イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

米でTikTokが全面禁止となる可能性を踏まえ、米ビルボードがソングチャートの今後を予測した記事を読む

昨日のエントリーでは、ビルボードジャパンとTikTokによるTikTok Weekly Top 20の動向を踏まえ、日本のTikTokでヒットする曲の変動についてまとめました。

このエントリーの最後にも書きましたが、今後TikTokが米において政府関係者のみならず広く国民全体で使用禁止と成る可能性はゼロではありません。仮にそうなった場合、音楽業界にどのような影響が生じるかを米ビルボードがまとめています。今回は先月末に登場した記事を意訳し、紹介します。

 

 

ビルボードは3月29日、TikTok禁止令がビルボードチャートに影響を与える5つの可能性について挙げています。世代を超えて人気や影響力を持つアプリが現状では見当たらないこともあり、禁止令はベテランや若手に限らずほぼすべての歌手に影響を及ぼすとしています。

その5つの可能性とは、【新しいヒット曲となる過去曲の減少】【一発屋の減少】【ヒットの巨大化および持続化】【オルタナティブやインディのジャンル、およびメキシコの歌手によるヒットの減少】【ソングチャートのロングヒット化】を指します。

 

 

まずは【新しいヒット曲となる過去曲の減少】について。TikTokは過去曲のフックアップにも貢献してきました。記事ではケイト・ブッシュ「Running Up That Hill (A Deal With God)」がリリースから四半世紀以上経過した後にトップ5入りを果たしたこと(キャリアにおける最高位も更新)が紹介されていますが、この曲はドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界 シーズン4』での起用がまずは大きなきっかけと言えます。

またクリス・ブラウン「Under The Influence」は元々2019年のアルバム収録曲だったものがTikTokで話題となり、トップ20入りを果たしています。この曲のミュージックビデオは昨年になって制作されたもので、昨夏ニューアルバムをリリースしながら同作以上に「Under The Influence」を優先してプロモートしたと言えるでしょう。

記事にはありませんが、フリートウッド・マック「Dreams」が最良の事例ではと考えます(上記ブログエントリー参照)。既に1977年に首位を獲得した曲ですが、インフルエンサーによる動画をフリートウッド・マックのメンバー本人が再現したことが話題となり、週間チャートではトップ10目前まで再浮上しています。

TikTokがなくなったとしてもタイアップによる人気再燃の形で過去曲がフックアップされることはあるとして、しかしその動きは鈍くなるでしょう。ラジオ指標の上昇も、TikTokでの人気が新たな関心を喚起したことがOA増加の背景にあると考えるゆえです。

 

続いて【一発屋の減少】について。米ビルボードは2020年6月、TikTokのヒットに伴いメインストリームに登場した多くの歌手が今後もヒットを輩出できるか、そしてTikTokがそのキャリア醸成に役立つかを記しています。

およそ3年が経過した現在、その回答はNOと言えます。アリゾナ・ザーヴァスやトーンズ・アンド・アイ、24Kゴールデン等については2曲目のトップ40ヒットを輩出したどころか、2回目のチャートインすら難しい状況です。

一方でドージャ・キャットやリル・ナズ・X等一部例外はあり、彼らはこの10年で最も成功した歌手とも言えます。ただ彼らはTikTokの枠を超えて継続的なヒットを生み出しています。

TikTokは曲のブレイクを速め、ユーザーと曲との匿名的な関係(ユーザーと歌手というつながりとは切り離されるもの)を構築することは可能ですが、歌手にとってはTikTokがメインストリームへの扉を開くきっかけになったとしても将来の継続的なヒットを保証するものには到底ならないと米ビルボードは結論付けています。

ただ、TikTokが存在することによって単発ヒットのみならず新人のブレイクも生まれたとは言えます。ストリーミング時代にあってはレコード会社等の影響力は低下、またラジオは新しいヒット曲を生み出すというよりは確立されたヒットの後追いという立ち位置となっており、ゆえにTikTokはその連続性に疑問こそあれ、歌手にとっては多くのユーザーに繰り返し訴求可能なプラットフォームとして貴重な存在なのです。

 

3つ目は【ヒットの巨大化および持続化】。TikTokが存在しなければチャートの停滞はさらに避けられないものとなると米ビルボードは述べています。

注目されるアルバムに収録された曲の大半もしくは全曲が、アルバムチャート初登場と同時にソングチャート100位以内に登場することは少なくありません。その中でたとえばバッド・バニー、またシザはアルバムチャート初登場以降も10曲以上ソングチャートに留まり続けていました。

ビッグアーティストによるビッグリリースに伴いソングチャートも占拠する状況にあって、TikTok発のヒット曲がそれら作品を追い抜くことができなければ、アルバム収録曲のヒットは続いていくことでしょう。

 

4つ目は【オルタナティブやインディのジャンル、およびメキシコの歌手によるヒットの減少】。TikTokの影響が顕著になったと感じる理由のひとつは、インディやオルタナティブジャンル発のクロスオーバーヒットが増加したことにあります。

グラス・アニマルズやマネスキンといったバンド、デヴィッド(d4vd)やリジー・マカルパインといったシンガーソングライターが、TikTokの人気をきっかけにソングチャートに登場。5年前にはストリーミングやラジオでこの種のクロスオーバーヒットはなかったと思われます。

TikTokがなければ彼らの曲はソングチャートに登場しなかったかと言われれば、そうではないでしょう。2020年代にオリヴィア・ロドリゴやビリー・アイリッシュ等がギターメインのヒット曲を輩出しポップパンクが再定着した後は特にそうなるかもしれませんが、TikTok喪失時においてはクロスオーバーヒットに必要なストリーミングを得られるかが、新たなインディ等の歌手がヒットするための追加の課題となるはずです。

同じことがメキシコ発の歌手(グルーポ・ファーメやペソ・プルマ等)に対しても当てはまります。2021年以前は米ビルボードソングチャートに登場しなかったこのジャンルはTikTokの興隆によって突如ソングチャートの重要ジャンルと成り、彼らは昨年トップ40ヒットを輩出しました。

ただし彼らはインディやオルタナティブジャンルと比べてメインストリームへの露出等は未だ大きくないことから、仮にTikTokが使えなくなったならば大きな打撃となるでしょう。

 

最後は【ソングチャートのロングヒット化】。TikTokでの成功は近年のソングチャートにおける主要な加速装置のひとつであり、急上昇する一方で急降下もまたもたらします。ゆえにTikTokがなくなることで、多くの曲がロングヒットを続けるものと思われます。

たとえば2020年に入りデュア・リパ「Levitating」やザ・キッド・ラロイ & ジャスティン・ビーバー「Stay」、ハリー・スタイルズ「As It Was」といった曲が歴史的な長期エントリーを果たしていますが、TikTokがなかったならばこれらのロングヒット曲における下降材料(障壁)はさらに少なくなっていたことでしょう。

(米ビルボードにはリカレントルールが存在します。これはチャートの新陳代謝を目的とし、一定週数以上在籍している曲が一定の順位を下回ればチャートから外れるというもの。TikTok発のヒット曲をロングヒット作品の障壁と形容したのはこのルールがあるゆえです。)

ただしTikTokの廃止は、カンフル剤を失うことにもなります。ザ・ウィークエンド「Blinding Lights」やグラス・アニマルズ「Heat Waves」においてはTikTokでの人気が遅れてやってきたことにより、ソングチャートの重要な局面で勢いを取り戻しストリーミングやラジオでの存在感も再度強めたことで、最終的には記録的なロングヒットの領域に到達することができたのです。

 

 

記事を意訳しました。仮にTikTokが喪失することとなれば、【新しいヒット曲となる過去曲の減少】【一発屋の減少】【ヒットの巨大化および持続化】【オルタナティブやインディのジャンル、およびメキシコの歌手によるヒットの減少】【ソングチャートのロングヒット化】につながります。これらは音楽チャートを良く言えば平易、好ましくない表現を用いるならば単調にすると言って差し支えないでしょう。

重要なのはTikTokが歌手や曲のブレイクに貢献したのみならず、ザ・ウィークエンド「Blinding Lights」やグラス・アニマルズ「Heat Waves」といったロングヒット曲の延命にもつながっているということ。アルゴリズムが不明瞭なこともありよりTikTokにおいてヒットを意図的に創出することは特に難しいものの、軌道に乗れば過去曲も新人も、そしてヒット中の曲をもフックアップすることにつながります。

世界中が仮にTikTokを終わらせようとするならば、代替アプリを早急に生み出す、もしくはYouTubeショート等をより強固なものにしていく必要があるでしょう。TikTokの再生回数は米ビルボードの(またビルボードジャパンでも)ソングチャートの構成指標には含まれませんが、米ビルボードソングチャートではこの5年間にTikTok発の多くのヒット曲が生まれています。ゆえに喪失時の対応は業界にとって急務であるはずです。