回目までの平均視聴率は『アンナチュラル』が11.36%に対し『ノーサイド・ゲーム』は11.64%(視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ)。後者がわずかながら高くなっています。しかし、ダウンロード数には大きな差が。

ビルボードジャパンで「Lemon」ダウンロード初加算週のダウンロード数を示すソースがなかったため同種のデータをオリコンで確認すると、「馬と鹿」の初週ダウンロード数が165000に対し「Lemon」は236000であり、「馬と鹿」は「Lemon」のおよそ7割のダウンロード数にとどまっています。ビルボードジャパンソングスチャートの総合ポイント数でも「馬と鹿」は「Lemon」の68.8%となっており、ビルボードジャパンにおいても「馬と鹿」のダウンロード数は「Lemon」のおよそ7割と推測していいでしょう。タイムラグおよび視聴率面で有利もしくは遜色ないはずの「馬と鹿」が「Lemon」に水をあけられているのは意外でしたが、しかし「馬と鹿」が不利な点がいくつか存在します。

 

ひとつは視聴率を”複合的に”みると負けているという点。通常、視聴率という言葉が示すのはリアルタイム視聴のことですが、一方でビデオリサーチは4年前から再生機器を用いて7日以内に再生したタイムシフト視聴率も計測し、リアルタイムとタイムシフトの合計から重複分を除いた”総合視聴率”を算出しています。いわば視聴率の複合指標化である総合視聴率で『ノーサイド・ゲーム』と『アンナチュラル』を比べると、5回目までにおいて前者が19.2%、後者が22.7%と逆転されたどころか3.5%もの差がついています(視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ)。この、決して小さくはない差がダウンロード数の乖離に表れているのかもしれません。

またドラマを質の面で評価すると、こちらも『アンナチュラル』がより高いことが判ります。週刊エンタテインメントビジネス誌『コンフィデンス』が各クール毎にドラマ満足度調査を行っているのですが、初回満足度で比較すると2018年1月クールにおいて『アンナチュラル』は95/100と非常に高い数値を獲得しています。今クールの『ノーサイド・ゲーム』も77/100と決して低くないのですが、『アンナチュラル』が断トツなのです。

総合視聴率および初回満足度に差が生じた…いわばドラマにのめり込む人の数の差が、ダウンロード数に反映されたと言えるでしょう。

 

また、『ノーサイド・ゲーム』は池井戸潤氏原作の作品ですが、”池井戸潤×TBS日曜劇場”では「馬と鹿」が初のドラマ主題歌。服部隆之さんによるテーマソングはあれど、インストゥルメンタルではない主題歌として用いられたのは米津玄師さんが初なのです。もしかしたら、”池井戸潤原作作品に主題歌があることへの違和感”が今回のセールス差に表れているのかもしれません。ならばなぜ今回、これまで主題歌がなかった”池井戸潤×TBS日曜劇場”枠において、ドラマ制作サイドは米津玄師さんに依頼し、そして米津さんは快諾したのでしょう。

無論ドラマの内容や制作側の熱意に惹かれてというものもあるでしょう。ただ、これも推測の域を過ぎませんが、昨年「Lemon」で主に若者へ、Foorinへ提供した「パプリカ」で子どもやその親世代への影響力を高めた米津さんが、”池井戸潤×TBS日曜劇場”の主たる視聴者層であろう中高年男性層に次のターゲットを定めたと言えるかもしれません。そういえば、昨日のビルボードジャパンアルバムチャートの解説ではこのような記載が。

ニュー・シングル『馬と鹿』のリリースを9月11日に控える米津玄師は、当週の総合アルバム・チャートで、『BOOTLEG』が20位から11位、『YANKEE』が56位から38位、『Bremen』が71位から55位、『diorama』が100位圏外から69位と、過去作品が軒並み順位を上昇させている。いずれもダウンロードとルックアップが主な浮力となった。

主な浮力のひとつがルックアップというのは非常に興味深く、アルバムをレンタルしてパソコンに取り入れる方が増えている証拠と言えます。アリーナツアーのアナウンスに伴う過去作の予習という位置付けもあるでしょうが(ツアーについては米津玄師、2020年に10都市20公演のアリーナツアー - 音楽ナタリー(8月12日付)参照。ちなみにこの発表タイミングが集計期間初日であることも「馬と鹿」のセールスに寄与したものと思われます)、もしかしたらドラマファンで米津玄師さんのライト層になった方が、主題歌配信開始のタイミングでレンタルを利用し始めたと考えられそうです。だとすれば、『NHK紅白歌合戦』(NHK総合ほか)へ登場し中高年男性層へその名が知られてきたタイミングで打つ次の一手がここだとは…と感心します。

 

今後の「馬と鹿」のチャートアクションの推移に注目しましょう。「Lemon」の動向をなぞるならば、来週月曜にミュージックビデオが公開されるものと思われます。