桜ソングが増えていると思うのです。 既にシングル的位置付けの曲が複数登場。下記のSpotifyプレイリストには2月24日朝の段階で8曲取り上げていますが、後述する新動画の元曲を加えれば二桁に達しています。
現時点での個人的な白眉はあいみょん「桜が降る夜は」。
#あいみょん「#桜が降る夜は」…めちゃめちゃど真ん中、ど直球なJ-Pop桜ソングなのですが、
— Kei (@Kei_radio) 2021年2月17日
あぁ わからないのが恋で
この体ごとあなたに恋してる
それだけはわかるのです
というフレーズが流石だなあと
ともすればアレンジ面を中心に、YUI「CHE.R.RY」(2007)を意識しているのではと捉えているのですが、果たしてどうなのでしょう。
実は桜ソング、ここ数年減ってきていると指摘されています。
“桜ソング”の栄枯盛衰 ~2000年代の爆発的なブームはなぜ起こったのか~|楽曲テーマの歴史と共に紐解く“桜ソング”誕生の理由https://t.co/y3STXzU3qK
— 音楽ナタリー (@natalie_mu) 2019年3月8日
上記記事では2019年3月2日公表分まで記載されており、昨年の動向は判りかねます。しかし今年は既に二桁目前、そして面白い特徴がみられます。
ひとつはTikTokやYouTubeで頭角を現した歌手が続々リリースしていること。「ドライフラワー」が大ヒット中の優里さんによる「桜晴」、「ぎゅっと。」がバイラルヒットしたもさを。さんによる「桜恋」。「魔法の絨毯」が徐々にチャートを駆け上がっている川崎鷹也さんによる「サクラウサギ」がその代表例です。
動画発でヒットを記録した作品はサブスクに強く、また先述したあいみょんさんもサブスクで高く支持され大ブレイクに至った背景があります。動画再生およびサブスクを基とするストリーミングといったビルボードジャパンソングスチャートにおける接触指標に強い歌手が、偶然とはいえこぞって桜ソングに乗り出したと言えます。
もうひとつの特徴は、ベテラン歌手による大ヒット桜ソングの再定義。森山直太朗さんはCMソングとなった「さくら」を"二〇二〇合唱"バージョンとして配信先行でリリース。ケツメイシ「さくら」は発売からちょうど16年経過した先週に、また昨年シングルリリースされたコブクロ「卒業」はTWICEのサナさんを迎えて、共に新しいミュージックビデオが公開されています。厳密に言えば「卒業」には歌詞に桜が登場しないものの、ミュージックビデオでは大きくフィーチャー。2月22日付ビルボードジャパンソングスチャートではこの動画の評判もあってか、「卒業」はTwitter指標で10位に、総合では久々に300位以内のランクインを果たしています。また、そのサナさんによるカバーバージョンも本日登場したばかりです。
ミュージックビデオの新バージョンを投入する手法はチャート刺激策として有効に働きます。また既に一定の認知を得ている曲の新バージョンは、まっさらな新曲に比べて受け手の"まずは一度聴いてみよう"というハードルを低く設定することが可能かもしれません(ただしオリジナルバージョンと比較されがちなため、セルフカバーの越えるべきハードルはむしろ高いと言えそうですが)。
動画発でブレイクしストリーミングに強い歌手による新曲や、動画再生指標を刺激する新たなミュージックビデオの投入により、ビルボードジャパンソングスチャートにおいては接触指標が主に刺激され、桜の咲く頃には所有指標であるダウンロードにもより大きな影響を及ぼすでしょう。そしてそのタイミングでTikTokにアップされる動画に桜ソングが多く用いられることが想定されます。これまでの傾向から、日常や恋愛の光景を映す動画のBGMに用いられやすい曲はシンプルなサウンドのJ-Pop(メロディの落とし込み方等において)が多い印象があり、ともすればJ-Popのひとつの型と言える桜ソングの需要増加は自然なことかもしれません。とりわけ動画発でブレイクした歌手にとってはTikTokのニーズを踏まえ、(仮に本人が作る意思は低かったとしても周囲の助言により)桜ソングを用意したのではないか…そんなことを思った次第です。
桜ソングについてまとめられた2019年の音楽ナタリーの記事では、桜ソングのブームが完全に鎮静化したと結論付けていました。
それでも、減少に転じた最大の理由は、スマートフォンの普及によって音楽の聴かれ方が劇的に変化したことでしょう。ニコニコ動画やYouTubeなど無料で利用できる動画サイトの視聴と、音楽の購入・再生がまったく同じ端末で同じようにできるようになったことで、音楽に単体で課金するという行為が選ばれなくなっていきました。
また課金するにしても、スマートフォン向けの音楽配信プラットフォームの基本は、次々にリリースされる新曲を前面に押し出していくというよりは、膨大な楽曲カタログの中からプレイリストという形で楽曲をレコメンドする形。そこでは既発曲か新曲かの区別はさして意味合いの大きなものではなく、“桜ソング”を聴きたければ「さくら」で検索すれば過去の名曲が一覧にずらりと並ぶという状況です。そして今はサブスクリプションによる聴き放題のプラットフォームが普及しつつある時代ですので、もはや1つの季節のみに訴求する特定の新曲を単体でプロモーションすることの意味は過去に例がないほどに薄れています。
この記事の登場から2年の間に、新型コロナウイルスにより社会は大きく変化しました。コロナ禍の自粛期間を経てサブスクや動画のニーズが大きく上昇し、もはや無視できない存在となっています。ならば桜ソングにおいて新たに覇権を争う(再度上位への進出を狙う)状況が発生するのは自然なことでしょう。同時に、現在の音楽チャートがCD主体から接触指標主体の複合指標型チャートとなったこと、ビルボードジャパンソングスチャートの存在価値が高まったことで、チャート刺激策としても桜ソングの復活につながったものと捉えています。