イマオト - 今の音楽を追うブログ -

旧ブログ名:face it。音楽チャートアナライザーとして、ビルボードジャパンや米ビルボードのソングチャートなどを紹介します。

(追記あり) 米グラミー賞ノミネート発表…主要部門ノミネートの傾向および”不在”への私見

第63回グラミー賞のノミネーションが、現地時間の11月24日(日本時間の11月25日2時)に発表されました。

主要4部門は以下の通り。

● 最優秀レコード賞 (Record Of The Year)

 ・ビヨンセ「Black Parade」

 ・ブラック・ピューマズ「Colors」

 ・ダベイビー feat. ロディ・リッチ「Rockstar」

 ・ドージャ・キャット「Say So」

 ・ビリー・アイリッシュ「Everything I Wanted」

 ・デュア・リパ「Don't Start Now」

 ・ポスト・マローン「Circles」

 ・メーガン・ザ・スタリオン feat. ビヨンセ「Savage」

● 最優秀アルバム賞 (Album Of The Year)

 ・ジェネイ・アイコ『Chilombo』

 ・ブラック・ピューマズ『Black Pumas (Deluxe Edition)』

 ・コールドプレイ『Everyday Life』

 ・ジェイコブ・コリアー『Djesse Vol.3』

 ・ハイム『Women In Music Pt.III』

 ・デュア・リパ『Future Nostalgia』

 ・ポスト・マローン『Hollywood's Bleeding』

 ・テイラー・スウィフト『Folklore』

● 最優秀楽曲賞 (Song Of The Year)

 (※ここでは歌手名を記載。実際はソングライターに授与されます。)

 ・ビヨンセ「Black Parade」

 ・ロディ・リッチ「The Box」

 ・テイラー・スウィフト「Cardigan」

 ・ポスト・マローン「Circles」

 ・デュア・リパ「Don't Start Now」

 ・ビリー・アイリッシュ「Everything I Wanted」

 ・H.E.R.「I Can't Breathe」

 ・ジュリア・マイケルズ & ジェイ・ピー・サックス「If The World Was Ending」

● 最優秀新人賞 (Best New Artist)

 ・イングリッドアンドレ

 ・フィービー・ブリジャーズ

 ・チカ

 ・ノア・サイラス

 ・D・スモーク

 ・ドージャ・キャット

 ・ケイトラナダ

 ・メーガン・ザ・スタリオン

 

グラミー賞はある種、『NHK紅白歌合戦』のようなものかもしれません。すべての人気作品を網羅しているわけではないこと、グラミー賞ならではのノミネート傾向があることがそう考える理由。ただし紅白とは異なり、グラミー賞はノミネート作品が追加されることはありません。

 

グラミー賞は以前から保守と(時に揶揄まじりに)言われることもあり、十二分にヒットした作品の中に玄人好みと言えそうなものも混ぜ込むことが毎年のように発生します。今年で言えばブラック・ピューマズがその筆頭かもしれません。昨年のグラミー賞で最優秀新人賞にノミネートされた彼らは、主要2部門を含む3部門にノミネート。上記以外のノミネートが最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス賞であることから(そして他の顔ぶれにブリタニー・ハワードやノラ・ジョーンズ&メイヴィス・ステイプルズ等がいることからも明らかなように)、これはグラミー賞特有の玄人好み感が表れた内容と言えそうです。他にも最優秀アルバム賞にノミネートされたジェイコブ・コリアー『Djesse Vol.3』等、米ビルボードの下記記事でいうところの”サプライズ(ノミネート)”と指摘される作品がみられ、グラミー賞だからこそ見つけてくれたと好意的に捉えることができるでしょう。

 

だからこそ同様に選外も発生し、上記記事では”snub (鼻であしらう、冷たく扱う、期待を裏切る等の意)”と表現されています。Twitterのタイムライン上でも顕著だったのが、ザ・ウィークエンド「Blinding Lights」およびBTS「Dynamite」が主要部門に入っていないことへの不満。ザ・ウィークエンドはアルバム『After Hours』も同様、いやザ・ウィークエンド自体一部門もノミネートされていないのです。

実際、この数日でザ・ウィークエンドの偉業は大きく報じられています。米ビルボードでは最新11月28日付ソングスチャートで「Blinding Lights」がポスト・マローン「Circles」を抜き、史上最長となる通算40週目のトップ10入りを果たしています。

さらには現地時間で11月22日日曜に開催されたアメリカン・ミュージック・アワードでは最多タイとなる3部門を受賞。これらの絶妙なタイミングも踏まえれば尚の事、ザ・ウィークエンドが一部門もノミネートを許されなかったことを不当と思う方が多いのは当然かもしれません。

 

またBTS「Dynamite」についても、日本のファンは勿論のこと、音楽関係者等の間でも期待混じりにノミネートが半ば当然という声がありましたが、蓋を開ければ最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞にノミネートされたのみ。これを不服とする方がいらっしゃるのは解ります。

この「Dynamite」は米ビルボードソングスチャートで初登場首位を獲得しましたが、「Dynamite」同様にグラミー賞対象期間(昨年9月~今年8月)に初登場で首位を獲得した曲のうち主要部門にノミネートされたのはテイラー・スウィフト「Cardigan」のみなのです。

上記リンク先は米ビルボードソングスチャートにおける初登場での首位獲得曲一覧ですが、今回のグラミー賞ノミネーション対象期間に初登場でチャートを制した9曲のうち、ドレイク「Toosie Slide」、トラヴィス・スコット&キッド・カディによるユニット名義での「The Scotts」、アリアナ・グランデジャスティン・ビーバー「Stuck With U」、シックスナイン&ニッキー・ミナージュ「Trollz」、カーディ・B feat. メーガン・ザ・スタリオン「WAP」は主要部門どころか一部門もノミネートされていないのです。

弊ブログでの米ビルボードトップ10速報記事を追いかければ解るかもしれませんが、初登場で首位を獲得した曲においては所有指標が非常に高いのです(ただし「Toosie Slide」を除く)。その大半は米ビルボードのチャートポリシー改正前にチャート上昇策として有効だったフィジカル施策(歌手のホームページでレコード等を販売し発送ではなく購入段階でダウンロード指標に加算、さらには到着までの間に別途用意されたデジタルダウンロードも加算という改正前のチャートポリシーを活用した方法)を用いたことで所有指標の強さが目立ちます。しかし首位獲得の翌週には所有指標の急落を接触指標群がカバーできず、チャートで急落する曲が大半なのです。これらの曲の多くは、近日中に発表されるであろう米ビルボード年間ソングスチャートでも上位進出が厳しいことが予想され、フィジカル施策を中心とした所有指標振興策は週間チャートの1位という称号の形骸化(価値の低下)を起こしたとすら言えるかもしれません。BTS「Dynamite」は最新週にラジオエアプレイで11位まで上昇したとのことで、総合でトップ10には留まっていないものの次週アルバム『BE』が初登場するタイミングでのトップ10復活も予想されるのですが、トップ10在籍時にリミックスバージョンの複数投入等に因り所有指標が強すぎた一方で接触指標が安定もしくは上昇せず、所有指標と接触指標群で乖離が発生しバランス良くポイントを稼いでいたとは言えなかったかもしれません。ダウンロードやフィジカルセールスが重要ではないとは言いませんが、ストリーミングやラジオエアプレイが安定して強く、ロングヒットした曲こそ主要部門ノミネートへの近道であるというのが、今回のノミネート一覧から捉えることができそうです。

なお、主要4部門ノミネート作品ではテイラー・スウィフト「Cardigan」、ドージャ・キャット「Say So」およびメーガン・ザ・スタリオン feat. ビヨンセ「Savage」もフィジカル施策を用いていますが、テイラー・スウィフトはアルバムとの同時リリースで且つアルバムも主要部門にノミネート、また「Say So」「Savage」は元の楽曲のリリースからしばらく経ってのフィジカルリリースとなり、楽曲解禁時からのフィジカルリリースとは性質が異なります。ただし「Cardigan」は最優秀レコード賞ではなく最優秀楽曲賞へのノミネートであり、この点から見えてくるものがあるはずです。そしてこの『ストリーミングやラジオエアプレイが安定して強く、ロングヒットした曲こそ主要部門ノミネートへの近道』という傾向を踏まえれば、先述したザ・ウィークエンド「Blinding Lights」の不在はやはりおかしいとも思うのですが。

 

「Blinding Lights」およびザ・ウィークエンドの不在については別の米ビルボードによるグラミー賞10の疑問を取り上げた記事でも指摘されています。そこにはジャンルを超越した存在ゆえ的なことが記されているのですが、一方ではラッパーのポスト・マローンによる「Circles」および『Hollywood's Bleeding』がヒップホップではなくポップとしてですがきちんとノミネートされていることもあり、主要部門どころか一部門もノミネートが許されないというザ・ウィークエンドへの冷遇は、やはり疑問が拭えない気がします。

 

 

グラミー賞への不満がある方がTwitter等で散見されますが、先述したグラミー賞の紅白的傾向を踏まえ、問題があれば直接グラミー賞運営側に冷静な視点でもって問題提起や意見表明をすることが一番でしょう(ただしその際は同時に、客観的なデータ等の提示が必要と考えます)。なお、弊ブログでは米ビルボード年間チャート発表後数日以内に、米音楽業界の今年の傾向を記す予定です。ザ・ウィークエンドやBTSについても取り上げようと考えています。

 

 

(※追記 (12時26分))

ザ・ウィークエンドのノミネートゼロという事態について、ひとつ浮かんだ事象があります。それは『After Hours』における矢継早なデラックス・エディション投入という問題です。

それでも「Blinding Lights」のスルーとも言える状況には疑問を抱きますが、グラミー賞側が”アルバムとは?”と疑問視したことがこの件に反映されているのではという気がします。個人的には、プリンスのグラミー賞におけるスピーチを思い出した次第です。

グラミー賞がザ・ウィークエンドをノミネートに至らせない事態はさすがに不自然が過ぎるとは思いつつ、しかしこの仮定が正しいとしたならば、今後アルバムの正しい販売促進が成されていくこと、すなわち後出しジャンケンが起こりにくい状況がつくられる必要があるものと考える自分がいます。