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旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

VTuber星街すいせいの登場や『おかえり音楽室』OAから、THE FIRST TAKEの可能性と音楽業界の未来を期待する

一昨日、YouTubeチャンネルのTHE FIRST TAKEにVTuberの星街すいせいさんが登場し、大きな話題を集めています。

上記ツイートの表示回数は1月22日8時の段階で1177万回に達し、また動画自体は372万回再生を突破しました。THE FIRST TAKEがこの1年の間に公開した動画のうち、現在までに1千万回再生を突破したのは8本であり、公開からのペースを踏まえれば星街すいせい「Stellar Stellar」が大台に乗る可能性は十分と言えるでしょう。

今回の動画等がTHE FIRST TAKEに、また音楽業界にもたらすであろう影響について考えます。

 

何よりVTuberが登場したことが、THE FIRST TAKEの新境地と言えます。星街すいせいさんは今回の出演について『VTuberってまだまだおかしな存在というか、そんな私たちをこういう場所に呼んでいただけるっていうのは新しい一歩なのかなと思うので、とっても嬉しかったです』とコメントしており(『』内は上記ツイート内リンク先参照)、この状況がこれまであり得なかった(と当人が冷静に判断している)ことが見て取れます。

THE FIRST TAKEのクリエイティブディレクターを務める清水恵介さんはこのようにコメントしており、同時視聴者数はここ最近のTHE FIRST TAKE公開動画の中でもかなり多いことが想像できます。これがYouTubeチャンネルの箔をつける(今一度注目を集める)きっかけとなり、また出演者の幅も拡がることにつながるのではないでしょうか。

 

 

THE FIRST TAKEにてVTuberが出演したことはチャンネル側にとってのプラスになるのみならず歌手側、さらにいえば広義のネット音楽歌手にとっても、特に音楽チャートの面においてプラスになるはずです。

 

日本ではVTuberに加えて、ボカロPによる作品が近年の音楽文化を支えるひとつのジャンルとして確立されています。ビルボードジャパンが今年度、ニコニコ動画と組んだ新たなチャート【ニコニコ VOCALOID SONGS TOP20】をスタートさせたのも、そのことが背景にあるものと考えます。

この新設チャートは、YouTubeでの歌ってみたや踊ってみたに代表されるユーザー生成コンテンツ(UGC)の人気を可視化したTop User Generated Songsチャートと親和性があるのではないかと、ふたつのチャート推移をみて実感しています。以下に掲載した表は、双方のチャートでの2023年度第1四半期におけるトップ20一覧となります。

UGCのヒット曲の中には総合ソングチャートでもヒットする曲が少なくありませんが、しかしボカロPの曲が総合ソングチャートに入ってくることは稀となっています。これはソングチャートの動画再生指標からUGCが外れたことが影響しています。

ニコニコ VOCALOID SONGS TOP20のランクイン曲についても総合ソングチャートでは100位以内にエントリーしていない状況であり、この乖離を埋めることは急務だと考えていました。その状況下でTHE FIRST TAKEに星街すいせいさんが出演したことは、(ボカロPではないものの広義の)ネット音楽歌手が総合ソングチャートにランクインする、その大きなきっかけになるのではと捉えています。

THE FIRST TAKEの話題曲はビルボードジャパン総合ソングチャートで100位以内に登場する傾向があります。ビルボードジャパンのチャートポリシー(集計方法)では通常オリジナルと言語以外が異なるバージョンは合算されませんが、動画再生についてはISRC(国際標準レコーディングコード)がオリジナル版と同じならば合算されるという状況です。仮に一昨日公開の動画に付番するISRCが同一ならば、急浮上する可能性が高いのです。

(なお、動画再生指標の合算はビルボードジャパンのそもそもの合算のルールに矛盾するものです(合算のルールについては以前問い合わせた際に回答をいただいています。詳しくは客演、リミックス、言語の違いは”合算対象か別扱いか?” ビルボードジャパンに問い合わせてみた(2018年11月21日付)をご参照ください)。個人的には米ビルボードやグローバルチャートに倣い合算する方向にシフトすべきだと以前から提案しています。)

 

今回のTHE FIRST TAKE公開がビルボードジャパンソングチャートにおける「Stellar Stellar」のランクインにつながり、上位進出を果たせば、音楽好きの方々の間で広義のネット音楽歌手に対する注目が集まるでしょう。実際、「Stellar Stellar」を収録した星街すいせいさんのアルバム『Still Still Stellar』はリリースから1年以上経過した現在でも300位以内をキープしており、いつバズが起きてもおかしくない状況と言えます。

(上記は1月18日公開分ビルボードジャパンアルバムチャートにおける、星街すいせい『Still Still Stellar』のCHART insight。総合チャートは黒で、構成指標はフィジカルセールスが黄色、ダウンロードが紫、ルックアップがオレンジで表示されます。なおパソコン等にCDをインポートした際にインターネットデータベースのGracenoteにアクセスされる数を示すルックアップは、ビルボードジャパンが2023年度より廃止しています。)

そしてビルボードジャパンで(特にソングチャートにおいて)結果を残せば、ネット音楽ファンにおいてもこのチャートへの意識が高まることでしょう。動画再生指標はYouTubeおよびGYAO!(後者は3月末でサービスを終了するため、ビルボードジャパンは後日この件に関連したアナウンスを発信予定)がカウント対象であり、好きな音楽をYouTubeで、またサブスク等でも聴くという習慣が身に付くかもしれません。

 

今回のTHE FIRST TAKEにおける星街すいせいさんの登場はどちらからのアプローチだったかは分かりかねますが、チャンネル、歌手側双方にとってプラスに作用することになるでしょう。加えて広義のネット音楽が音楽チャートで存在感を発揮すれば、ネット音楽ファンがビルボードジャパンソングチャートを意識するようになり、チャートのラインナップがよりバラエティに富んだものになるかもしれません。

なおTHE FIRST TAKEでは各歌手の動画は通常2本用意され、2本目は新曲が披露される傾向にあります。星街すいせいさんは1月25日にセカンドアルバム『Specter』をリリースすることから、この新譜リリースもTHE FIRST TAKE登場のきっかけのひとつになったと言えるでしょう。

 

 

さて、THE FIRST TAKEについてはもうひとつ、気になる動きがあります。

blackboardは2020年8月にスタートした音楽チャンネルで、その名の通り”黒板”が大きく関わります。

しかし2021年10月以降は内容が変化。『全面LEDのスタジオから、1台のカメラによってノーカットで撮影されたパフォーマンスをお届けする『𝐛𝐥𝐚𝐜𝐤𝐛𝗼𝐚𝐫𝐝 -𝐎𝐧𝐞 𝐂𝐮𝐭 𝐋𝐢𝐯𝐞 𝐒𝐡𝗼𝐰-』』というスタイルに変わっています(『』内は𝐛𝐥𝐚𝐜𝐤𝐛𝗼𝐚𝐫𝐝 (@blackboard_text) / Twitterの紹介文より)。コンセプトが定まらなかったのも停止の理由かもしれませんが、blackboardとTHE FIRST TAKEとでは出演者がバッティングしないと捉えていました。

PUFFYは2021年1月2日にblackboardにて「アジアの純真」を披露していますが、そこから2年近くが経過したタイミングでTHE FIRST TAKEに登場。「愛のしるし」はTikTokでバズを起こした作品ゆえこの選曲は十分納得できるものですが、このタイミングでTHE FIRST TAKEが他の音楽チャンネルからの移籍(と言える状況)を解禁したと考えていいかもしれません。

 

そしてもうひとつ、興味深い動きが。

今年1月、2週に渡ってNHK総合で放送されたのが『おかえり音楽室』。Da-iCE花村想太さん、Awichさんが登場したこのドキュメンタリーは、先程紹介したTHE FIRST TAKEクリエイティブディレクターの清水恵介さんが映像監督を務めています。また出演者も、これまでTHE FIRST TAKEに登場した方となっています。

(なおNHKYouTubeアカウント発となる動画は通常のものとは異なり、ブログできちんと添付できないのみならずYouTubeでの視聴のみ許可されている状況です。この使い勝手の悪さ、また動画にISRCが付番されない状況については以前から疑問視し、NHKに対し改善を求めていることを記しておきます。)

このドキュメンタリーを観て思ったのが、この番組がYouTubeチャンネルのblackboardを引き継ぎ、より良くしたのではないかということでした。

尤も『おかえり音楽室』で各歌手がパフォーマンスを行った際、教室の黒板には派手な装飾等が施されてはいません。しかし黒板が絶対に存在する教室でのパフォーマンスからは、blackboardのYouTubeチャンネルが自然と浮かんできました。

『おかえり音楽室』の企画は1年前にはじまったものであり、また清水恵介さんはTHE FIRST TAKEのクリエイティブディレクターを務めるのみならず映像監督の顔も持つゆえ、今回の番組とblackboardのYouTubeチャンネルとを結びつけるのは早計かもしれません。しかしblackboardの(特にリニューアル前の)コンセプトが優れていたと考えれば、それを残したいという思いもあったのではないかとも考えた次第です。

blackboardの初期コンセプトにドキュメンタリーを加えることでよりダイレクトに伝わるようになったという印象を、この番組から抱いています。THE FIRST TAKEがこのblackboardのYouTubeチャンネルを引き継ぎ、『おかえり音楽室』的なものにすればより面白くなるかもしれません。明確なコンセプトを持つ音楽チャンネルが複数あったほうが音楽を多角的に魅せ、業界全体にプラスに作用するのではないでしょうか。

 

 

THE FIRST TAKEへのVTuber登場、そして『おかえり音楽室』の登場によって、THE FIRST TAKEには新たな可能性が生まれたと考えます。そして同時に、音楽を様々な角度から伝えることで日本の音楽業界がより豊かになっていくものと期待する自分がいます。