イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

フィジカルセールスや音楽チャートについてのコラムに対する違和感の正体…書き手や読み手に大事なこととは

個人的には揶揄表現を用いること、まして"オワコン"などという言葉を平気で使う方には強い疑問を抱きます。ゆえに中村正人さんが発した悔しさには理解できる部分が多くあります。

中村さんは、「ボードゲーム仕様CDジャケットという世界初発明特殊パッケージ」と同梱内容を詳細に説明し、「お値段はちょっとお高め\3,500 (税込)それら等々考慮して売上目標3,000枚前後に設定、3,154セット製造しました」と具体的な売上目標や製造数を公表。

SEGA様の奇跡的協力を得ておおいに楽しいチャレンジであったし利益は『アウトオブ眼中』」と利益度外視の企画であることや、「ニュースでは推定売上枚数1610枚なので製造した半分が買っていただいたことになります」とすでに製造分の約半数を売り上げていることを伝えています。

今の時代、コアファンの多い/熱量が高い歌手の作品を除けば週間セールスで千枚以上を獲得することは好いほうだと言えます。シングルのフィジカルセールス推移をみれば、週間10位が3000枚を割っていることも少なくありません。

そもそも、特にシングルにおいてはフィジカル化されていない作品が多くあります。代表的なものとして、YOASOBI「夜に駆ける」や優里「ドライフラワー」といったビルボードジャパン年間ソングスチャートを制した作品が挙げられますが、そもそもYOASOBIや優里さんがリリースしたシングルのフィジカル自体、共に1作品と限られているのです。

さらに、今年度上半期のビルボードジャパンソングスチャートでトップ10入りした曲のうちフィジカルシングルがリリースされたのはAimer「残響散歌」(1位)およびKing Gnu「一途」「逆夢」(ダブルAサイド 3位/6位)のみ。初週フィジカルセールスは「残響散歌」が45,222枚、「一途」「逆夢」が47,292枚と、共に5万枚を割り込んでいます。

音楽業界にあってはシングル自体フィジカル化されにくいこと、フィジカルセールスにおいてはアイドルやK-Pop等コアファンが多い/熱量が高い歌手の作品が売れる状況であることを考慮する必要があります。また海外では趣向を凝らしたフィジカルがリリースされる傾向もあり、DREAMS COME TRUEのフィジカルシングルはその流れを汲んだものと言えるかもしれません。

 

そのフィジカルシングルにおいては、アイドルやK-Pop等歌手の作品における動向に対し、好ましくない表現を用いるメディアが少なくありません。

ライター・批評家のimdkmさんによるツイートを引用RTしたものを上記に。そもそもシングルがフィジカル化されにくい等の日本音楽業界独自の傾向を語らず、『その是非はともかくとして』と用いながら複数枚購入をマイナスとする記事の姿勢は疑問です。

複数種リリースの商法自体は個人的にも違和感を覚えますが、ならば記事において先述したような業界のフィジカルシングルリリースの現状をまずは伝えることが必要でしょう。この記事を書かれた方は以前同じメディアでビルボードジャパン担当者のインタビュー記事を編集しており、そこで出たコアファンへの苦言には深い悲しみを抱いています。問題はもっと多岐に渡るわけで、一部のみの言及は違うというのが私見です。

今回のKAI-YOUの記事に触れ、チャート設計者としての責務に疑問を抱かせかねないビルボードジャパン、尖った表現やアイキャッチを躊躇わないKAI-YOU、疲弊を招きかねない施策を用いる歌手側、そして時に冷静さを失うことのあるコアファン…四者いずれにも設計や意識等の改善の必要があると感じています。ひとつだけが問題ではないため、それぞれが責任を意識し自省していくことが求められます。

ビルボードジャパン側はチャートに対するコアファンの施策実施に"チャートハック"という言葉を用いて不快感を表明していますが、ならば複数種購入等コアファンの熱量が高く反映されやすいものに対しては、きちんとチャートポリシー(集計方法)を変更することでチャートに反映されにくいようにすれば好いと考えます。そしてそもそも、マイナスイメージの強い"ハック"という表現を用いることに違和感はなかったでしょうか。

 

そしてKAI-YOUと同種の違和感を覚えたのが、こちらのコラムでした。

音楽チャートは複合指標の段階で分かりにくくなるゆえ、伝え方は常に自問自答しないといけませんが、チャート管理者側が既存メディアと連携したりYouTubeを活用する等でチャート設計思想等をまずはきちんと説明し尽くす必要があると考えます。それが不十分なこともあってか、書き手の方は『チャートの権威の傘の元、結果を受動する時代は終わったと言える』と書いたのかもしれません。

ただし『』内の引用部分は強く引っ掛かります。フィジカルセールスにおいてKAI-YOUと同種の考えをベースにしていることもそうですが、サブスク再生回数に基づくストリーミング指標に対する見方にも強い違和感を覚えます。

さらに、サブスクでの視聴を中心に、売上ではなく再生回数に指標の軸がシフトしていくと、チャートの上位が何カ月も同じ顔ぶれになってしまうことが散見される。(中略) チャートに変動が少ないとなると、これまでチャートを通じて新たな音楽と出会ってきたユーザーにとっては、その分出会いの機会が失われることになる。

(中略)

そんな中、僕がチャートの新しい概念として注目するのはLINE MUSICのリアルタイムチャートとSpotifyのバイラルチャートだ。

Spotifyバイラルチャートは必ずしもデイリーチャートと連動しません。そしてLINE MUSICのリアルタイムチャートは新曲が多く上がってくるかもしれませんが、上位に来やすいのは再生キャンペーン採用曲が大半。一定以上の再生回数に到達したユーザーにプレゼントが当たるキャンペーンを用いた曲の指標動向はフィジカルセールスのそれと同種であり、複数種購入に懐疑的な方がそれに注目することには矛盾を覚えます。そしてそもそも、顔ぶれが変わらないことは問題ではないのです。

 

RealSoundのコラムでは『チャートの結果だけを盲信せず、そこに別な力学が働いてないかを検証する目を持つこともまた、大事なことではないだろうか』という一文で結んでいます。チャート中身のチェックの重要性はこのブログのベースにある考えゆえそこには同調できても、"盲信"や"別の力学"という表現を用いる姿勢に不快感を抱きます。ならばチャート側がどうすべきかも提案するべきであり、そしてチャートを盲信するなと言うならば、そのチャートの分析記事(→こちら)を書かれたことに疑問を抱きます。

このコラムへの違和感は上記ツイートのスレッドで表明しています。そしてこれは今回取り上げたKAI-YOUのコラムにおける書き手の見方、歌手を"オワコン"と称したメディア等にも言えるのですが、一部のみを悪とみなすだけのやり方では業界全体の改善は生まれず、悪態をつきたいだけの人からの過度な賛同を得るのみにとどまるでしょう。そして同時に、書き手が自身の偏った先入観を是とし過ぎることは危険だと断言します。

(この"一部のみを悪とみなす" "自身の偏った先入観を是とし過ぎる"姿勢はビルボードジャパンにおいても、KAI-YOUインタビューから浮き彫りになったという印象があります。直近のチャートポリシー変更を非公表で実施したこと、さらに前週のチャート訂正問題についてはミスの可能性を指摘したものの受け入れられなかった(ように感じた)ことも、その姿勢の一環ではないかと捉えられてもおかしくはないでしょう。)

 

メディアでは時折、音楽チャート記事において何かを悪とみなすような記事やコラムが出てきます。その際はどのメディア発か、どなたが書かれたのかに注目し、そして読み手にはフラットな目線を心がけることを勧めます。

無論自分も、書き手のひとりとして気を付けないといけません。記載する媒体が個人ブログであったとしても、何かをただダメだとするだけの姿勢はとらないようにしないといけないと強く感じた次第です。